仇討ちを遂げた少年

 いきなり復活したように声をかけてきた宮廷魔導師長マルティニコラス。そのいきなりの復活に、さすがの金髪の美少女も驚いていた。


「これだから、年寄りはせっかちなのですわ。まだ、私がお話している所ですわよ」

「儂よりもせっかちな連中がおるのでな。加えて言うなら無粋で無礼者達じゃの」

 不平に鼻を鳴らしながら、金髪の美少女がそっぽを向く。だが、その意味を敏感に感じたのだろう。そこにいる者たちすべてに目配せをしていた。


 当然俺も気づいている。この屋敷の中の様子を、気配を消して窺っている者達の事を。


「さて、邪魔者がそろそろ参りますわね。もっとも、あちらにとっては私達が邪魔ものですけど。ふふっ、知りませんのよ。今の状況を。さあ、最期は少年の出番ですわ。先ほども言いましたが、そこの者はあなたの父親と姉を殺すように仕向けたものです。実際手にかけたものは、すでに死んでしまっているので申し訳ございませんが、それで勘弁してくださいませ。ささ、その男にこれ以上醜態をさらさせるのも、暗殺ギルドとしては本意ではありませんわ。できないのでしたら、私達がやって差し上げますわ。もちろん、依頼という形ですので、それ相応の報酬は頂きますけどね」


 残忍な笑みを浮かべた金髪の美少女。ただ、彼女の顔は少年ではなく、ルルの方に向けられていた。


「でも、よく考えてみれば、それは無理な事でした。残念ですがその依頼は受けられませんね。すでにルル姫様がうけている依頼ですもの。私達が来なくても、その男はルル姫様に殺されていましたわ。今、その男が生きている時間は、その男が暗殺ギルドの幹部として働いてきた、『報酬』というべき時間なのでしょうね。さあ、サクッと終わらせてくださいな」


 自らの短剣を放り投げた金髪の美少女。華美な装飾の施されたその短剣は、綺麗な放物線を描いていて落ちていく。


 煌めく光を見せつつ、テーブルの端のその場所に。

 すなわち、リラに抱えられている少年の目の前に。


 吸い寄せられるようにそれを取ろうとする少年。リラは黙って手を離し、自由になった少年はその短剣を取って顔を全裸の男に向けていた。


「さあ、刺す位置はそこですわ。その男の体に、しるしをつけておきましたわ。赤い丸印にそれを埋め込むだけでいいのです。簡単でしょ? たったそれだけの事で、あなたは父親と姉の仇をとることが出来ますわ。さあ、殺しなさい。あなたの父親と姉を殺した者が、すぐ目の前にいるのです」


 甘い蜜のような囁きに、少年の目は光を失い全裸の男をただ見つめる。震える手を両手で制し、まるで魔術にでもかかったようにテーブルの上に立つ少年。そこから全裸の男を見下ろすと、ゆっくりとそこに短剣を埋めていた。


 自分の全体重を乗せて。


 いや、実際に魔法で操られているのだろう。少年の周囲に微弱な魔力の流れを感じる。あの短剣から流れ出ている魔力の流れ。おそらくそれで間違いない。ただ、それはきっかけにすぎないのだろう。


 本命は金髪の美少女の言葉。言葉に魔力をのせている彼女は、その言葉で少年を操っていた。


 少年の体重を乗せた一撃。それは、その短剣を深々と胸に沈める結果になっていた。血があふれ出すものの、悲鳴を上げる事の出来ない全裸の男。おそらく、喉を潰され、動かなくされているに違いない。


 そして、心臓を一突きにされた全裸の男は、自由にならない体を目一杯強張らせ、その後力なく横たわっていた。


「お見事でしたよ、少年。あなたは見事父親と姉の仇を討ちました。大願成就というモノですわね。どうです? 満足でしょう?」


 その言葉で我に返った少年は、目の前にある死体に驚き、その手から短剣を離していた。


 テーブルに突き刺さる短剣が放つ光に、少年は全裸の男と短剣を交互に見つめていた。自然と体はそれから逃れようとする。


 だが、それも上手くいかない。


 後ずさるような行動は、彼に尻餅をつかせていた。しかも、その挙句テーブルの上から落散る少年。だが、それをリラの大きな手が受け止める。


 白い腕に再び抱かれた少年は、血の付いた手をいつまでも見続けていた。震える体で、大きく目を見開いて。


「まあ、それが結果ですわ。どんな言葉で彩っても、仇の命を取ったというのは案外あっけないものですわ。私は聖人ではありませんから、仇討ちを悪いとは申しません。もし、お兄さまが殺されることがあれば、私も許す事なんていたしませんわ。もっとも、ありえませんけどね。でも、そんな事があったなら、私は地の底までも追い求めますわね。執念深く、どこまでも。たとえ死んでいても、その死体を探し出して微塵に刻んであげますわ。でも、その後は空しいだけだというのも知っていますわ。仕事として、何度も、何度も、それこそ何度も、そういうモノを見ていますもの。もちろん、仕事はしっかりしますわよ。お兄さまの為ですから」


 金髪の美少女の顔は、すでに少年には向いていない。彼女が語りかけているのは、自分とそう大差のない年齢の少女たち。


 ルルとルイーゼの二人に、彼女は語りかけている。


「では、これで用事は終わったようじゃの。ルル姫や。その少年の今の姿が、仇討ちをしたものの結果じゃて。程度の差こそあれ、それが結果じゃよ。だから、その姿をしっかりと見ておくことじゃの。お主の仇討ちをしたのちに何とする? お主の時間はそこで終わるわけではあるまい? もう少し時間があるでの。この後の事が終わった後で、じっくりと考えてみる事じゃの。では、そろそろお主に用事がある者達が来たようじゃから、儂らはこれで帰るとするかの」

 立ち上がり、そこにいる者達を見回す老人。その言葉を聞いた者達が、金髪の美少女の顔を見つめ、その言葉を待っていた。


「これだから年寄りはせっかちで嫌ですわ。もう少しルル姫様の駄々っ子ぶりを見ていたかったのですけど?」

「まあ、それも悪くはないがの。でも、お主の兄は見つからないようにと言っておったぞ? いいのか?」

「さぁ、帰りますわよ。皆さん、ここでの任務は完了ですわ。こちらに集まってください。このお年寄りがどうしても帰りたいようですので、早くしてあげてくださいな」


 光の速さの変わり身に、老人の深いため息がその場を染める。だが、次の瞬間。メイド達が集まる先に魔法陣が展開し、そこにいる者たちの姿が次々と消えていく。


「ああ、そう言えば、ルル姫様。この盆地はまもなく取り囲まれますわ。聖騎士団の皆さんと教会の皆様に。ルル姫様は知らないでしょうけど、ルル姫様のいない王都では色々変わりましたのですわ。ここにルル姫様達をおびき寄せて討ち取るために。ルル姫様は聖剣を堕落させた者として、教会から異端の魔女として認定されました。そして、アスティさんは魔王国の一員であることも公表されています。こうなると、聖騎士団も動かざるをえませんわ。ルル姫様のお養父様おとうさまが育てた精鋭が来るようですわ。それと、見事に切り抜ける事が出来ましたら、あの小屋で――」


 まだその言葉を終えぬうち、金髪の美少女の姿も消える。


「無論、儂もあとで取り囲む側におる。聖騎士団、宮廷魔導師、教会がそれぞれ三方向から囲むのじゃ。もちろん、戦いの狼煙は儂の流星魔法じゃぞ。流星と朝日を背にする儂の雄姿をしっかりと見ておくことじゃ。もっとも、朝日はまだまだ先の事じゃがな。だが、儂の流星魔法は特大じゃて。朝日くらいに輝かせて見せようかの。明るすぎて周囲が白く染まるのが難点じゃな。そのゴリラの白と似ておろう。しかもその威力は素晴らしいぞ。大地をえぐり取ってしまうじゃろうな。しばらくは土煙が盆地の中で充満してしまうじゃろうから、生き残ったとしてもお主らを見つけるのは困難じゃろうな。もっとも、儂の偉大な流星魔法をくらって生きておるはずがないからの。しばらくは、土を掘り返すので手いっぱいになるじゃろうな」


 それだけを言い残して、宮廷魔導師長マルティニコラスの姿も消える。だが、もう一度姿を現した彼は、一瞬でリラの手から少年を奪っていた。


「この少年の役目はここまでじゃ。これ以上はお主らにかかわらぬ方が良い。心配はいらぬ。これからどうするかはこの少年次第じゃが、巻き込んでしまった責任はとってやろう」

 そう言って、再び消える宮廷魔導師長マルティニコラス。再び現れる気配もなく、空白の時がその場を支配しつつあった。


「ルル、確かに物々しい気配が集まっています。ここはまず、この場を切り抜けることから始めましょう。考えるのは後でいいです。今は――」

「ウホッ!」


 肩を落として俯くルル。その姿をそっと引き寄せるアスティ。だが、それをルルは拒絶する。


「みんな勝手だよね。いつだって、自分たちの都合を押し付ける……」

 俯いていた顔をしっかりとあげ、爺が座っていた所に進むルル。そこには放置されたままとなった聖剣この俺が置いてある。


 取るのか? だが、今のままでは使えないぞ?


「でも、アスティの言う通りかな。まずは、ここを切り抜けて、宰相の所に行こうかな。色々知ってそうだしね」

 再び聖剣この俺を帯びたルル。その意思は、悲しいまでの強い輝きを俺に見せていた。

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