ラッシュカルト伯爵令嬢ルイーゼの望み
臆病なものほど、殺気という物に敏感になる。
いや、そもそも生命が生きることを求めている。だから、程度の差があるだけで、本来敏感にできているものだろう。普通の人間が抱く殺意でも、それを向けられたものは恐怖として刻み込むに違いない。
まして、それを発したのが強者であればどうなるか。
当たり前の事だが、ルルの殺気は間違いなく少年にも届いていた。自分に向けられたものではないとわかっていたとしても、それは少年の心を握りつぶすように感じられた事だろう。
その瞬間、腰を抜かして泡を吹く少年。
だが、白くたくましい腕が、少年の体を支えていた。すかさずルルを見るリラ。だが、それも一瞬の事だった。
ただ、ルルを見るリラの顔が、少々非難めいて見えたのは気のせいなのだろうか……。
でも、これほどなりふり構わなくなるルルの姿を見るのは、実に久しぶりの事だった。
だが、俺がそんな事を考えている間に、事態は色々と動いていた。
一瞬にして、全てのメイドに囲まれるルル達。その物々しい気配に、リラが低いうなり声で応えていた。その腕の中に、気絶した少年を抱きかかえて。
「――無様ですわね。この程度の事で、
ただ、ため息交じりの少女の声に、その場の空気は一掃される。その心底やりきれないという感じの響きにメイド達の間に動揺が駆け抜けていく。
いや、ルルの殺気は相当なものだぞ?
しかも、あの殺気は誰に向けたという訳でもなかったから、敏感に感じたなら仕方がないと言えるだろう。それよりも動じなかった方を褒めてやれ。さすがに、ハートの七と八は全く動きを見せていないし、老執事達も同じだった。
当然、伯爵令嬢はテーブルに伏してしまっている。
ただ、メイド達が反応したのは別の理由もあるのだろう。彼女たちの態度は、ただ金髪の美少女の事を守ろうとする心に起因する。たぶん、先手を取らなければ守りきれないという意識が、彼女たちの考えにあったのだろう。
だから、普通に考えてそれは無理からぬことだと思うけど……。
だが、ここにいるメイド達はさすがに強者だった。金髪の美少女の言葉で恥じ入るように頭を下げるメイド達。だが、次の瞬間には先ほどと同じ位置に戻り、再び彫像と化していた。
「醜態をさらして申し訳ありませんわ。ですが、ルル姫様。そのように殺気を放っては、あなたもそこの男と同じですわよ。私たちは裸ではいられませんわ。それぞれに応じた衣服を身に着けていますわ。もっとも、それはそれで色々と面倒ではありますけど……。ですが、それでも大切なことだと、お兄さまはおっしゃっていましたわ」
静かに諭すように、金髪の美少女はルルにその事を告げながら目配せしている。それを受けたメイドの一人が、気絶したルイーゼをそっと起こしにかかっていた。その時にはもう、ルルはいつものルルに戻っている。
「さて、ルル姫様のご質問に答える前に、こちらの用件の一つを先に済ませてしまいますわね。ここにいるのは、ルル姫様もよく御存じのラッシュカルト伯爵令嬢ルイーゼ様です。私達暗殺ギルドは、この方からある依頼を相談されています。あらゆる財産を売り払っただけあって、ギルドとしてもこの依頼は無視できませんわ。ですが、問題は依頼の内容です。『王国内のギガーゴリラを根絶やしにする事。魔獣を操るものを殺す事』というのがそれですわ。当然、何故そのような依頼をするかはご存知ですわね。父親が無残に殺されたのです。その気持ちは、ルル姫様ならきっとお分かりですわね」
金髪の美少女の話が終わる前に、ルイーゼは意識を取り戻す。その話の内容から、自分の事を言われたのが分かったのだろう。ルイーゼは背筋を伸ばしてリラを必要以上に睨んでいた。
「その気持ちは分かるけど、あたしたちには関係のない事かな。むしろ、それはどうでもいいことだよね? ただ、これだけは言っておきたいかも。もしもリラに危害が及ぶなら、あたしは全力で守るし、リラだってただではやられたりしないよね。それ相応の覚悟をしてもらいたいかも」
「ウホッ!」
ルルの心意気が分かったのか、リラは不敵な笑みをルイーゼに向けている。悔しそうにしながらも、さらに睨むルイーゼ。だが、そこからは何も進展しない。
だが、これでこの場に三人の敵討ちを望むものが集まったことになる。
そのうちの一人である少年は、すぐ目の前に仇がいる。しかし、残りの二人は終わりが見えない。だが、この状況を生み出したのは間違いなく暗殺ギルドマスターの青年だろう。
いったい彼は何を考えている?
いっそのことギルドマスターに
「まあ、まだお話を聞いているだけですわ。決めるはお兄さまですから。ただ、ルル姫様。あなたの復讐も同じことだという事です。相応の覚悟をしておいてくださいませ。あなたがお探しの仇の者。それを私は知りませんが、おそらく相当な手練れをつれていると思いますわ。他の聖剣の所有者が、王都に集められましたから」
「そうじゃの、まずはっきりしておるのは、その中にオマエさん達のよく知る者がいるという事じゃよ」
いつの間にか
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