明かされた、ルルの秘密

 この俺の驚きを察しているかのように、微笑みをたたえた金髪の美少女が、ルルにその視線を向けていた。


「流石、聖剣ですわね。寿命の半分以上を差し出して得た魔術契約。百年前の戦いで、己の無力さを悟った彼がやっと得た強大な魔法。でも、それから別人のようにもなったと聞いていますわ。しかも、何を考えているかわからないから、腹黒宮廷魔導師長と呼ばれる老人。それがこの人の事ですわ。私も彼のこの姿を見るのは初めてですわ」

 一旦そこで話を区切り、老人の方を向いた金髪の美少女は眼を細める。


「でも、宮廷魔導師長マルティニコラス老師といえども、やはり聖剣に触れている今は反論できないのですね。噂通りだと、こちらの話も聞こえないでしょう? 聖剣に捕らわれるらしいですわね。ですから、今は好き放題言えますわ! ふふっ、面白いですわね。ただ、見た感じは残念ですわね。老いぼれ爺さんがさらに老いぼれ爺さんになったようにしか見えません……」


 時折盗み見るように、金髪の美少女はこれまでこの老人の様子を窺っていたのは知っている。その態度から、頭の上がらない教育係みたいなものかと思っていた。だが、そうではなかった。今、色々な事を知ったからよくわかる。

 そう思って振り返ると、この金髪の美少女がとっていた行動の意味がよくわかる。


 彼女は警戒しつつも、それを悟られないようにしていた。


 それは今も変わらない。最初のそれは、確認している風だった。だが、しだいにそれは自分の推測が正しいと確信した顔になっていく。


 でも、残念。一応俺だけでなく、コイツにもアンタの言葉は聞こえているのだけどな……。今回は掴むというより、手を添えているだけだから……。まあ、ニコラス――。いや、宮廷魔導師長マルティニコラスにも何か考えがあるのだろう。


 それにしても、宮廷魔導師長マルティニコラスの知っている事はすさまじい。そして、この件にはそういう事実が隠されていた。


 最初にルルが聖剣この俺を手にした時に感じた力は、やっぱりそういう事だった。その血脈。剣聖として数多の敵を葬り、この地に王国を築き上げた者の末裔。


 ルルが持つ、秘めたる力。その源――。それは、やはりそこに起因するのだろう。


 そして、ルルの母親の名はルシカ・ナオナイ。ルルを生んで間もなく殺されてしまった不遇の女性。それは、聖騎士団元団長エスト・ナオナイの妹の名前でもあった。


 だから、この子は王都から遠く離れた辺境の村に隠されたというわけか……。


 しかも、元団長の実子として。


 決して公に出来ない存在故に。けど、そうまでして秘匿していたにもかかわらず、なぜこのタイミングでルルの出自が明らかになった?


 少なくとも、宮廷魔導師長であるマルティニコラスは知ってはいたが口外していない。聖騎士団元団長エスト・ナオナイはもうこの世にいないし、そもそもその事実を死ぬまで明かすことは無かっただろう。あの村で殺された乳母のナターシャには、その時に家族はいなかった。


 なら、他に誰がいる? マルティニコラスの記憶の中で、ルルの出自を知っているもの……。


 ――そうか、一人いた!


 何より、そいつが全ての元凶。そいつが奴に話したのだ。病に倒れた現国王、エドワード・ウィンタリアはその全てを知っている。だから、宰相に探させたのか……。


 そして、奴の命令であの村は焼き尽くされたに違いない――。


 ――いや、違う。それでは時間の経過が違い過ぎる。


 なら、一体誰が……。だが、さすがのマルティニコラスでもそこまで知っているわけではなかった。ただ、聖剣この俺の復活に躍起になっていた者達が教会内にいたことだけは確かだった。だから、俺が目覚めた時には司祭たちが多く倒れていたのか……。


 そう言えば、その時に――。


 そんな俺の思考を妨げるように、金髪の美少女は話を先に進めていた。


「でも、その彼が心血を注いで展開した、腹黒い偽装魔術の全て打ち破るなんて、思ってもみなかったのでしょうね。化けの皮がはがれるとは、この事を言うのですわ。この老人、どうせ都合のいい記憶だけを見せつけるつもりだったのでしょう。腹黒いから、そこが見えませんわ。真実としても、自分に都合の悪い真実を見せるとは限りませんでしたわ。よほどご自分の過去に触れられたくない部分があるのでしょうね。ふふっ、これで何を教えたのかを確かめる手間が省けました。聖剣には感謝いたしますわ。これでお兄さまに、しっかりと報告できますもの」


 晴れやかな笑みが示す事。それは、金髪の美少女がそれを第一に考えていた証だろう。


 だが、偽装魔術か……。確かに、それが働けばこの俺にミスリードを仕掛けることも可能だったな。俺は俺の見たことを信じる。それが俺の力だからしょうがない。


 その人間が聖剣この俺を持つにふさわしい人物かどうか。それを見定めるために、俺はこの力を使っている。


 だが、確かに人には見られたくない過去もあるだろう。


 ひょっとすると、ニコラスにも人には言えない何かがあるのかもしれない。


 だが、それは無駄な足掻きだぞ、ニコラス。


 昔から用心深かったが、どうやら今回は詰めが甘かったようだな……。まあ、昔のよしみだ。全てを見るのはやめておこう。いや、これはお前の好意だった。だから、それに応えよう。


 お前は今の状況を俺に伝えたかったのだろうから……。


 それにしても、暗殺ギルドと宮廷魔導師の新しい協力関係。宰相と暗殺ギルドのつながりは、この全裸の男を始末することで清算するということか。ルルに接触を持った真意は分からないが、それをルルにも見せる必要があったのだろう。


 ただ、暗殺ギルドの思惑がよくわからない。宮廷魔導師はモンテカルト魔法王国との戦争を回避しようとしているのが分かっている。聖剣この俺が魔術を使う者にとって天敵になりうることを宰相はよく知っているから当然だろう。


 そして、ルルが聖剣この俺を使えなくなったことで、その目論見が変わったことも。


 この段階で、宮廷魔導師長が出てきたのは、事態がもうそこまで進展しているからなのだろう。


 宰相がルルを殺して、聖剣この俺を奪うという事に。


「さあ、ルル姫様。これで、聖剣パンタナ・ティーグナートは全てを知ったのですわ。あなたを育てた父親、聖騎士団元団長エスト・ナオナイを殺したのは誰なのか。聖剣が何故今の世界に呼び起こされたのか。今その全ての情報を知っているのは、おそらくそこにいる宮廷魔導師長マルティニコラス老師しかいませんわ。もちろん、ルル姫様。あなたの本当の父親と母親についても、そこの老師は知っています。今頃は聖剣も驚いているでしょうね」


 そう、俺は流れ込んでくるその知識で、その全てを理解した。ルルの仇となる人物は未だに絞り込めてはいないが、それでも手がかりになるものは見つけている。だが、それをルルに明かして何になる? 暗殺ギルドは何を目論んでいるんだ?


「誰なのかな? そいつはどこにいるのかな?」


 ルルが求めてやまない情報。それはもう目の前にあるという事実。それは真実ではないが、今の俺にはそれを伝えることはできない。そして、ルルはその言葉を信じてしまった。


 それがルルの心をただの少女に戻し、ただひたすらに求める姿を作っている。

 さっきまで疑問に感じていた事を脇に押しやるほどに。


「ルル姫様。あなたがとるべき道は二つありますわ。再び聖剣と心を通わせること、この腹黒老人を締め上げて吐かせること。どちらが簡単なのでしょうね? ただ、お兄さまはおっしゃっていましたわ。『聖剣を使うにふさわしい心の清らかさを示せば、きっと聖剣はルル姫様に応えてくれる』と――。でも、それは同時に仇討を諦めて、この世界に貢献することですわ。正直、私にはどちらが簡単な事かわかりませんでした。ただ、一言申し上げますわ。今、この国は大きく揺れていますのよ。ご存じではないでしょう? このままだと、近いうちに戦争になりますわね。多くの人間が死にますわ。たった一人の、自分勝手な正義によって。ルル姫様の行動で、それが変わるかもしれませんわ」


 金髪の美少女は、真剣な目をルルに向ける。呆然とする少年を心配しているリラが屈んで脇に寄っているので、その顔はすでに見えている。


 だから、金髪の少女にも見えただろう。ルルの瞳がまだ憎悪に燃えていることを。


「だから、そんな事は教えてもらわなくてもいいかな。あたしが知りたいのは、あたしの仇がどこの誰で、どこに行けばそいつを殺せるかということだけかな!」


 見るからにすさまじい殺気を放つルル。その殺気に触発され、この部屋全体の空気が焼けるような熱を帯びて広がっていた。


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