少年の仇とその事実

 金髪の少女のその言葉。それが起動の呪文となったように、彫像のように控えていた二人の少女が、ルルにその顔を向けていた。


 感情が一切感じられない、無機質な色を浮かべた四つの瞳。そして、その間にある金髪の少女の瞳には、残酷な光が浮かんでいた。


 ルル達に見えているかわからないが、それがルルをまっすぐとらえて離さない。だが、さっきの少女の言葉は、彼女たちにとって命令とは言わないのだろう。


 より明確な指示を待つ状態になっただけ。

 

 身動ぎしないその姿は、待ち焦がれるわけでもなく、ただ静かにそれを待っているという感じだった。


 体つきから、二人共ルルよりもわずかに年上なのだろう。だが、顔立ちはずっと大人びている。何より感情を伴っていないその眼が、少女たちが普通ではない環境で育ってきたことを物語る。


 アスティやリラと出会わなければ、ルルもこんな表情になっていたのかもしれない。もっとも、ルルと少女たちの環境は違いがある。でも、ルルには喜びや楽しみを知る機会がちゃんとあったことが、大きな違いだと言える。


 だが、いつまでもそんな事を思っていることもできない。少女たちを司る金髪の少女の顔に変化が生まれる。


 ただ、金髪の美少女の口元が歪み、その言葉が発せられるより前に、圧倒的な気配を放つ爺が横から口を挟んできた。


「もうそろそろよいのではないかの? お遊びは、程々にしておくことだ」


 金髪の美少女が何を言おうとしたのかはわからない。ただ、もしもその言葉が攻撃の命令だったなら、二人は直ちにそれを実行していただろう。その事がわかるだけに、アスティとルルはいつでも迎え撃つ姿勢になっていた。


 だが、リラだけは違っていた。爺の言葉よりも前に、リラは前に進み出る。


 少年を肩にのせたまま、全裸の男に近づくリラ。当然それはルル達の前に立つことになる。周りから見ると、リラが体を張って前に出たと思うことだろう。


 しかし、アスティはそれが違う事をよく知っている。


 今回、リラは少年を守るように頼まれている。ルルの真剣な頼みを、リラが無下にすることは無い。


「リラ、邪魔です!」

 視界を遮られたアスティの言葉を聞くそぶりも見せず、リラは少年をその全裸の男の前に立たせていた。


 訳も分からず矢面に立たされた恐怖。震える体で振り返り、リラを見上げる少年。


 だが、それは無理もない事だろう。妙な屋敷ではあるものの、この部屋には貴族の生活を思わせる雰囲気がある。そして、それは少年がいた世界ではない。場違い感は疎外感を生み出し、人の心を固くする。しかも、ここにいる面々はそれぞれが異様なまでの迫力をもっている。たとえ強さを感じられなくても、そこに緊張の糸のようなものが張り巡らされていることは、少年もうすうす感じる事だろう。


 得体のしれない恐怖として。だが、それもリラには通じない。


「ウホッ」

 ただ一言そう言って、親指を立てたリラ。だが、それはそのままでは終わらなかった。そのまま首をかき切る仕草を少年に見せ、リラはニヤリと歯を見せる。しかもその後、もう片方の手で少年をくるりと回し、その背中を押していた。


 少年を全裸の男に近づけるために。少年に全裸の男を殺せと言わんばかりに。


「あはっ! これは驚きですわ! そうです! その通りです! お兄さまのおっしゃることも良くわかりましたわ。この状況で、ただ一人真実にたどりつく。さすがですわ。たしか、聖刻のギガーゴリラと呼ばれているのですわね。見ましたか? ルイーゼ様」

 おそらくそれが彼女本来の表情なのだろう。無邪気に笑う少女の姿に、メイド達から一瞬驚きの気配がよぎる。しかし、話しかけられた隣の少女はそれでもリラを睨んでいる。それを見て一層笑顔になる金髪の美少女。


 だが、それは泡沫うたかたのごとく消えていく。


「ルイーゼ様のギガーゴリラに対する憎しみは尋常ではありませんわね。まあ、それも無理のない事ですわ。ねえ、ルル姫様。ルル姫様もそこはよくお分かりですわね? 何しろ、ギガーゴリラに父親を殺されたのですから。しかも、その現場を見てしまった。心中お察ししますわ、ルイーゼ様。でも、今はご依頼を受けていませんので、ここで何かをしても私たちは何もしませんわ。ご自重してくださいね。目的がおありなんでしょう?」


 にこやかな笑み。それをラッシュカルト伯爵令嬢ルイーゼに向ける暗殺ギルドマスターの妹。その言葉が意味するのは、ギガーゴリラに対する復讐なのか? それとも、その瞳が物語るように、リラに対する憎しみなのか?


 いずれにしても、それは今の段階では分からない。ただ、わかっているのは暗殺ギルドがその依頼を受ける可能性があることだ。


 あえてそんな事を考える時間を作ったのだろう。金髪の美少女は、今度は少年をしっかり見据えて話しはじめる。その顔に、意味ありげな笑みを浮かべて。


「リラさんの見立てどおりですわ。そうです、少年。そこにいる男が、あなたの真の仇ですわ。そして、ルル姫様。あなたも無関係ではありませんわ。むしろ、考えようによっては、あなたもその仇の一部になるかもしれませんわよ。何しろ、あなたをここにおびき寄せて殺すためだけに、その男と手下たちは父親と姉を殺したのですから。もちろん、『誰の』かは、わかりますよね。そうです、その少年のですわ」


 リラが邪魔しているため、その姿はルルには見えない。だが、にこやかな笑みを浮かべた金髪の美少女。


 彼女が放ったその言葉は、恐るべき衝撃でルルの全身を貫いていた。

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