アスティ仕込みの殺しの技術
ルルが見せたその一撃は、その近くにいたもう一人に恐怖を植えつけていた。
噴き出す血もなく、植え込まれた矢をそのままにして倒れ込む最初の犠牲者。それをそのまま放置するわけもなく、近くにいたその男は
「気をつけろ! 眼を狙ってくるぞ!」
その叫びを聞いた男たち。ただでさえ視界が悪くなっているにもかかわらず、全員
全て、ルルの思う通りに動かされているとも知らず、男達は互いの視界を補完するために、ゆっくりと中央に集まってくる。
そもそも、
それを誘導したルルが、この機を逃すはずがなかった。
警戒しているにもかかわらず、男のすぐ目の前に現れたルル。その突然の出現に、男はすっかり慌てていた。いや、男は恐怖したのだろう。その恐怖心が、男に
もし、さっきの叫びを聞いていなければ、その男も冷静に行動できたかもしれない。だが、その男の
だが、ルルはその姿を見せただけで、即座に煙の中に姿を消す。横薙ぎに振るった男の
本来、そんな中途半端な攻撃では、ぶ厚い鎧はびくともしない。だが、不意に来た攻撃をよけようとして、隣にいた男はバランスを崩し倒れてしまう。なまじ重量のある全身鎧。それだけに一度倒れてしまうと、簡単に自力では起き上がれない。それは襲撃を受けている身にとって致命的なものとなる。
素早く起き上がるには、仲間に助け起こしてもらうしかない。起き上がることに手を貸せば、その間は確実に無防備になるという事を承知の上で。
でも、攻撃をした男は恐怖したままだった。狙われているという恐怖がある分、それどころではなかったのだろう。『ルルの姿を見失ったままでは、自分の身が危うい』と思っているに違いない。
だから、いつまでも倒れた男は倒れたままだった。無駄にあがき、無様な姿をさらし続ける。
ただ、倒れた男にとって幸運なことに、手助けしようとするものが違づいていた。集まりつつあっただけに、それが見えていたのだろう。一人が助けに近づき、その手を倒れた男に差し出す。前かがみになったその姿に、倒れた男の無駄な動きは無くなっていた。
まさに、その瞬間。ほんのわずかな隙間がそこに生まれていた。
そう、普通はその隙間が見えないようにできている。前かがみになどならない限りは――。
当然、ルルはそこに出現する。
一瞬で現れ、そのわずかな隙間に短剣を埋め込むルル。しかも飛び上がっての一撃は、深くその刃を男の首に埋め込んでいた。
ただ、そこにいたのもほんの一瞬。踵を返すように、男の体を蹴って煙の中に消えるルル。噴き出す血と共に倒れた体は、先に倒れていた男を巻き込んでいた。
二人分の重量が重なっては、倒れた男はすでに自力では立ち上がることはできない状況になっている。でも、もう誰も助けることはできない。それを見てしまっただけに――。
最初は言葉で――。
つぎにその事実を見せつけられた男達。
当然、その恐怖は増大する。もはやルルの攻撃は、全身鎧では防げない。その事が、男達に精神的な優位を奪い、余裕を失わせていた。
視界の悪さ、神出鬼没。そして、鎧の隙間を狙う技術。
どれをとってもルルの技量の高さが生かされている。
この俺が教えていない、アスティがルルに教えていたその技術。
元々ギガー連峰で、ルルは高い身体技能を身に着けている。そこにアスティの技が加わった。教えられたことを素直に吸収するルル。ただ、それだけでなく、ルルは自分の戦い方を確立していた。
ここにきて初めて、男達は自分たちが劣勢であることを感じたのだろう。倒れた仲間を放置して、無事な三人は互いの背を寄せ合ってルルの攻撃に備えていた。
だが、それはルルにとっては格好の獲物だと言える。
全身鎧はその重量から機敏に動くことはできない。しかも、
それはすなわち、完全に守りの姿勢になっている事を意味する。守りに徹した場合、全身鎧の力を十分知っているからだろう。
だが、全身鎧を相手にしなくても、相手を無力化する手段はいくらでも存在する。守りに徹しているなら、それはもっともやりやすい方法だろう。
次々と
いや、もし気づいていても、その後何が起きるかまでは推測できなかっただろう。
それほど速く、ルルはそれを投げつけていた。
屋敷の方にまだ残っている、篝火に使っている木片を――。
その瞬間、周囲に絶叫が響くと同時に明るさがやってくる。
のた打ち回る男達。自分たちに起きたことを理解する間もなく、男達は炎に顔を焼かれていた。
どんなに狭めた
だが、それは男たちにとってどうすることもできない事だった。
互いにぶつかり合って転倒する。そのまま転がり消そうとしても、油を伝った炎は、すでに男達の衣服を燃やしてしまっている。だが、それ以上に致命的だったことがあった。
それは、男達の顔に油がかかったこと。
男たちの顔を炎が焼く。慌てた男たちは、
そして、『炎が顔を焼いたこと』こそが、男たちの致命傷となっていた。
直接炎が体に入らなくても、焼けた空気が鼻と口を通って空気の通り道を伝っていく。
その結果、焼けただれた気道はその通り道を塞いでしまう。
それが、男たちが苦しみぬいた死亡の原因。息を吸う事も吐くこともできず、苦悶にのた打ち回った男たちの体を、残った炎が鎧の内側でじわじわと焦がしていく。
最後に残った一人。最初に倒されていた男に止めを刺したのは、ルルではない。
それは、その頭を踏みつけたリラの足だった。
それを見届け、屋敷の方を向くルル。その瞳は、明かりのついている屋敷の窓に向いていた。
「さあ、そろそろいこうかな――」
「では、ご案内をいたします。聖剣の姫様。主人がお待ちしております」
煙玉の煙がほとんどなくなりかけているものの、まだ周囲の視界は悪い。だが、ルルもリラもその周囲に敵がいないと思っている。だから、ルルはそう告げたのだろう。
だが、出発を告げるルルの言葉に、返事する声がした。
煙の中から――。
ルルとリラにその気配を感じさせなかった老執事。はれゆく煙の中から、こつ然とその姿を現していた。
屋敷を背にした状態で、恭しく、畏まりながら――。
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