アスティの陽動

 すっかりいつもの調子を取り戻した感じのするアスティ。ようやく自分の中で何らかの結論を得たのだろう。いや、自ら招いた汚名を返上することを第一に考えたのかもしれない。


 雑念を取り払い、邁進するアスティ。その姿を最初に見た犠牲者は、屋敷の裏手を哨戒していた者達だった。


 二度の警笛の後に、屋敷の裏手に火の手が上がる。

 しかも、その場所には今、五人の死体が転がっている。


 彼らは、それなりに経験を積んだ者達だったと思われる。彼らの動きがその事を明確に示している。しかし、彼らの思惑は逆手に取られ、アスティの思惑を運ぶ者達に成り下がっていた。


 裏手から来る襲撃を警戒し、一人を前後座右で固める様な十字隊形で行動していた彼らは、おそらく襲われることを前提として行動していたのだろう。


 必ず襲撃は全員に知らせる。そんな心意気が鮮明に感じられるほど、彼らは警戒を怠ってはいなかった。まるでアスティの事をよく知っているかのように――。


 ただ、それでも相手が悪かった。


 元々、早い動きで相手を翻弄ほんろうする事を得意とするアスティ。それは、ただ動きが素早いだけではない。その場に応じて、速さの中に緩急と心理的な圧迫を織り込んでいく。


 フードを目深にかぶり、表情の見えないその姿と不気味な気配。


 彼女のその姿は、戦いの場で一役かっている。おそらく、これまで戦いの場にアスティと対峙した者は共通の認識を持っていた事だろう。


 自分の死を運ぶものとして――。


 つい先ほど行われていたアスティの戦い。今回もその力と技をいかんなく発揮していた。


 まず、最後尾の一人を速やかに暗殺し、わざと小さな悲鳴を上げされていた。その声に何事か振り向いた仲間たち。その瞬間に、森側の人間をもう一人静かに始末する。

 警戒していたはずなのに、一瞬で二人を失っていた。


 そんな彼らの恐怖は、かなりのものだったに違いない。だが、彼らも只者ではなかった。やはり、襲撃に備えていただけの事はあるのだろう。その対応は迅速だった。


 残ったものがアスティの前に進み出る。その間に、もともと中央にいた者が襲撃を知らせる一度目の警笛を鳴らしていた。


 緊張感が一気に高まる警笛の音。屋敷だけでなく、前の方の庭にいる者たちもその音を確かに聞いただろう。


 そして、その音を聞いたアスティの瞳に、いっそう残忍な光が灯っていた。


 そもそも、アスティの神出鬼没な動きに、ならず者たち――ただ、そう決めつけるのはおかしな感じもするが――が対応できるはずがない。


 一人また一人と、いつもなら知らないうちに五人はそれぞれ死の旅路についている。だが、今回の行動は陽動の意味合いが強い行動をとっている。念のために首魁の逃亡を防がなくてはならない意味もあるのだろう。


 だからまず、アスティは裏手から派手に登場することを選んでいた。

 ただ、最初の手際に比べて、警笛を鳴らされた後のアスティの動きは違っていた。


 残る二人の攻撃を、のらりくらりとかわすアスティ。自身は一切反撃をせず、相手の攻撃を紙一重で躱し続ける。しかも押されている雰囲気を出すためだろう。演技を兼ねて、時折距離をとっていた。荒い息という演技までして。


 それは最初の恐怖から一転し、勝てるという希望の光を見せるための演出。戦いのさ中に見える彼女の華奢な四肢は、男達にとっては頼りないものに見えただろう。素早くとも力で押せば勝てる。そんな事を思わせるほどに。


 ただ、アスティはその間もタイミングを計っている。しかも一番先に駆けつけてきた、別の集団に見せつけるようにする絶好の機会を――。


 『勝てる』という慢心が、逃がさないという作戦につながる。


 その結果、二人の男に挟撃という手段を取らせていた。だが、それこそアスティの望むこと。

 大雑把な挟撃は、実はアスティによって計算されつくした動きであったことを、彼らは知る由もないだろう。


 彼らの狙い通りに、アスティの前後から突きつけた一撃。それは、アスティの狙いを過たず、互いに彼らの体を貫いていた。勝利の笑みをその顔に浮かべて――。


 ほぼ同時に、もう一度警笛を鳴らす最後の男。断末魔の叫びとなったその警笛は、彼の喉笛がかき切られて終わりを告げる。


 全身鎧で固めた別の集団が姿を見せたのはまさにその時。同時に三人の体は地に落ちる。


 その姿を見て、すばやく近くにあった篝火を手持ちの油と共に屋敷の中に投げ入れるアスティ。


 間髪入れるまもなく、そのままアスティは闇にまぎれて森の中へと消えていく。


 そして、その足取りを追う事も出来ず、怒号や罵声が屋敷の裏側に集まりつつあった時――。


 リラを後ろに従えたルルが、屋敷の正面にその姿を見せていた。

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