うつろなる響きの果てに

 エルマールのその言葉で、その場に雷鳴が轟いたような空気が生まれていたのは事実だろう。一瞬にして固まる少年。何も言い返すことができないその口は、ただ言葉をうまない動きを繰り返していた。


 それを黙って見つめるルル。エルマールのその言葉は、そのままルルにも当てはまる。


 でも、ルルは特に反応を見せていない。固まってしまった少年に向けて何かを言うわけではなく、ただその腕を固く組んでいた。しかし、エルマールのその言葉は、確実にルルの元にも届いている。


 それにしても、今のルルにはどう響いたのだろう。俺以外に、その事を言われて――。


 そう、エルマールの言葉は俺にとっての正論だった。そして、おそらく少年は考えもしなかった事に違いない。それがルルと少年の態度の差として現れている。


 その雰囲気に、すっかり飲み込まれてしまった少年。


 それもそうだろう。エルマールは司祭の中でも偉い部類の人間らしい。正論を吐かせたら、少年が太刀打ちできるわけがない。


 しかも、人間の思考は不意打ちに弱い。特に深い悲しみに捕らわれている心は、それを怒りや憎しみを糧にしている場合が多い。そこに考えもしなかった物事。つまり、自分を大切にしてくれていた人の温かみを思い起こさせることは、大きなゆさぶりとなって心に灯る。


 普通に考えて、子供が復讐することを、親が望むわけがない。

 弟の手が血に染まる事を、姉が望むわけがない。


 ただ、それはこの場で瞬間的な揺さぶりを心にかけたに過ぎない。本当にその空白を埋めるには、時間という名の長い道のりを必要とする。


 だが、それでも今の少年には十分響くものだった。


 その気配を感じたのだろう、すっぽりと身を隠しているエルマールが、ここぞとばかりに畳み掛ける。


「お前の父親は、お前に何を望んでいた? 仇討をさせた後に、お前はそれが可能なのか? お前の姉は、お前にどういう男になれと言っていた? お前は、姉が誇らしいと思う男になれるのか? 神の前でその事を話せるか? その手を血で染めた後に!」


 姿なき聖職者の声がする。それが一層少年の心を揺さぶっている。


 将来を示すことで、それを糧にして生かそうという光が少年の前に示されている。今の少年にとっては、それはまぶしすぎる光だろう。だが、少年は顔を背けているものの、そのまま背を向けることはできずにいた。


「考えろ、少年。憎しみと恨みからは何も生まれない。その答えを安易に求めるものじゃない」


 リラに抱かれ続けているエルマールにとって、少年の姿は見えない。だが、少年からの反論が無いことで、エルマールは自分の言葉が影響を与えているという手ごたえを感じていることだろう。


 だが、エルマールにとって誤算だったことは、そのセリフをすでに聞いたものがいたことだった。


「確かにエルマールの言うとおりだよね。正論だよ。これ以上ないくらいに正しいよ。お父さんもお姉ちゃんも、そんなこと望んでるわけがないよね。でも、二人共殺されることなんて、思ってもいなかったんだよ。そんな出来事、考えてもなかったよ。じゃあ、どうすればいいかなんて、あたしにもわからないよ。何も生まれなければ、しちゃいけないのかな? そんなの、無くしてない人が言う言葉だよね。その先? 生まれる? そんなの考えれないんだよ? 今、何もないんだよ? あたしたちはね」


 淡々としたルルの声が、その場に流れて染み渡る。エルマールの顔がどうなっているのか、それはリラに抱かれているからわからない。でも、ルルならそう言う事は、エルマールにも分かっていたはずだと思っていた。

 

 あの時の、ルルの顔を見ているのだから――。


「ルル――」

「エルマール。もう帰ってくれないかな? これ以上この子を混乱させてほしくないんだよね。前に進むためには、それが一番早いんだよ。良いか悪いか、意味があるかないか。そんな事はどうでもいいんだよ。ダメなんだよ。復讐するしかないんだよ! あたしたちには!」


 そもそも、理屈なんてものは通じない。自らの産みだした復讐の炎を、他人の手で消せるはずがない。それをエルマールは分かっていない。俺が時間をかけて築き上げてきたものも、今回の件によって粉々に砕かれてしまっている。


 思い出させてしまった時点で、こうなることは分かっていた。


 でも、いつか時がそれをぼやかしてくれる。俺はそう考えていた……。これは、業なのだろうか? だが、それに答えてくれる人は、今の俺にはいなかった。


 最後につながっていた、ルルとの絆。


 それももう、かろうじて繋がっているにすぎないのだから……。




 

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