提案『後編』
その圧倒的なまでの眼差しは、見るものに恐怖すら与えるものだっただろう。だが、ルルも負けてはいなかった。まっすぐにその瞳を見つめ返す。
じりじりと、にらみ合いのような時間が過ぎる。何者も介入できない時間が二人の間に流れていた。
だが、ほんの少しの間、目を瞑った青年。次に目を開けた時、それまでの雰囲気を一蹴してきた。
「あはは! 本当に、これはすごい。これは聖剣の力じゃない、洞察力もその年で身につけたのかい? いや、すばらしい! 復讐という目的が、人間をここまで急速に進化させる。暗殺ギルドでも教えてほしいものだよ」
「ふざけないでほしいかな。話題をすり替えて誤魔化す。それが暗殺ギルドのやり方?」
騙されない、誤魔化されない。そして、一切の妥協を許さない。そんな瞳のルルを、笑うのをやめた青年はまじまじと見つめていた。
「これは、失礼。では、正直に言いましょう。魔獣の檻はその通りです。魔獣は何者かが解放しました。だが、それは我々ではないとだけ答えておきましょう。それ以外は答える義理は無いですね。少なくとも、今は――」
青年の力強い眼差しは、ルルに反論を許さないほど強かった。
だが、それを押して横やりが入る。
「それはいいです。それより最初の話をしたらどうです? 時間が無いのでしょう?」
それまで、油断なく青年を観察し続けていたアスティ。しかし、いつものアスティなら、ルルが話している時は一歩下がって控えている。でも、今はそうではない。
何故だろう……。アスティがその件をうやむやにしようとしている感じがする。
――いや、思い過ごしだろう……。
確かに、それよりも最初の話の方が重要だろう。
だが、何故か青年は意味ありげな笑いを浮かべていた。
「たしかに、リラくんも退屈で寝てしまいました。その椅子は夢見心地になる椅子ですからね。それに、最初に言いましたように、僕も時間もありません。そろそろ彼がここにやってくる頃でしょう。それまでに僕達はここを退散しなければなりません。おそらく、彼は『僕があなた達と会う事』を望んでないでしょうからね」
「なっ!?」
それまで青年の体を縛っていた縄が解け、自由になった体で席を立つ青年。アスティの短い驚きの声を、涼しい顔で受け止めていた。
「今回の件で、魔獣を王都に入れることが出来なくなりました。色々な人が描いていた、様々な筋書きが影響して変わってしまったのでしょう。とはいえ、何しろ魔獣が一匹行方不明ですからね。仕方ないです。『王都に魔獣を入れない事』は、伯爵が最初から申請していた事ですが、色々反対があって実現できなかったことでもあります。もちろん、リラ君も例外ではありませんよ」
まるで何かを求めるように、青年は全員を見渡していた。
「それにしても、素早いと思いませんか? ただ、決定された事は、伯爵も知らなかった事は確かです。『魔獣の暴走で、聖剣の姫が殺された』という事実で、それを強引に押し通すつもりもあったでしょうね。物事は、人や組織の数だけ色々複雑に絡み合っています。今回矢面に立った伯爵も、その一人だったと認識しておいてください。何しろあなたは注目の的ですからね。さらに、先ほどの結果です。これでもう、聖剣の力は誰の目にも明らかです」
まるで一呼吸置くことで、その事を印象付けたかったのかもしれない。肩をすくめた青年は、小さくため息をついていた。
「今、この国では色々な思惑が渦巻いています。自分たちが正義だと信じている王国宰相を中心とした貴族たち。規模が小さいながらも、宰相に反対する貴族たち。宮廷魔術師と聖騎士団。王国に所属している勢力でも、これだけ分かれます。それぞれがあなたを見ています。今後あなたに接触してくる勢力が、どのように接するか見物ですね。聖剣の所有者として相応しくない行動をとるあなたから、聖剣を奪うという方法を伯爵は取りました。まあ、彼は自分が正義だと死ぬ瞬間まで思っていたみたいですよ。ただ、物事を慎重に考えればわかることですが、そもそも聖剣に選ばれるとも限りませんよね。ただ、何の力も持たない幼女のあなたが、聖剣を抜くところまで行けたのは不思議ではないですか? そこのリラ君もそうですよ?」
ちょっとまて……。あの時、色んな奴らが
どのような者を、
どおりで変なのが来るわけだ……。
「ただ、予想よりも早く選ばれてしまったので、十分な検証が出来たわけではありません。ですが、ある仮説が出来ているようです。その事が、伯爵を後押ししたというのもありますね。貴族が聖剣に触れることを希望しているでしょう? あれも、検証しているのですよ。ある人が中心になって」
いや、まて。それじゃあ、これまでの事は全てこの俺を見透かすために仕組まれていたのか?
「まあ、まだ確証には遠いみたいですよ。では、どうするか。それは、聖剣の所有者ごと操るわけです。そう考えている人は少なからずいます。あなた自身を取り込もうとする勢力もあるでしょう。今後あなたに近づく者達は、何か目的があると思った方がいいですね。少なくとも僕達は、こうして会いに来ていますしね。そして、あなた方は暗殺ギルドからこれからも命を狙われますが、暗殺ギルドに所属する事でそれは回避できます。まあ、僕が幹部を説得したら――、ですけどね?」
「それは、どういうことかな?」
間髪入れずに問いただすルル。だが、それすら青年の考えていた事のようだった。
「暗殺ギルドも一枚岩ではないということです。それは、どの組織でもそうでしょう。例えば、あなたが唯一所属している冒険者ギルド。今まで協力的だった冒険者ギルドは、あなたに対して懲罰的な依頼を出してきます。教会からの依頼ですので、司祭を同行させるみたいですけどね。詳細はその司祭から聞いてください。ああ、あなた達の知っている方ですから、ご安心を。その再会に、リラ君は大はしゃぎするかもしれませんね。それと、懲罰的とは言いましたが、依頼自体はまっとうなものです。依頼自体はね」
「答えになってないんだよ。話が色々飛び過ぎてる。最初から分かるように話す気がないよね?」
「ふふ、そうは言っていませんよ。時間が無いから、手短に情報だけを伝えたいだけですよ。そこから色々考えてみてください。その洞察力なら大丈夫ですよ。でも、特別に教えましょう。さっきの依頼の話です。通常で考えると単独で任せることは無いです。複数依頼を受けさせて、互いに協力させるやり方を取ります。でも、今回はあなた方だけです。これは、そういう意味を持っていると思った方がいいですね。つまり、『どこかで誰かの意志が働いている』という事。この先、それを頭に入れておいた方がいいですよ。そうそう、ここにやってくるのもその方でした。先ほどみたいに檻が無いから、リラ君が起きているとどうするか見物でしたけどね」
意味ありげな笑顔を浮かべ、青年はルルの顔をまっすぐ見つめる。
「それはそうと、私の提案に対する返事はどうしますか? ここまで情報をあげたのです。いい返事を期待したいものですね。ただ、所属する以上、仕事は請け負ってもらいます。その代り、ギルドの認めない暗殺はできません。いいえ、させません。ただ、ギルドの持つ情報は開示される。昔の事も、今の事も。ひょっとするとあるかもしれませんよ? もうひとつ気になってますよね? ルル・ナオナイ。あなたの求める答え――。
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