第二章 魔獣討伐の依頼

魔獣に支配された村

 隣国モンテカルト魔法王国との国境に近いカルロス子爵領。その領地は、魔法王国だけではなく、迷いの森と噂されている魔境に隣している。だからだろう、カルロス子爵家は特異な家柄と呼ばれていた。


 歴代の当主は、戦いに秀でた者を雇い入れる。冒険者であれ、罪人であれ、子爵が認める秀でたものがあれば、出自や経歴に関係なく雇い入れていた。


 全て、軍事に力を入れるために。そして、その軍事力は王国内でも屈指の実力をもっている。


 そこにある小さな村。魔境とウィンタリア聖王国貴族であるパエス伯爵の領地に接しているその村が今回の依頼の場所だった。


 いや、正確にはその村の外れにあった子爵の別邸。今は使われていないその屋敷に、いつの頃からか流れ者の魔術師が住みついていた。


 最初、彼は村人から恐れられていた。得体のしれない魔術師だから、それは当然の事だろう。ならず者も集まる子爵領には、時折民衆に牙をむく者もいる。もっとも、そういう者達がのさばることはできない。子爵の耳に入った途端、その者達には相応の罰が下される。


 すなわち、死を――。


 だが、いずれは子爵の粛清を受けるとはいえ、そういう輩の犠牲になる者が出てしまう。村人の恐れはそこにあった。


 しかし、彼はそれ村人の恐れと上手に付き合っていく。一定の距離を保ちつつ、徐々に接していく魔術師。そんな彼の人柄や態度を、村人たちは互いに噂するようになる。魔術師には珍しいその気さくな性格。しかも、子供好きだったようで、子供たちもよく遊びに来ていた。

 ただ、それだけではなかった。豊富に持っていた便利な魔法の品が、さらに彼と村人を結び付けていったようだった。


 彼は村人に魔法道具を貸し与えていく。その事で、村人の生活は一変したようだった。


 獣避けの結界や、水の湧き出る桶。しかも、野盗から村を守るために、数体のゴーレムを村に設置していた。


 いつしか村人はそんな彼を村人の一人と数えるようになっていたようだった。村人たちはその代わりに、食べ物などを屋敷に届けるようになっていた。


 魔術師に似合わず、彼は大飯食らいのようだったが――。


 それが今から数年前の出来事。


 だが、異変はいつからか起きていた。その屋敷の近くで、いつの頃からか度々魔獣が目撃されるようになっていた。もし、彼が村人に受け入れられていなければ、その時点で情報が回ってきたことだろう。だが、村人には害がないことから、見間違いや魔法によるものだという事で、村人の中で勝手に片づけられていたようだった。その根底には、村人たちが魔術師への信頼という暗示があったに違いない。


 彼が村に害をもたらすことはない。そう村人たちは信じていたと言えるだろう。いや、信じたかったのかもしれない。


 だが、状況は一変した。


 いつしか魔術師は姿を消し、代わりに多くの魔獣が屋敷の中から湧き出てきた。


 ここにきて村人は自分たちの生命が危険な状態になっていることを実感する。だが、それは『時すでに遅し』というものだった。


 屋敷に魔術師を訪ねて行った村人たち。

 

 その彼らという何人かの不幸な犠牲者をだしながら、村人たちはかろうじて近くの街――そこはパエス伯爵の領地だったが――に逃げ込むことに成功した。だが、不思議な事に、魔獣の追撃は無かった。


 ただ一体、パエス伯爵の屋敷を襲撃した魔獣を除いては――。


 ただ、その魔獣と村人が目撃していた魔獣とは種類が違うために、偶発的に生じた別事件として処理されている。しかも、パエス伯爵はその時王都にいたので無傷。数人の家臣は無くなったものの、すぐに討伐されたので、この事件は早急に処理済みとなっていた。


 ただ、子爵領の方にはまだ魔獣が残っている。しかも、村人に犠牲が出ている。この事で、事態を重く見たパエス伯爵領の教会が、王都の教会本部に連絡を入れたようだった。それが、今回の依頼につながっている。


 しかし、疑問は尽きない。それまで、村人に受け入れられるために行動していた彼。その突然の行動変化は、あまりに急すぎて理解が出来ない。

 そして、彼が何のために魔獣を召喚し続けたのか。しかも、その魔獣が何もせずにまだそこにいるのか。そして、被害にあった村人は、全て屋敷に入ろうとした村人だった。だが、それ以外の村人は被害にあっていない。


 何故なのか? それは今となっては分からない。

 そして、いつ魔術師は姿を見せなくなったのか。

 そして、なぜ……。

 それすらはっきりした情報も無い。今でも生きているのかどうか、それすら何の情報もなかった。


 だが、彼の姿は見えなくなっても、魔獣はその数を増やしているのは確かだった。最初の目撃数から数えて、今もなお増えているという報告だった。


 それが、エルマール司祭が語った内容。そして今、そのエルマールは荷車を引くリラの隣を歩かされている。


「この辺りは、まだ王都の周囲よりましだよね」

「そうですね、辺境の領主はかなりの自治が認められていると聞きます。領地によって差があるのでしょうが、子爵領は特に生活が安定しているようにみえますね。軍事力にかなりの費用をかけていると思うのですが、何か秘密の財源があるのかもしれません」


 ルルとアスティは、リラのひく荷車の上で会話する。心地よい風の中で、ルルがそれを全身で感じている姿に、アスティは無上の喜びを感じているようだった。


 だが、その気分に水を差す者がいた。

 

「もともと、カルロス子爵はモンテカルト魔法王国に対する防衛の意味もあって、王都からの徴収がすくないですからね。「ウホ?」兵力も豊富なので、一地方領主にしてはかなりの権限を持っていると言えるでしょう。「ウホホ?」宰相ブラウニー・トリスティエ卿も、うかつに手を出せないという感じではないでしょうか?「ウホウ、ウホウ」」


 エルマールの話に合わせて、リラが相槌を打っている。荷車を曳いていなければ、その体を鷲掴みにして頬ずりしている事だろう。それほどリラは、このエルマール司祭を気に入っていた。


「でも、その子爵もいないんだよね? 後を継いだ息子はまだ幼いって言ってたよね?」

「ええ、その通りです。子爵が亡くなったのは、ちょうどここの魔獣騒ぎの前ですね。「ウホ」ただ、そちらの方は割としっかりした後見人がいたことで、大きな混乱はなかったようです。「ウホ、ウホ、ウホホ」おそらく、子爵は自分が死んだ後の事を考えていたのではないでしょうか?「ウホ?」」

 ルルの問いに答えるエルマール。その隣を歩くために、歩みを遅くした彼だったが、リラもそれに合わせていた。


「リラがうるさいです。リラがサボります。全部そこの司祭のせいです。しかも、私とルルの甘い語らいに割って入る。ルル、少し時間をもらってもいいですか? その司祭をあちらの草むらに連れていきます。いえ、すぐに戻りますよ。帰りは私一人になっていると思いますが――」


 フードで隠れているためよく見えないが、アスティの氷の微笑があるのだろう。それを敏感に感じとるエルマール。だが、それに対してもう一人反応する者がいた。


「ウホ!? ホホウ! ホホウ?」

 荷車の引き手を地面におろし、体をアスティに向けるリラ。両手を自分の胸の前で打ち鳴らしていた。しかも、その挑発的な視線で、アスティを見下ろしている。


「ほう、リラ。この私とやる気ですか? いいでしょう。この際です。あなたとはいずれ決着をつけなければと思っていたところです。何かの恩を、そこの司祭に感じているのかもしれませんが、それ相応の覚悟をしてもらいますよ?」

「ウホホ! ウッホ!」


 ――何の決着だ、それ? いつの間にお前らライバル関係になったんだ!?


 互いにけん制し合うように、荷車から離れるアスティ。すでに、俺の言葉に反応しないリラはその動きに合わせて移動している。その剣呑な雰囲気を心配したのか、エルマールがさらにルルに近づいていた。


 だが、それも強制的に止められる。素早く抜き放ったアスティの刺突用片手剣レイピアによって。


「それ以上近づくことは許しませんよ? あなたはリラの相手をしていれば十分――」


 しかし、アスティの言葉は最後まで語られることはなかった。唸りをあげて襲い掛かるリラの拳。それが道を大きくえぐっていたために。


「そのような大振りの攻撃が当たるはずがないでしょう。いつまでもゴリラ頭が抜け切れないですね、リラ。そんな事では、立派なゴリラにはなれませんよ?」

「ウホ!?」


 ――もういい、お前ら。いい加減にしろ。


 何が立派なゴリラだ。そもそも、ゴリラ頭が抜けきらないってどういう意味だ? 普通にゴリラだろ、コイツは。

「ウホ?」


「アスティもそこまでにするかな? もうすぐ問題の屋敷だから、これ以上遊んでるなら歩いていくけど?」

「――!? それは、ダメです! わかりました。不本意ですが、リラ。ここはあなたの言い分を認めましょう。その司祭はあなたの好きにしていいです。煮るなり焼くなり、絞め殺すなり、あとでこっそり食べるなり好きにしていいです。いなくなった理由は、魔獣に殺されたとしておきます。しかし、私のルルに近づいた時は、私の好きにします。いいですね?」

「ウホ!」


 ――おいおい……。お前ら、合意するところはそこなのか……。


 互いに拳を合わせるリラとアスティ。そして何事もなかったかのように、二人はそれぞれ元の場所に帰っていく。ただ、それは全く同じわけではなかった。


 エルマールを小脇に抱えたリラが、今は荷車を曳いている。


「ようやくお帰りだね、アスティ。リラ、よかったね。さあ、もうあそこに見えているんだよ。あれで、間違いないよね」


 ルルの指し示す道の彼方。そこに小さく屋敷が見える。


 その屋根の上には、数多くの翼をもつ魔獣が、自由気ままに飛び交っていた。


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