突撃のゴリラ。その背に美形をのせて。

 その数およそ二十匹。


 エルマールの眼では、ここからでは遠すぎてよく見えないだろう。ただ、この距離で小さく見えるという事は、元が大きいからという事は理解しているかもしれない。でも、目のいいアスティならきっと見えている。

 一瞬、興味を失ったような雰囲気を見せたアスティ。それはそういう事なのだろう。


 たしかに、そこには比較的強い部類の魔獣はいなかった。

 だが、その大きさだけは話が違う。その場所を見ることが出来る俺だけがそう思える。


 もっとも、もとの屋敷の大きさが分からないだろうが、単純にその対比で考えると推測できるかもしれない。そこにいる魔獣が比較的大きな姿をしていることを。


 その中でも、特に三匹ばかりいる大きなもの達。それらは、リラの倍近い大きさがあった。


 見つめたまま、身動き一つしないエルマール。いや、もともとリラに小脇に抱えられている以上、身動きしたくてもできないのだが――。


 だが、その雰囲気はかなり動揺しているようだった。


 確かに、普通の人間ならそう考えるのが当然だろう。魔獣を相手に戦う事が多い冒険者も、複数で単独の魔獣と戦う事を考えている。


 だが、ルルは聖剣を抜きしもの。そして常人では考えられない修行を終えて帰って来た者。リラにしても、それは同様だと言えるだろう。そして、アスティ――。彼女の場合、素性も能力も目的も謎だが、賢公ボルバルティーナの配下で黒エルフダークエルフの密偵なのだから、少なくともその実力は計り知れない。


 そして、その光景を目にしていたアスティは、おもむろに荷車の荷物を探り始めた。


「リラ。少しその脇に抱えている荷物を下ろしてください。そのままでは不便でしょう。あなたの動きやすいアレを出しますので」

「ウホ!」


 アスティの言葉に喜ぶリラ。その意味がよくわからずただ降ろされるエルマール。しかし、両腕でリラにつかまれているので、その場所では身動き一つできない。やがてアスティが巨大な革製の拘束具のようなものを持ち出すと、リラに合図を送っていた。


「リラ、ソレにアレを付けますので、ソレから一旦手を離してください。そして、あなたはおとなしく後ろを向いていて待ってください」

「ウホ!」


 つい先ほど戦いを演じた者同士とは思えない程、リラとアスティは互いに言葉が通じているかのように言葉を交わす。その様子を見つめるルルとエルマール。だが、同じ行動をとっているものの、にこやかなルルに比べて、エルマールは自分が何かされる恐怖を感じていた。


「えっと、何をするのでしょう?」

「あなたにふさわしい場所で、この依頼を見物してもらうだけです。見届けてください。特等席で」

「ウホ!」


 背中を向けたまま親指を立てるリラ。その顔はエルマールにはよく見えないが、歯を見せた男前の笑顔になっている。一方のアスティの顔は、相変わらずフードでよく見えない。ただ、その雰囲気から考えると、いつもの氷の微笑が想像できる。


「えっと……。それで、今何をしているのでしょう?」


 エルマールの身の回りで起きている出来事。それの説明を求めるようにその顔をルルに向けている。だが、それを一瞥したルルは、今度は真剣な顔で屋敷の方に視線を向けていた。


「アスティさん? これは、一体?」

エルマールの体をすっぽり包みこんだ革製の拘束具。そこから伸びる四本のしっかりとした革製の紐。ベルトのようになったそれをリラに渡すアスティ。受け取ったリラは、慣れた手つきで自分の体に合わせてそれを留めていた。


 エルマールの質問をいっさい受け付けずに――。


 一連の作業が流れるように終わった時、そこにはリラにおんぶされているエルマールの姿が出来上がっていた。


「先ほど説明した通りですが、もう一度言いますよ、エルマール司祭。あなたはこの依頼を見届けるために私たちについてきていると言いましたね。だから、特別に特等席を用意しました。見ることはできないかもしれませんが、感じてください。使えるなら、魔法も使ってください。それはルルの使っていた物とは違いますが、出発前に、職人を不眠不休で働かせて作らせた特別製です。あなただけの『リラに乗るための道具』と思ってください。本当に特別ですよ。この世の中で、あなたしか持っていません。しかも、職人の血と汗と涙が染みついています。一部怨念があるかもしれませんが、それは自分で対処してください。一応司祭ですからね、あなたは」

「ウホ!」


 淡々と話すリラの言葉に、色々言いたいこともある。だが、その内容はともかくとして、特等席で見せるというのは面白かった。


 すなわち、リラの背中で戦いを感じる。


 見えない分、それは観覧席とは言えないかもしれない。でも、これで比較的安全にエルマールを護衛できる。リラに目の前の敵を相手にさせて、その背後を守る。それだけで、同時にエルマールも守ることが出来る。状況は相手の数の多さに比べて、こちらの人数が少ない。だから、戦闘職でないエルマールを守りながら戦うのは非効率と言えるだろう。


 この一石二鳥の手法を考えたアスティ。以前、幼い時の事をルルが話していた。その事を思い出したのかもしれない。


 ただ、説明していない事が伝わるわけはなかった。


「いえ、これはどう考えてもおかしいですよね? これって、戦いの中心にいるってことですよね? 危ないですよ? 私は戦闘に不向きですからね。普通は、後方で仲間を守るわけですけど?」


 振り向けない姿のままで嘆願するエルマール。だが、その必死な嘆願は、アスティの心を刺激する。


「なるほど、それほどリラを気にかけてくれている。リラの後ろを守る。立派な心がけです」

「ウッホッホー!」

「いえ、そんな事は一言も――」

「では、リラ! 突撃です! たぶん、私達もあとでのんびり追いつきますよ。全滅させても構いません。後ろのもの――。いえ、後ろの事は気にせずに、思う存分戦ってください」

「ウホ!」

「いや、後ろを気にして――」


 勢いよく飛び出したリラと、その背中につけられたエルマール。それを眺めていたルルが、手を振るアスティに尋ねていた。


「でも、この荷車は誰が曳くのかな?」

「それは……。それは、リラ以外いませんね! では、戻ってくるまで待っていましょう。さすがに、あのまま屋敷の中に入ることはないでしょう。この時間を作ってくれたリラに感謝して、ルルに特別いいお話をしてあげます。今から三百年前になるのですが、一つの聖剣が生み出されたのです。それは、ある悲しみを背負った英雄の物語でもあるわけですが――」


 あっさりルルの横に座るアスティ。その視線は遠くに進む、リラの姿を見つめつつ、昔話を語り始める。


 最初から、それを話す予定だったかのように……。

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