アスティの考え

 全てリラに押し付けるアスティ。だが、ルルもそれを半ば認めている。確かに、あの程度の魔獣であれば、リラだけでも十分だろう。だが、屋敷の中には隠れた何かがいるかもしれない。ここからでは、何かあった時に間に合わない。それがわからないアスティじゃないだろう。でも、それでも今しかないと思ったのだろうか?


 ――いいのか? ルル? あのままで?

(そんなに心配なら、見せてくれるかな?)


 ――なんだかはめられた気もするのだが?

(気のせいだよ。でも、考えていることを当ててあげようか?)


「ルル? どうかしましたか?」

 ――聖剣この俺の考えは、本来ならお前に筒抜けなんだぞ、ルル。そうじゃない状況を――。いや、今はいい。それよりも、ほら、アスティが呼んでるぞ。リラの様子は俺が見ておく。アスティが何を考えているのか、しっかり聞いておいた方がいい。いざという時、お互いに分かり合えていないと危険だからな。


「――何でもないんだよ。パンティが変だっただけ。ちょっとねじれて気持ちが悪い」

「え!? それは大変です! 何か私に出来ることは? パンティをとりますか?」


 わきわきと両手を動かすアスティ。その言葉でその仕草はやめてほしい。ただ、そういいつつも、アスティはこれまで俺に一切触れていない。触れていないから、コイツの過去とか信念とかがわからない。だから、その行動も未知数だ。それどころか、思考を読むことすらできていない。


「んー。大丈夫かな? 年だから、ちょっと説教くさいのは仕方ないよね」


 ――ほっとけ。これでも聖剣になって、まだ三百年しかたっていない。


 でも、アスティがルルを守る気持ちに偽りはない。それは、ルルとの会話でわかる気がする。アスティに何か目的があるにせよ、ルル自身に害が及ぶことはないだろう。


「パンティは心配性ですものね。リラならあの程度の敵は大丈夫ですよ。ああ、パンティの力なら見えているのでしたね」


 ――さっきから、パンティ、パンティって、うるさいな。その名で呼ばれるのは屈辱なんだ。


「ふふ、パンティが怒ってるよ。でも、アスティ。エルマールを遠ざけて、何を話したかったの?」

「やっぱり、ルルにはお見通しですか。あの男が信用できないというのもありますが、この依頼が少し変な気がしましたので……」

「やっぱり、出発を遅らせたのはそういう事だったんだね。それで? 何がどう分かったのかな?」


 誰も通らない街道に置かれた荷車。その中で、アスティとルルは話している。周囲に人の気配はない。魔力的に見られている感じもしない。そして、リラは絶好調で襲いくる魔獣を叩き潰している。


 背中の男は絶叫をあげ続けているが――。


 それでも、アスティがこの状況をわざわざ作ったのはやはりそういう理由だった。あれからほぼ片時も離れずついてきているエルマール。リラになつかれている異常さを、アスティなりに感じているようだった。王都に帰れなくても、アスティなら単独で王都に忍び込むことはできる。

 ただ、エルマールも、アスティが何かしていると思っていただろう。でも、討伐準備だと言われると反対はできないようだった。


 ――まさか、あんな物作っていたとは思ってもみなかっただろうがな……。


 でも、その実、暗殺ギルドマスターからの忠告めいた情報を元にアスティなりに探り続けたようだった。言ってみれば、あの拘束具は都合のいいつじつま合わせになっている。


 アスティは、あからさまにエルマールを疑っている。いや、疑わしい勢力の手先と思っているのだろう。


 おそらく今から、アスティがそう考えた理由を話すに違いない。


「調べてみて分かったことが色々あります。まず、この子爵領の死亡した元当主は、今の宰相ブラウニー・トリスティエと長年にわたって何かで争っていたようですね。そして、リラの檻をあけたのは、思った通りエルマール本人でした。落雷で壊れた檻は一つだけで、それ以外の檻は大丈夫でした。ただ、あの時は時間が無くて十分調べられませんでしたが、いくつかは鍵ではなく何かでこじ開けられた跡がありました。でも、リラの檻だけはエルマールが『必要な事ですよ』と言って、鍵で開けたようです。他の檻は、リラの檻とは鍵の形状が違う事だけは判明しています。エルマールが他の魔獣を解き放ったという可能性もありますし、そうではないとも言えますね」


 今はルルと二人きりだからだろう。フードを外し、素顔を見せるアスティ。その瞳はまっすぐルルを見つめている。


「やっぱりそうだよね。リラがあれだけなつくのは、何か恩を感じているからだよね。もうしばらくは、エルマールも我慢かな? でも、その事って、エルマールが自分で考えたことなのかな? そういえば、この依頼も教会だよね? 教会とエルマールのつながりは分かるとしても、宰相とのつながりは教会とはつながりないよね? それに、王都の魔獣追放やこの土地での魔獣騒動。あまりに都合がよすぎない?」


 ルルの不思議そうな顔に、アスティは一瞬だけ悲しそうな顔を見せてその顔を伏せていた。だが、再び顔をあげたアスティの顔は、いつも通りの顔だった。


「宰相と教会はつながっています。何しろ宰相ブラウニー・トリスティエはタリア教会の聖大司教だったのですから。ただ、あの暗殺ギルドマスターの申し出を断った時にも言われましたが、これから色々な勢力がルルに面倒を押し付けてくると思います。直接的、間接的も関係なく……、です。『どこかで誰かの意志が働いている』と、あの時に暗殺ギルドのマスターは言っていました。それは間違いなさそうです。特に宰相ブラウニー・トリスティエの意志が最も大きく目立っています。隣国のモンテカルト魔法王国も何やら動いているみたいです。本当に、いろいろ情勢は動いているようですね。でも、何があっても私はルルの味方です。こんな時に何を言うのかと思うでしょうけど、それは忘れないでくださいね」

 それは、どこか侘しさを感じさせる笑顔。


 珍しくアスティはそんな笑顔をルルの方へと向けていた。

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