教会の依頼とギルドの依頼

 背中に荷物を背負って帰ってきたリラは、まだ暴れ足りない様子だった。だが、もう魔獣はそこにいない。だから、アスティはリラにそのまま荷車を曳いていくように指示している。まるで、その有り余った元気を解消させるために。


 その間もずっと、意識を失ったままのエルマール。いや、意識を取り戻してはまた失う事を繰り返していたのだろう。背負われ続けていた彼の顔には、確かな疲労が刻まれている。しかも、戦闘が終わってもしばらく起きてこないほどに。


 だが、屋敷について間もなくその意識は覚醒する。開口一番、叫び声をあげたエルマール。飛び起きたつもりなのだろう。でも、拘束具の為にそれは叶わない動きだった。


 反動で、リラの毛に埋もれるエルマール。しかし、今度はゆっくりと顔をあげ、周囲をキョロキョロと見回している。そして、気が付いたのだろう。その笑い声にハッとする顔を向けていた。


 そこにある、ルルのあどけない笑顔に。


 突如気恥ずかしさが押し寄せてきたのだろう。エルマールはもう一度リラの毛に埋もれると、平静さを取り戻すためにその背中にしがみついている。

 ただ、それも長くは続かない。アスティに手伝ってもらい、リラは拘束具を外している。戦っている時はいいが、背中だとその姿が見えない。リラはそれが気にくわないという感じだった。


 拘束を解かれたエルマール。久しぶりについた地面の感触を確かめるように、足踏みをして話しだす。


「全く大変な目にあいましたよ。リラ君はもうギガーゴリラの動きを越えていますよね。空を飛んで戦ったとしか思えませんよ、あれは」


 すっかりいつも通りの表情に戻っているものの、どこか様子が変だった。


「ウホホ?」

 しかも、心配そうにのぞきこむリラを、体を逸らして避けている。


 ――かわいそうに……。よほど怖かったんだろうな……。

「ウホ!?」


 いや、そんな意外そうな顔をしても無駄だろう。正直俺もお前の戦いに驚いた。


 確かに、頭上を飛ぶ魔獣どもを相手にして、ギガーゴリラは圧倒的に不利だと言える。てっきり何かを投げて、落とす戦いをするものと思っていた。だが、リラは俺の予想をはるかに超えた動きを見せる。

 倒した魔獣の体を投げつけるのは想定内だ。だが、それは本気で放り投げたわけじゃない。それで落ちてくる魔獣が体勢を立て直そうとした所に襲い掛かる。ただ、それだけで終わることは無かった。いや、むしろそれが目的だったかのように、そのまま魔獣を足場にして、いつの間にか一番高く飛んでいた魔獣まで駆け上がっていた。


 そんな戦い方をするなんて思いもよらない。しかも、一番上を飛んでいた魔獣の頭を一撃で破壊して、さらに上に駆けあがっていた。


 あの瞬間、どの魔獣よりも大空を高く飛んでいたのは、間違いなくこのゴリラだった。


 雄叫びと共に空飛ぶゴリラ。しかも、落下する力も利用して戦っていた。


 その途中にいる魔獣を足場にすると共に、その頭を手足で砕く。挙句の果てに、屋敷の屋根も利用して戦うものだから、屋敷の屋根にもかなりの傷跡を残している。


 まあ、今は住むものがいないから問題にはならないからいいか。


 反撃した魔獣の攻撃なのか、リラが飛び上がる度に壊したのかわからない傷跡が、屋敷の屋根をことごとく破壊していた。


 そして今。


 あっという間に廃墟に近い形になった屋敷を前に、ルルはどうしようかと迷っていた。


「エルマール、この依頼自体は教会が魔獣討伐で出したわけじゃないって言ってたよね? 一応冒険者組合からは魔獣討伐依頼だったから、あたしたちにとっては、もう依頼達成と思うけど?」


 まだ本調子ではない様子のエルマール。いつものように余裕の表情は見せていない。だが、幾分回復しているのだろう。引きつった笑顔を見せてルルに顔を向けていた。


「ええ、教会の方では、原因の究明を依頼していました。何故、冒険者組合でそれが変えられたのかはわかりません。ひょっとすると別の依頼としてこの後誰かが来るのでしょうか?」

「いえ、それはありません。それなら私達が討伐した後に乗り込む必要があります。そのために、近くに潜んでいるでしょう。リラがあの場所に戻ってくる間に、接近していてもおかしくはありません。仮にそういう者達がいたと仮定します。依頼内容が探索、調査として受けていたとしても、そもそもここは魔獣のいた場所。しかも、魔獣討伐と同時に出た依頼です。屋敷の内部に魔獣がいない保証がないのですから、少なくともそちらにも魔獣相手に戦える者が必要です。中途半端な実力の冒険者では難しい依頼です。しかし、実力のある冒険者が動いている気配はありませんでした。それはここにきてからもそうです」


 ――確かにアスティの言う通りだ。この付近には冒険者どころか、人が隠れている気配はない。魔法的にも、技術的にもそれを使用している者はいない。

「ウッホ!」


「リラもパンティも同意見みたい。だとしたら、何故なのかな?」

 突然衆目を集めるエルマール。だが、当のエルマールは涼しい顔でそれに答える。


「それは私も分かりません。でも、私自身はそれを調べないといけません。ですが、屋敷の内部に魔獣がいれば、討伐完了にはならないと思います。ですので、内部を見るまでは依頼は継続しております」

 抜かりの無い笑みを浮かべるエルマール。だが、彼はルルではなく、何故かアスティにそう告げていた。

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