魔獣召喚の魔法陣

 屋敷に入ったルル達は、最初に目当てとなる場所をすぐに見つけていた。入ってすぐに目につくから、おそらく誰でも気づくのだろう。


 それ以上屋敷を探しても無駄だと主張するエルマール。たしかに屋敷は魔獣によって破壊されており、何か隠してあるとは限らない。それはリラのせいかどうかは別として、大切なものをそう簡単に侵入し、破壊できる所に置いておく方がおかしいだろう。


 何よりも怪しい場所がある以上、そこを徹底的に探す方がいい。でも、実際何を探しているんだろうか?


 だが、アスティは何かを感じたのだろう。彼女は頑なに見回ると言って聞かなかった。それにはルルも同意している。結局エルマールだけを玄関に残し、ルル達は屋敷の捜査を開始した。


 でも、それは仕方がないことだ。アスティはエルマールの事を色々と疑っている。そして、ここにきてエルマールの態度も、なかなかおかしな様子を見せていた。


 分からない何かを見つけるのであれば、必要のない行動などない。調査したいのであれば、まずここに住んでいた状態を知ることも大切な事だろう。


 何故、魔獣がわき出たのか。それを知るためにも、ここで暮らしていた人の事を知るべきだろう。でも、エルマールはそれを無視していいと判断している。しかも、一刻も早く下に行きたいそぶりも見せていた。


 その事はすなわち、ここに誰がいたのかをエルマールは知っているという事だ。でも、その情報をルル達には伝えていない。アスティはその事に不審を抱いているのだろう。だから、あんなにも探すと言って聞かなかった。


 意見は平行線をたどっていた。だが、アスティは強硬策に出ていた。渋々認めたエルマール。その事すら、アスティは関係ないと顔を背けて歩き出す。


 もともと、エルマールの許可を得るつもりはないのだろう。ただ、ルルだけを下に行かせるには抵抗があったために、大騒ぎしたに過ぎない。


 と言っても、上階は破壊されてしまっている。だから、上の階はやめておこうという事になり。一階部分をくまなく探る。だが、すでにこの屋敷に生活していた痕跡は絶えて久しい。しかも、一階部分もすでに様々な場所が壊れていた。


 だが、そこにあった生活痕は、これまでの情報を見事に覆してしまう発見でもあった。ただ、結局それはそうだったという事だけの発見であり、今の状況の説明にはならない。やはり、真相は地下にあるのだろう。


 そして、ルル達はエルマールの待つ場所に帰ってきた。


 最初に入ってすぐにわかった地下への入り口。扉の無い部屋は、丸ごとその階段のために無理やり改造したのがよくわかる。しかも、そのまま玄関ホールに直結しているその部屋は、その存在を隠す気が全くないようだった。


 その地下室は前からあったのかもしれない。だが、その出入口などは魔術師が後から作ったのだろう。魔獣が出て行けるように――。


 そして、異常な大きさのその階段の出口の床には、様々な傷跡が残されていた。


 おそらくそれは、大型の魔獣が出た時についた傷。すでに屋敷の外には、二十体以上の魔獣の死体が置いてある。だから、少なくともその数がここを通って外に出たに違いない。


 真っ暗な口を開けて待つその階段。何かあるとすれば絶対ここだという雰囲気をもっている。


「いきますよ、明かりはそこの絶叫司祭が持っていればいいでしょう」

 夜目の効くアスティが先頭に立って階段を下りる。その後にルルが続き、最後にエルマールを抱えたリラが下りていた。


 だが、この階段は予想よりも結構長い。その長さは階層にして、二階分。それを下った先に、怪しげな雰囲気のあるそれがあった。


 ――ルル、右斜め前に人がいる。

「アスティ、右」


「――な!? これは……」

「どうしました? 何があったのですか? リラ君。私を下ろしてください」

「ウホ?」

 アスティの声に反応し、エルマールが必死にリラに嘆願する。だが、夜目が効くリラは、そこにあるものが最初から見えている。だから、特に反応してなかった。


「ウッホ、ウホ?」

「リラ、その人を下ろしてあげてくれないかな。自分で見たいと思うんだよ」

「ウホ!」

 その言葉で納得したのか、リラはエルマールを床におろす。そのまま明かりをもって近づくエルマール。

 そして彼は驚きに目を見開いていた。

 明かりの中、浮き彫りになる魔法陣。その中心には鎖につながれたままの少年が、裸で血を流しながら何かを一心に唱え続けている。


「大丈夫ですか!」

 そういって駆け出すエルマール。だが、それと同時に左側の魔法陣が、闇の中から輝きながら浮かび上がる。徐々に膨れ上がるように、魔力の流れが急激に強くなって集まっている。その結果何が起こるか。それは火を見るよりも明らかだろう。


 魔獣が召喚されつつある。ルル達の眼は、その魔法陣に釘付けになっている。


 その反対側で、召喚呪を唱えていた少年に近づこうとしたエルマールは、見えない壁に阻まれていた。


 ――ルル。でる。大型だ。

「リラ、アスティ、出るみたいだよ」

「ええ、そのようです」

「ウホー!」


 エルマールを放置して、三人で魔法陣を囲ってその出現を待つ――。


 とっても、それはそう長くはなかった。


 魔法陣の周囲からいっそう光があふれだし、その中心には一体の四足魔獣の影が現れる。


 コウモリのようなその翼。

 サソリのようなその尻尾。

 そして光が薄れ徐々に浮き彫りになるその顔は、獅子のそれによく似ていた。


「マンティコアですね」

「ウッホー!」


 その瞬間、何かが砕ける音がした。まるでその魔法陣を囲っている結界がはじけ飛んだような音。


 それと共にマンティコアの尾がリラに向かって突き刺さる――。


 だが、リラは余裕で叩き落す。上からの一撃で、その尾の先端を無理やり床に差し込んでいた。

 

 その時、咆哮が二つあがっていた。


 リラがあげた戦いの狼煙とマンティコアの苦痛の叫び。その二つの咆哮を聞きながら、獅子の眉間に刺突用片手剣レイピアの切っ先が滑るように伸びていく。


 だが、それを寸前で躱すマンティコア。


 だが、抵抗はそれだけだった。


「おとなしくしてほしいかな。痛いのは一瞬」

 軽やかにマンティコアの背後に乗るルル。その次の瞬間、瞬く間に小剣をその項に突きつける。


 一瞬、体を硬直したマンティコアは、そのままその巨体を床に沈めていた。


 ゆっくりと、流れる血が魔法陣を上塗りしていく。腕を振り回し、勝ったことを誇るリラを、ルルは小さな笑顔で見つめていた。


 その間に素早く、アスティは油断せずに周囲を見回っている。


「流石ですね。あのマンティコアが何もできずに倒れるなんて」

 まるで倒れるのを待っていたように、裸の少年をボロ布で包みながら抱きかかえてきたエルマール。駆け寄るルルに差し出すように、その体を冷たい床に横たえる。


 ――いや、もっとましな布で包んであげろよ。その純白のマントとかでもいいじゃないか?

「ウホ、ウホ」


 だが、エルマールに俺の声は聞こえない。何故だかその行為に、少しだけ違和感を覚えてしまう。


 ――まあ、思い過ごしだろう。

「ウッホ!」


 エルマールの態度に不快感を覚えるほど、その少年の姿は痛々しかった。


「君、大丈夫かい? ここで何があったのかな?」

「今私に出来る治癒魔術はかけました。今は意識を失っているだけです。ですが、衰弱が激しい。何日もここで儀式を継続していたのでしょう。私の治癒魔術は傷をなおすことはできても、命を取り戻すことはできません。衰弱した体を戻すことはできません。残念ですが、この子はもう……。それにしても、この魔法陣は何なのでしょう。その血を捧げることで発動するだけのようですが、それはこの子の命そのものです。しかも、捧げては休み、休んでは捧げる繰り返しだったに違いありません。何がこの子にそうさせたのか……」

 ルルに顔を背けるエルマール。その端正な顔が歪んでいるのを見せるのが嫌だったのだろうか? だが、俺が見たエルマールの顔は、そう歪んではいなかった。


「一体何が起きてるのかな……」

 少年を見つめながら呟くルルの小さな声。その答えをアスティが闇の中から答えていた。


「すべて書かれているわけではありませんが、魔術師の日記を見つけました。彼は几帳面な性格だったのでしょうね。でも、そんな人が、このような日記をおおざっぱに放置していたのは不思議です」

「何か理由があるのでしょう。いくら几帳面な性格でも、差し迫った事情では余分なものは持ち出せないでしょうから。ここは、あの魔術師は逃げたと考える方がいいでしょうね それより、そこには何と書かれてあるのですか?」


 さっきまでの様子はまるでない。興味津々のエルマールの姿がそこにあった。

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