ある魔術師の日記

 アスティの見つけた日記には、色々と驚くべき内容が書かれてあった。


 その中でも特筆すべきことは、ここにいたのは二人の魔術師がいたこと。その事自体はすでに上の階で見つけたことで知ってはいたが、この日記で、さらにその関係性についても確証を得ることができていた。


 そして、その魔術師達が、隣国であるモンテカルト魔法王国の密命を帯びていた事だった。

 その事には若干疑問が残る。モンテカルト魔法王国の国王は、前の所有者の知己でもある。エルフの血を引くあいつが、この百年で死んでしまっているとは考えにくい。そして、もしあいつが国王のままで健在なら、こんな真似は決してしない。


 だが、モンテカルト魔法王国に関しての情報は目覚めてからこれまで接することがなかった。だから、今の俺には詳しいことがわからない。そして今、この事は誰にも言えない事実というやつなのだろう。


 情報がもっとほしい。そうすれば、色々とみえてくることがあるのに……。でも、今はそれを嘆いていても仕方がない。一つ一つ知っていくしかないのだろう。


 そう、――。今は、この日記から知ることだ。


 この日記で彼は使命についても書いてあった。その一つ一つにその感想も書かれていた。しかも、その使命は色々あったものの、特に国境付近を混乱に導くことを最大の目的にしているようだった。


 やはりここには、とても仲の良い二人の魔術師が暮らしていた。


 それは一階の様子を見ればすぐにわかった。すべてが対になっている食器類。二人だけの食事風景が感じられる調理場とそこにあるテーブルと椅子。そこは、こぎれいに整頓されているものの、対となる食器が使いやすいように置いてあった。


 ただ、ほぼ毎日同じ食器のみを使っていた可能性がある。しかも、テーブルや調理場の近くに花瓶は置いてあるものの、そこに花があった形跡がなかった。魔獣が花を食べることなどはない。だから、いつしかそこに花を入れずに生活をしていたのだろう。


 それを考えると、あの炊事場に立っていたのが、女の魔術師から男の魔術師に変わったという可能性がある。


 そう、ここにいた魔術師たちは男と女。

 そして、おそらくは恋人か夫婦といった関係だったに違いない。


 それはこの日記が証明している。日記を書いているのが、男の魔術師だったという事も表紙を見れば明らかだった。


 そして読み進めていくことで日記は語る。二人が、結婚を前にした恋人同士であったことを。


 ここの魔術師に何があったのかわからない。だが、ここにいた魔術師の一人が、子爵を殺害したのは事実だった。その際に追手から手傷を負わされている。その傷がかなり深手となっていたことも書かれていた。


 確か、依頼の話で出てきたのは、全て男の魔術師だけだった。だから、彼が手傷を負っているわけではない。日記にも『彼女の容体』としっかりと書かれている。


 依頼の話でも、女の魔術師は一切出て来ていなかった。それどころか、魔術師が二人いたことも、ここに来るまでわからなかった。それは、この屋敷の外に出てくることが出来なかったからなのだろう。手傷を負っていたために。


 ただ、それはいつからなのだろうか?


 この村に来たばかりの頃だとすると、それはおかしなことになる。少なくとも一階の炊事場には、二人で食事を楽しんでいたという名残があった。

 そう考えると、女の魔術師はここにきてから一度も姿を外のものに見せていないという事になる。


 情報が意図的に隠されて伝えられていなければ……。


 ただ、この事実を知ると、男の魔術師の行動は全て納得がいく。高価な魔道具をなぜ村人に無償で分け与えたのか。それは、村人に親切にすることで、自分たちの身を守る事につながるからに違いない。


 しかも、そのための行動もとりやすい。


 野盗から村を守るゴーレムは、追手を警戒していたため。獣避けの結界もそうだろう。その中に探知の魔法を組み込んで、張り巡らせていたのかもしれない。


 全てそう考えると、色々と納得がいく行動だった。そして総合的に考えると、話は色々とみえてきた。


 彼らは最初、この村にいる事を隠匿して暮らしていた。おそらくその使命か何かで利用していたのだろう。だが、子爵暗殺を境にして、状況が変わったために男の魔術師が表に出てきたに違いない。


 重傷の彼女を守るために。


 しかも、村々の子供たちを屋敷で面倒を見たのは、おそらくその声を聞かせる為だったに違いない。生き抜く意思を女の魔術師に持ってもらうための行動。


 彼の取った不可解な行動。そのすべての疑問が、これでしっくりと説明がついていた。


 そうして考えると、書かれていない事柄も分かりやすい。


 何故、魔獣がこの屋敷から離れないのか。通常召喚された魔獣は、召喚者に従う。その魔獣たちが、この屋敷をまるで守るかのように留まっていたのは、そう命令されているからなのだろう。


 二人が眠るこの場所を、決して荒らされないようにするために――。

 

 ただ、通常それをする為には、かなりの術者でないと不可能といえる。それは男の魔術師も、女の魔術師でも不可能な事だった。


 通常、召喚した術者が死ねば魔獣への命令は解除される。状況から彼女は亡くなったに違いない。そして、彼がそれを放置していくことも考えられない。


 でも、それを可能にする方法を、男の魔術師は見つけた。


 彼の日記が語るその日付。それは、魔獣の目撃があった最初の夜。


 男の魔術師は出会いを果たす。一人の少年と躯となった少女に。

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