提案『前編』

 自由になった女魔術師は、青い顔のまま青年の後ろに控えていた。つい先ほど、この小屋全体に何かの監視の目が付いていた。魔力的にも、気配的にもこの小屋はすでに囲まれていた。


 だが、そんな事を気にもせず、アスティはその青年を縛り上げている。


 ――前から思っていたが、手際がいい。「ウホ」


 ルルが扉を閉めて、扉を背にした椅子の右側に座った為、アスティはその隣に腰掛けていた。ルルの隣には巨大な椅子が置いてあり、リラはそこに意気揚々と座っている。


 ルルが座るよりも早く――。


「お気に召して何よりです。では、とりあえずこの子の命を取らなかったお礼をいたしましょう。もっとも、情報通り聖剣の姫が聖剣の力を使えなければ、縛られているのは僕ではなくあなた方でしたけどね。ただ、今のこの状態からすると、その情報を書き換えなくてはいけませんね」

 途中から、ここにいない誰かに向けて話す青年。その言葉に、慌てて頭を下げる女魔術師。おそらく誰かに話しているのを知っているものの、そうせざるを得なかったのだろう。

 異常に怯えるその顔は、心なしかフードを取って最初にみた顔より老けて見える。


「お礼は何がいいですか? っと言っても、あなた達は情報が欲しいのでしたね。いいですよ。まあ、僕もそれほど暇ではありませんので、お話は手短にしましょう。まず、何から話しましょうか? そうですね……。先ほどの騒動で、あなた達は王都に帰れません。残念ですよね? でも、そもそも伯爵の筋書きでは、生きて帰れるものではなかったですからね。そうそう、『魔獣の暴走で、聖剣の姫が殺された』といったところでしょうか? その役目を負っていた者は『魔獣の暴走で、伯爵が殺された』という役目に変わっているそうです。面白いでしょう?」

 縛られたまま、小さく笑う青年。その顔が気に入らなかったのだろう。アスティのにじみ出る気配が怒りの色に染まっていく。


「伯爵の事はもういいです。私達が欲しい情報をあなたは知っているのでしょう? ですが、これだけは言っておきます。こちらは望んで王都に留まっているわけではないのです。やむなくです。あのような不快な所に、ルルを留めていたいと思いますか!」

「それが権力というものです。目の届く所にいないと不安になる人がいるのですよ。特に権力が大きくなるほど、それも強くなる。そして、それをするだけの力も持っている。そういう人があなたたちの知らない所で動いているのですよ」

「ウホ!」


 ――いや、お前絶対わかってないだろ? 何を分かった風に相槌を打つ。

「ウホ!?」


 リラの態度が気に入ったのか、青年はアスティではなくリラの方に顔を向けていた。

 

「なるほど、言葉を理解するという情報は、あながち間違っていないようですね。聖剣パンタナ・ティーグナート――。いえ、パンティと呼ばれているのでしたね。その言葉を理解しているというのが正しい情報なのでしょう。これは色々と考える必要がありますね」


 ――何!? 何故、お前がその事を知っている? というか、俺が話しているのを感じているのか?

「ウホホホ?」


 眠そうな目をこすりながらも、リラは考えるふりをしている。


「なるほど、なるほど。これは色々と興味深い。聖剣もそうですが、あなたもかなり興味深い。単なる飼い慣らされた魔獣という位置づけではなく、むしろ聖剣の所有者に匹敵すると見ていいかもしれませんね」

「ウホ? ウホー。ウホホ?」


「いえ、本気で言ってますよ」

「ウホ!?」


「はい、本気です。さすがは、聖刻のギガーゴリラ」

「ウホホ? ウッホー!」


 ――おい、何勝手に盛り上がってる? 何だ、その二つ名は? いや、それはもういい。俺はその名前をどうして知っているか聞いただけだぞ? いや、それもそうだが――。お前ら、絶対会話してないだろ!

「ウホ?」


 身をくねらせるように照れるリラ。それを楽しそうに見つめる縛られた青年。


 アスティの蔑んだ目がリラに降り注がれる中、じっと黙っていたルルが話を進めてきた。


「パンティの事を知っている。リラが椅子に座りたかった事を知っている。暗殺ギルドの覗きの趣味は、この際文句は言わないかな。でも、色々とおかしいんだよね。リラやギガーゴリラがいた檻は、どれも壊れてもなかったよ。エルマールから聞いたけど、主だった貴族たちは全員、あの時には帰っていたらしいよね。アスティが馬車を壊したみたいだけど、檻は壊していないんだよね。それに、あの檻はリラですら壊せなかったと思うんだよね。最初に入った時に結構本気で叩いてたから……。落雷も、魔獣たちの檻には落ちていなかったみたいだよ。でも、ギガーゴリラ達は暴れている。そして、伯爵の飼っていたギガーゴリラが一匹いなくなっているんだよ。これって偶然か何かなのかな?」


 ルルの静かなものの言い方に、青年はさっきまでとは違う表情でルルを見る。


 心なしか値踏みされているような感じを受けるその視線は、圧倒的な力を感じさせるものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る