暗殺ギルドマスター
襲撃を受けたその場所から、森の中を進んでいく。『行けばわかる』という言葉で、ルル達は女魔術師が示すとおりに歩いていた。
だが、それほど歩かないうちに、ルル達は森のひらけた場所に辿りついていた。その場所は魔法で巧妙に隠されていたのだろう。確かにそこは木々であふれる森の一部だった。
縛られた両手を器用に動かして、女魔術師が指輪をかざすまでは――。
突如現れた広場のようなその場所に、一軒の小屋が建っている。粗雑な小屋でしかないその場所は、言い知れない雰囲気を醸し出していた。
眼でそこに向かう事を告げる女魔術師。
猿轡をかまされているので、彼女は話をする事はできない。しかも、両手両足を縛られた上に、リラに担がれているから逃げようもない。だから、いつもはリラにのっているルルも、今は一人で歩いていた。
やがてルル達は小屋の入り口にたどり着く。
最初ルルが扉を開けようと前に出たが、それをアスティが首を振って止めていた。
『自分がする』と、声を出さずにその眼で訴えかけるアスティ。一切油断することなく、その扉をゆっくりと開けていた。
扉を開け、アスティ自身はすでに壁に背中を合わせて中の様子を窺っている。開けた力の余韻を受け、ゆっくりと開かれていく小屋の扉――。
壁からそっと覗き見るアスティ。素早く見渡したその眼が見たもの。それは、イスとテーブルがあるだけの簡素な部屋という事実のみだった。それ以上はさすがのアスティも見ることはできなかった。
開かれた扉の真正面に座っている、その人物の雰囲気を感じ取ってしまっては――。
突如、俺の頭に古い記憶がよみがえる――。そう、あれはまさに、『蛇に睨まれた蛙』というもの。その表現が最も適しているだろう。
今まさに、アスティが蛙に見えた瞬間だった。
だが、そんなアスティの脇から、リラがのっそりと小屋に入っていく。律儀に扉の前で一礼をするリラ。そんなリラを、中の男はただ笑顔で迎えていた。さっきまでの雰囲気は、すでにどこかに消えている。
――いや、確かにそう教えたけど、今それをする場合か? 空気よんだ? 下手したら、死んでたよ、お前?
「ウホ?」
リラが入ったその瞬間、眼を大きく見開くアスティ。だが瞬間には、己をしばる呪縛に打ち勝っていた。だが、時すでに遅しというものだろう。アスティが制止する間もなく、リラはそのまま小屋の中に入っていたのだから。
突如起こる聞きなれない笑い声。それは、どこか心地よさを感じる声といえるだろう。
その瞬間、さすがのリラもそこで歩みを止めていた。
その声の主である青年――中央の椅子に座っている――が声を出して笑っている。リラに抱えられた女魔術師の姿を見て。
だが、その声を聞いた瞬間。リラに抱えられた女魔術師の顔は、信じられないという表情のまま、その色をどんどん失っていく。
後ろ向きに抱えられた彼女は、中の様子をまだ見ていないにもかかわらず。
「あはは、ハートの十五もそうなっては形なしだね。もう抵抗はしないから、その拘束を解いてあげてくれないかな? もちろん、ここではあなた達を襲撃もしない。もっとも、あなた達の返事次第では、これから先も襲撃しない」
――ひょっとして、こうなることがわかっていたのか、リラ?
「ウホッホ!」
――なんか、嘘くさいぞ……。
「ウホ!?」
だが、色々とおかしなことはあるにはあった。
そもそも、あの襲撃では命を奪いとる気は無かった。この場所でこの男が待っていたことはそれを意味するのかもしれない。
もっとも、女魔術師はそう思っていなかったようだが――。
でも、色々と改めて考えてみると、確かにそう思うふしもある。ただ、あの攻撃で死んだのなら、その時はそれまでの事という感じもする。
にこやかに笑うその男の顔からは、全く意図はつかめなかった。
一つだけわかったことと言えば、女魔術師の名前らしきものだろう。実名ではないのは分かる。だが、それが意味することの方が、今は重要なのかもしれない。
ハートの十五。
単純に考えると、暗殺ギルドには複数集団があり、この女魔術師はハートという集団の序列十五位というところか?
――本気を出していないとして、
「ウッホー!」
――楽しそうだな、リラ。戦いの事となると嬉しそうだよな。まあ確かに、お前は戦ってなかったからな。
「ウホホ……」
まあ、それは仕方がない。網をどけても、しばらく寝続けていたお前だ。相当強い魔法の影響を受けたのだろう。
魔道具の力が強いのかもしれないが、魔法に耐性のあるリラをあっさりと眠らせていた。そう考えるとこの女魔術師の実力は高いのだろう。
その彼女が恐怖し、アスティが一瞬動けなかったほどの殺気をアスティに向けて放ったこの男の実力。その事は、男が女魔術師よりも相当強いことを示している。
暗殺ギルド。やはり謎が多い組織だ……。百年前も噂には聞いていたが、実際に接点がなかったからわからない。
「いいでしょう。ですが、その代わりにあなたを拘束しますが、よろしいですか?」
「いいですよ。ご自由に」
アスティの無礼とも言える突然の提案。
だが、それを快く応える青年。その堂々とした雰囲気に、アスティも一瞬自分の行動を鈍らせていた。
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