少年の願いと冒険者たち【後編】

 何とも言えない空気が、この場を包み込んでいる。ルルとアスティ。互いに無言のやり取りの中で、それが醸し出されているのかもしれない。だが、その空気には縁のないリラだけが、いつの間にか寝息をたてて眠っていた。


 休めるときにしっかり休む。


 それがリラのゆるぎない姿勢。言い換えれば、いつでも戦闘に入れるためにしっかりと準備をしているという事だろう。


 しかも、寝ていても警戒心は解いていない。それは時折あの毛が動いていることからも明らかだった。


「ルル。念のために確認しておきます。この件はあなたの目的からすると全く意味のない事です。あの少年は知り合いではありません。少年が倒したい相手はならず者の集団でした。ルルの目的を考えれば、意味は全くありません。有益な情報を得ることもできないと思います。さらに言うと、どうも妙な気分がします」


 静かに、だがはっきりと、アスティはそうルルに告げている。

 この場合、暗殺の是非はともかくとして、確かにアスティの言う通りだろう。


 そもそもルルと少年に接点はない。たまたま行くことになった冒険者ギルド。そこで偶然に出会った少年。しかも、この街に逗留していなければ行くことのない時間に行った事で出会っている。


 この出会いは、実に色々な偶然が重なっていた。いや、重なりすぎていると言ってもいいかもしれない。どこかの誰かの思惑が入っている。漠然とそんな気分にもさせられてしまう程だった。そんな少年の事情に、どれだけ肩入れする必要があるというのか。

 おそらく、アスティはそれをルルに聞きたいのだろう。おそらく俺もその立場なら、そう思ったに違いない。


 たしかに、ルルの気持ちはわかる。だが、それがどこから来たものなのか確かめておきたい気分になる。

 こうやって意義があるのかと問われれば、ルルも冷静に自分を見つめ直すかもしれない。ひょっとするとルルを危険な目にあわせるかもしれない。そう思うからこそ、アスティは確認しておきたいに違いない。


 直情的に判断したのか、そうで無いのか。


 だが、例え直情的に判断した事であっても、そこにルルの真剣さがあればアスティは納得する。余分な事でルルを危険にさらさない。必要な事ではルルを絶対に守り切る。ただそう思っているのだろう。そしてそれは、アスティにとって造作もない事だった。


 いかなる時も、アスティ自身はルルのつるぎとして振舞っている。同族で差別し、いがみ合う人間。ましてや殺し合う事に対して、黒エルフダークエルフのアスティに余分な感情は一切ない。ただルルが人間同族を殺す事には、やはり申し訳なさがあるのだろう。


 ただしそれは、ルルに対してのみだろう……。


 だから、これまでの暗殺はアスティがそのほとんどを実行していた。それはもう、鮮やかな手並みといってもいいだろう。


 しかも、それに至る全ての事についても同じだった。情報を集めるために、アスティは何人もその手にかけている。でも、アスティは何の思いも抱いていない。アスティはただ、ルルの気持ちにこたえているに過ぎないのだから――。


 ただ、今回は少し様子が違っている。少年を追いかけ、それを襲ったもの達の対処をしているのは、あくまで少年の理由を聞きたいとルルが願ったからに過ぎない。だから途中で一人を逃がしても気にならなかった。だが、少年の話を聞いてから、何かを感じたのだろう。その事が、アスティをこれほど慎重な態度を取らす結果になったに違いない。


 そんなアスティの言葉を受け取り、ルルも真剣に答えていた。


「利益があるとか、ないとか。そんなこと関係ないんだよ。でも、パンティをもっていても、あたしは正義の味方でもなんでもないよね。パンティが何を言っても、あたしの目的は復讐だよ。それは最初から変わらないよ。それに、そんなあたしをパンティは選んだんだよね。だから、今更説教しても遅いかな。でも、それだけじゃないんだよ。あたしの復讐の相手はまだわからない。でも、そんなあたしの目の前に、同じように父親と姉を殺された少年がいるんだよ。そして、その少年は相手も知ってて、その仇を討つ事を望んでいるんだよ。あたし、その気持ちが痛いほどわかるんだよね。だから、これはあたしのわがままなんだと思う」


 ルルの力のこもった言葉を、アスティは黙って聞いている。その様子から、ルルは今抱いている思いを伝えるべく、言葉に気持ちを込めていた。


「あの時、王都まで連れてきてくれたあの人傭兵のような男の人の事をあたしは知らない。でも、あの人がいなかったら、あたしはパンティを抜けなかった。あの人は報酬だといって受け取ったものは、ごくわずか。本当に破格な値段だったと思う。あの人も強かったから……。でも、その時あたしは、その事すら知らなかったんだよね。たぶん、あの人は自分の利益とか関係なく、あたしを助けたいと思ったんだよ。でも、そんな気持ちを、わずかな報酬で見えなくした。今のあたしがあるのは、たぶんそんな善意があったからだよ。そのことが、リラやアスティと出会う事につながってるんだよ」


 遠くを見つめていたルルの眼が、目の前のアスティを真剣に見る。アスティもまた、その視線をまっすぐに受け止めていた。


「なにより、あの少年を助けたいとも思ったんだよ。しかも、悪い奴がそこにいるんだよ。悪い事をしても、誰にも裁かれずにそれを繰り返しているんだよ。悲しんでいる人がそこにいるんだよ。助けを求めている人がそこにいるんだよ。悪い奴がそこにいるだけで、そんな人達が増えていくんだよ。そんな連鎖は、誰かが断ち切らないといけない。何の力もなかったあたしは、その力をもったんだよね」


 その瞳は暗い炎を宿している。その瞳には強い意志の光が宿っている。そんなルルが、頭を横に振っていた。


「ううん、やっぱり違う。それはたぶん、パンティに対しての言い訳かな? あたしは自分の復讐をあの少年に置き換えているんだと思う。だから、あたしはやるよ。無法者だとか、貴族だとか関係ないよ。あたしに利益があるとか、ないとかも関係ない。あたしの復讐心がここにある。仇を討ちたいという少年の願いがそこにある。それ以外の何かは、きっかけだよ。多分引き寄せられたんじゃないかな? どこかの誰かなんて、知らないよ」

「わかりましたよ、ルル。でも、覚えておいてください。どんなことを言っても、同族殺しは大罪。それだけはどこの世界でも同じです。もし、これが何者かの意志が働いている結果なら、ルルは人の世界ではもう生きられないかもしれませんよ?」


 アスティの静かな言葉に、ルルは静かに頷いている。


「今までほとんど、リラやアスティに甘えてた……。けど、今回はこの手で片を付けるよ。罪は覚悟の上だよ。元々、あたしは復讐の為に力を求めたんだよ。その相手はたぶん同じ人間だと思う。だから、それからの事なんて、もう関係ないよ。お父さんとお姉ちゃんのことを思えばね」


 そう言っているルルの心の中で、憎悪の感情がどんどん大きく膨らんでいく。その雰囲気に、アスティはとても満足そうな笑みを浮かべていた。


 そして、それがある大きさに達した時。


 聖剣この俺とルルで築いていた何かが、突然大きな音をたてて崩れていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る