少年の願いと冒険者たち【前編】

 街の中心部から離れた場所。少しさびれた雰囲気の残る市街地の一角に、高い塀で囲まれている場所があった。その塀の中は何もない。所々焼け焦げた地面や、何かでえぐられたような傷が残る地面が広がっているだけの空間だった。あえて言うなら、そこは箱庭の戦場。そんな場所の端の方に、小さな小屋が建っていた。


 冒険者ギルドの訓練施設。ルル達がそれのある街に滞在する時に、決まって利用するのがこの施設だった。利用料は格安で、新米冒険者でも使えるようになっている。冒険者ギルドの存在する街なら規模の大小はあるものの、必ずあるこの施設。ルル達が使うのは別の理由が存在する。


 ギガーゴリラという魔獣であるリラを、普通の宿には泊めることができない。それが大きな理由だった。


 冒険者ギルドの方もその事情を理解している。だから、優先的に使用することを認めてもらっている。もっともルルが聖剣の所持者であることを考えればもっとほかの手段もあるのだろう。でも、ルルはこの方法を気に入っていた。


 何より、何かの襲撃にあったとしても、ここなら気兼ねなく暴れる事が出来るから。


 しかし、同時にそれはルル達が街に入ればどこにいるかを教えている事にもなる。潜伏できないという事は、四六時中警戒する必要があるという事を意味する。


 特に、暗殺ギルドの申し出を断った今となっては、この事は深刻さを増していた。


 ただ、アスティやリラの警戒網を突破して不意打ちできる者がどれほどいるのかという話しでもあるが……。


 そして今、ルルは帰ってきたアスティの話を聞いていた。



「野宿……。ギルドに依頼するのだから、お金は持っているよね?」

「持っているとしても、あの身なりです。おそらく大金はもっていないでしょう」

「ウホ」

「それで依頼するんだね……。相場とか知ってるのかな? 冒険者を雇うって、結構高いんだよね」

「そうですね。仮に依頼が通ったとしても、新米冒険者では、この依頼は難しいでしょう。村単位で助成金をもらって補てんするという手もありますが、彼はそんな立場にあるはずないですね。一度襲ってみますか? どれだけ持っているかははっきりします。幸い、寝床は突きとめましたので、今からでも可能です」

「ウホ!?」


「リラ、冗談だからね。アスティもリラで遊ばないほうがいいんだよ。お馬鹿さんだから、本気にしちゃうんだからね」

「ウホ!?」


「そうでした。本気にしたあなたが悪いです。謝ってください。見本は見せます。でも、言っておきますが悪気があってしている事です。これに懲りて、ちょっとは賢くなってくださいね」

「ウホ!」

 言葉とは違い、丁寧に頭を下げるアスティ。その態度にリラは鷹揚に頷いている。


 やっぱり会話できてないよな、お前たち……。


 ――それにしても、リラ……。

「ウホ?」

 ――いや、よかったな。

「ウッホー!」


 どうも、俺の言葉は分かっていると思うのだが……。散々遊ばれているという事に気が付かない。それはそれで、たぶん幸せな事なのだろう。


 ただ、こうやってアスティがリラをからかう時は、必ず何かで気分を害している時だ。それはルルもよく知っている。


「アスティ、何かあったのかな?」

覗き込むようにアスティを見つめるルル。そのルルの瞳をアスティは思わず避けていた。

 アスティは今、フードを外してその顔をさらけ出している。ほんのり朱に染めた頬を見られるのが、おそらく恥ずかしかったのだろう。


 だが、それも瞬時に制御するのがアスティだ。


「――ルルは、話を聞きましたか?」

 アスティの瞳には、光源としておいてある蝋燭の炎の揺らぎが見える。その瞳をまっすぐ見つめ、ルルは頭を横に振っていた。


「冒険者ギルドでは、最初の仇討ちというところで追い返されたみたいだね。さすがに冒険者達も、わきまえているといった感じかな? ただ、少年が来たのは、今日が初めてではないみたい」

 それは仕方がないことだと、ルルも思っていることだろう。


 もし、冒険者ギルドでそれ仇討を請け負っているとなると、暗殺ギルドの立場がない。しかも、基本的に冒険者とは魔獣を相手にしている人達の事を言う。人間相手にその力が揮われるようになれば、それは組織的に暴力行為を許すことになってしまう。


 力は正しく使わなければ、ただの暴力に変わってしまう。力を持つ者だからこそ、それを正しく認識しなければならない。


 その事を冒険者たちはちゃんとわかっているはずだ。――と思いたい。


「でしょうね。ただ、人間という種族はそうではありません。中にはならず者もいます。私がこの時間までかかったのは、少年の話を聞いていた事もありますが、少年を襲ってきた者がいたためでもあります。背後を確認するためにつけましたが、どうやら単なるならず者のようでした。ただ、一人は途中で抜けたので、追えてませんが……」

 アスティが遅かったことに、何らかの事情があることはルルも分かっていただろう。だが、身なりもみすぼらしい少年が、冒険者に襲われるとは思っていなかったに違いない。さっきのお金の話も、それがあるから始めたことだ。


「ならず者どもに私の姿は見せていませんが、その後少年には姿を見せました。いつものように影だけです。それでも少年は語ってくれました。何故、父親と姉の仇討ちの依頼をしてきたのかを」


 隙間風の悪戯で、蝋燭の炎が揺れている。それにつられるように、ルルの影は大きな揺らぎを見せていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る