第三章 少年の復讐と聖剣の姫

冒険者ギルドとある少年の願い事

 パエス伯爵を、自分の手で暗殺する決意を固めたルル。何故、そうまで思うようになったのかはわからない。だが、再三にわたる俺の忠告を聞くこともなく、伯爵領の中心となる街に逗留し続けていた。

 その街の名前は、伯爵の家名と同じパエスという。代々伯爵家としてこの土地を治めているパエス家。その始まりの街に、自分の家の名前を付ける所が貴族らしいと言えるだろう。


 だが、自己顕示欲の強い名前とは違い、ここは地方にある街にしてはかなり栄えている。当然人口も多く、教会や冒険者ギルドも存在していた。聖王国東部にある、数ある貴族の領地にある街を含めても、ここは栄えている街の一つと言って良いだろう。


 人が集まり、街が潤う。情報が集まり、集まったものがそれぞれ旅立つ。王都から遠く離れているこの街には、地方というよりもここを中心とした活気があった。


 当然、交易上の要所という利点もあるだろう。ただ、カルロス子爵領が国境警備の為に軍備に力を注いでいたのと同様に、パエス伯爵は商業発展にその力を注いでいたからこうなったに違いない。


 領地経営は貴族の個性が表に出る。


 王都にいた時に仕入れた噂では、貴族社会でもパエス伯爵は異端という感じだった。渡り鳥のように派閥を転々としていることから、悪評もあるが貴族社会の中でも相当顔が広くなっている。それは他の分野にも広がっていたようだった。

 表の世界だけでなく裏の世界も含めると、人脈の広さという点において、聖王国内に彼に勝てる者はいないということだった。


 そして、そのパエス伯爵は今、王都にいる。


 パエスの街にやってきたルル達。

 報酬を受け取りに冒険者ギルドにやってきて、最初に仕入れた情報はそれだった。


 都合よく流れてきた情報には裏がある。


 だが、その声の主を特定する事が出来るほど、ここの冒険者ギルドは閑散とはしていなかった。それもパエス伯爵がもたらした効果なのだろう。普通の冒険者たちとは違う雰囲気がここには漂っている。


 冒険者を優遇し、才能あるものを家臣に加える。それをパエス伯爵は公然と繰り返しているから、そういう空気がここにはあるのだろう。


 それに憧れるもの達で、ここはあふれかえっていた。


 それ考えると、さっきの声は意図的ではなく、単なる情報交換の一環だったのかもしれない。何故かそんな事を思ってしまう程、今までの流れがとても不自然な気がしている。


 次々と色々なことが起きているが、俺達はここに来ることを誘導されていたのではないだろうか?


 まあ、今は情報が足りない。いずれにしても、俺自身が動けるわけではないから状況を見守るしかない。ただ、これまでの事を考えると、エルマールには注意が必要だという事だ。


 アイツに出会ってから、ルル達のまわりがどんどん変化して行っている。


 ――アスティの様子もどこかおかしい……。

「ウホ」

 ――ルルとのつながりがかなり希薄になってきている……。このままだと、ルルは聖剣この俺の所有者の資格を失ってしまうかもしれない。

「ウホホ……」

 ――リラは……。まあ、変わりないか……。ゴリラだし。

「ウホゥ!?」


 実際には変わっているけど、エルマールに対する好意的な態度は、もうすぐなくなることだしな……。


 俺がそんな事を考えている間も、ルルは流れてくる情報を集めていた。中には有益な情報もあったが、何しろ裏がとりにくい。実際にはアスティが密偵をする事になるのだろうが、その前に情報を集める姿勢は今までとは変わっている。


 ルルは変わった――。


 これまでは、アスティの勧めを聞いて動くことが多かったが、今は自分から積極的に行動している。仇を討とうとした少年の行動に触発されたのだろうか? いずれにしても、このままでは……。


 だが、情報を集めることに限界を感じ、ルル達が立ち去ろうとした時のこと。


 一際大きな怒声――ただ、それは聞きようによっては悲鳴にも聞こえる――が、喧騒の中上がっていた。その内容に、ルルとアスティは顔を見合わせ頷いている。


 だが、事態はそれを確かめる暇を与えてくれない。ルルの行動を待つまでもなく、声の主は捨て台詞を吐いて出て行くような感じが伝わってくる。


 いつもなら、おそらくそこまで気にすることは無かったかもしれない。だが、ほんの少しだけ聞こえたその内容。『仇を討ってほしい』と願う少年の声は、今のルルには無視できない事だった。それはアスティもよくわかっている。

 申し合わせたように再び顔を見合わせる二人。そして、何も言わずに、それぞれ別々の行動をとり始める。


 少年を追うアスティと、さっきまで少年と話をしていた依頼受付に近づくルルとリラ。


 その事で、冒険者ギルドの中の人達も対応を迫られる。息つく暇もないうちに。


 もともと、リラはここでは相当目立っていた。いくら有名になったとはいえ、リラは魔獣からは切り離せない。しかも、その危険度は極めて高いとされているギガーゴリラの一員だ。

 その肩にルルが乗っていないと、おそらくこの場所に入る事すら出来なかったかもしれない。


 そのリラが動き始める。


 これはそばにいる者にとっては、驚天動地の事だったに違いない。人が多くいなければ、そもそもリラのそばにいることは無い。できれば退散したいけど、人が多くてそれが出来ない。そういう感じの者達が、リラの周りをぐるりと囲んでいるのだから。


 動くリラに合わせて、その進行方向を瞬時に把握する冒険者たち。一糸乱れぬその動き。それは鮮やかな出来事を引き起こしていた。

 

 すなわち、冒険者であふれているこのフロアに、海がわれるような道が出来上がる。


 そのおかげで、肩から飛び降りたルル。小さい彼女は、一人でこんな人ごみに入ると押し潰される目にあいかねない。でも、今はそこに道が出来ている。だからルルは、難なくそこにたどり着くことが出来ていた。その後を、リラがのっそりついて来る事も気にせずに――。


「ねえ、お姉さん、ちょっといいかな? さっきの子。何かあったのかな?」


 そう尋ねるルルの人懐っこい笑顔の後ろで、リラの人懐っこく見せているつもりの不気味な顔が覗いている。


 その両方を見せられた受付の女は、短い悲鳴を上げたものの、どうしていいかわからなくなっていた。振り返ったルルの眼には、いつのもリラの顔が映る。だが、ルルがまた受付の女に向かって微笑むと、リラも同じように不気味な微笑を見せていた。


 ――おい、リラ。ちょっと反対向いて、今後ろにいる冒険者達にその笑顔を見せてみろ。

「ウホ?」


 素直にいう事を聞くリラ。だが、今度は冒険者たちにその顔を見せつけるようにふるまっている。だからだろう、リラのその顔不気味な笑顔を初めて見た冒険者たちは、恐怖で武器を構えだしていた。


 だが、リラは相変わらずその笑顔のつもりの顔を崩さない。しかも、そのまま動かないから、武器を抜いた冒険者もその場から動けずにいた。


 互いに固まるリラと冒険者達。不気味な笑顔と必死な形相。ある種の均衡がこの場をゆっくりと包んでいく。


 だが、この中には駆け出しの冒険者だっている。しかも、その雰囲気とあの顔は、駆けだしにとっては相当な恐怖だったのだろう。一人が逃げだし、さらにその仲間が逃げ出すと、あとは収集つかない形で幕を下ろす。


 ついに逃げ出すものが後を絶たず、いつしかあれだけ賑わっていた冒険者ギルドのホールは、冒険者のいないさびれたホールに変わっていた。


「ウホ?」

 冒険者が一切いなくなった冒険者ギルドの受付フロア。さっきまので喧騒は嘘のように消え失せて、今は枯草が風に吹かれる荒野のような雰囲気を見せていた。


「ねえ、お姉さん。教えてくれないかな? あの少年は、何を依頼してきたのかな?」


 そんな事が後ろで起こっているにもかかわらず、再び尋ねるルル。その笑顔は、固まっていた受付の女の心を癒す。

 いつしかその顔を、受付の女は安心した感じで見つめていた。


「これは、聖剣の姫君。初めまして――」

「初めましてだよね。今更だから、挨拶はこのくらいでいいかな? のんびり話をしていると、またリラがお姉さんに愛嬌をふりまくと思うよ。後ろには誰もいなくなっちゃったからね」


 よほどさっきの顔が怖かったのだろう。いや、顔が不気味だったことは否定しない。けど、リラとしては一生懸命だっただけに、ちょっと気の毒な気もする。


 だが、受付の女も必死だった。


「いえ、依頼内容を聞いて、依頼ギルドを間違っていると教えただけです」

「間違ってる? 別のギルド?」


――リラ、そのまま動くなよ?

「ウホホ」


 いきなりリラが話しはじめたことで、受付の女はいきなり緊張していた。まあ、それも仕方がない。確かに冒険者ギルドとはいえ、ここで働いている人たちは、直接魔獣と戦った事のない人たちだ。恐ろしさは知っている。だから、余計にどうすればいいかわからないのだろう。


――それを考えると、エルマールは少し変わっているよな。

「ウホ!」


 再び緊張する受付嬢。だが、リラの声を催促していると思ったに違いない。必死に考えて、言葉を選んで話していた。


「はい! でも、この街で会えるかどうかは運です! ここまであのギルド関係者が来ているとは思えません!」

「そうなの? でも、依頼内容は聞いたよね? 何の依頼だったのかな?」


 聖剣この俺を小突きながら、ルルは核心の質問を選んでいた。


 ――いや。今のは、不可抗力だ。

「ウッホー?」


 その問いとリラの叫びに、一瞬迷いを見せる受付嬢。だが、ルルの笑顔を見て安心したのか、おもむろにその依頼内容を口にしていく。


「依頼内容は仇討ちの手伝いです。自分では無理そうなら、仇討ちそのものです」

「そうなんだね――」

 その瞬間、笑顔でいるルルの瞳に、暗い炎が宿っていた。


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