決意のルル
少年の話を聞いた男の魔術師は、再び少年に問いかけたようだった。
『もう一度確認しておこう。悔しいのだな? 妹と姉を死に追いやった、伯爵に復讐することを望むのだな?』と――。
日記を読み上げるアスティの声に感情がこもる。それを聞いたルルの瞳に、暗い炎が宿っていた。
――いかん! おい、ルル、しっかりしろ! ルル! ルルー!
「ウッホー!」
突然のリラの叫び声。その声に驚いたのはエルマールだけではない。日記に目を向けていたアスティですら、驚き顔をあげていた。
だが、リラの突然の叫び声は、いつものルルを呼び覚ます。いつの間にか、ルルの瞳の炎は消え、ただ茫然と少年を見続けていた。
――危なかった……。
「ウホ」
ずいぶん自制が効くようになっているが、時折ルルは怒りに身を任せようとすることがある。普段朗らかに過ごしていても、ルルの中にある復讐の炎は、決して消えることは無いのだろう。
「アスティ、続きは?」
話を催促するルル。だがそこで、アスティは一呼吸おいてくれていた。
――いいのか、ルル?
(大丈夫だよ……)
まるで俺たちの会話を待っていたかのように、アスティがその続きを読み上げていた。
その間じっと聞いていたルル。だが、その瞳にはある決意がみなぎっていた。
その後には、全ての謎が書かれていた。
少年の体を媒体にして、魔術師の召喚術は形成されたようだった。
すなわち、男が自らの命と引き換えに魔獣召喚の刻印をこの場所に刻み込む。それを発動させるのが少年の血液。定期的に魔法陣にそれを流し込むだけで、術の維持を可能にしたようだった。
そして、その役目と引き換えに、少年に魔獣を一体譲渡した。
以来、少年はここで墓守として過ごしている。
アスティがその日記をエルマールに渡した後、しきりに何かを探していた。ルルは少年の回復を待っている。ただ、そのそばで座りながら、何かを考えているようだった。
「ここですね。リラ、その無駄にあるバカ力で、その壁を壊しなさい。もちろん、バカな力ではありませんよ? まあ、それも無駄に多そうですけどね」
「ウホ!」
そこは申し合わせたように、リラはアスティの指示に従っていた。辛辣なアスティの言葉も、リラは全く気にしていない。
ゆっくりと狙いを定めて近づくリラ。アスティの指示した壁を、その拳が簡単に打ち抜いていく。
地下室に響き渡るその音と振動。
地下室全体を震わしたその行為。それは、壁の向こう側にあった空間とこの部屋を繋いでいた。
「アスティさん、何をしているのですか? そんなところを壊さなくても――」
舞い散る埃を吸わないようにするためなのだろう。自分の言葉を遮ってまで、その口を上質な布で覆うエルマール。だが、その眼は驚きに見開かれる。さっきまで壁だったところが、大きく口を開けているのだから――。
しかも、その奥にあったもの。それは、あまりに荘厳な部屋だった。ここが地下室であることを忘れるような――。
「魔法道具がこれほど……。その二つの棺が、魔術師たちの物ですね……」
「依頼はこれで終了ですね? その日記とこの棺。証拠としては十分でしょう。その少年は、ここに残してあげなさい。もうすぐその命も終わるでしょう。この魔術師たちの願いは、少年が死ねば終わりになる。それはその魔術師も分かっていた事です。でも、その少年の願いはまだ終わっていません」
アスティの指し示す先。そこには、綺麗に並んだ二人の魔術師の棺とは別に、小さな棺がひっそりと隅に置かれてあった。
その瞬間、小さなうめき声が上がる。
アスティとエルマールの話を聞きつつも、片時も少年から目を逸らさなかったルル。だからだろう。誰よりも早く、その変化に気が付いていた。
うっすらと眼を開ける少年。だが、ルルが見えた瞬間に、その眼を大きくあけようとしていた。だが、それは成就しない行動だった。それすらできないほど、少年の体は衰弱していたようだった。
そのことで、少年は自分の状態が分かったのだろう。その眼から、ぽろぽろと涙があふれ出す。
「結局……、僕は何も……、何もできなかった……。悔しい……な……」
召喚された魔獣が退治された時、命令していた主人とのつながりは消えてしまう。その命令が成就したかは、命令した本人が一番わかるようになっている。
魔法陣に捕らわれた少年にとってそれは、ひょっとすると夢うつつの感覚だったのかもしれない。だが、急速に現実を見たことにより、実感として少年の心にある傷をえぐりにえぐり続けていた
「その消耗の仕方……。それは、魔術師との契約にはなかったことですね。少年、あなたは独力で魔獣を召喚しようとした。あの中に、知恵のある魔獣がいたのでしょう。その方法は、自分の命と引き換えにするやり方ですが……。なるほど、少年。あなたにとっては、それは関係ない事のようですね」
いつの間にかそばにやってきたアスティが、少年を見おろしそう告げる。だが、少年にはそれに答える力はなく、急速にその体は老けていく。
ただ、薄く広がる口を除いて――。
「それでいいのかな? それで満足なのかな? やりきった? 全然だよ! やりきってないよ! 伯爵はまだ生きているよ! 何もできていないよ! また、同じような悲しい人が出来るんだよ!」
珍しくルルが大声で叫ぶ。それと共に、
――おい、ルル。やめろ! それは、やめるんだ!
「うるさいよ!」
その様子に、眼を見開こうとする少年。だが、瞼が僅かに痙攣するしかない動きだった。さらにその眼からは、一筋の涙がこぼれていく。
そして、俺の中に次々とやってくる少年の記憶。流れ落ちる涙と共に、その情景が次々と浮かんできた。
――くそ! まただ! こんな!
「ウホ?」
少年の短い一生は、ほんのわずかな時間で俺に全てを語りかける。その全てを知った俺は、これ以上この少年に語る言葉を持ち合わせてはいなかった。
しかも、少年は
――もっとも、それをするつもりもないが……。
「ウッホ?」
ルルはそれを期待したのだろう。でも、それが出来ない事をすでに理解している。
黙って、
その間も、着実に彼の老いは進んでいく。もう何をどうやったとしても、もはや誰にもそれを止めることはできない。
「どう……すれば……、よか……た……の……か……な……」
まるで花びらがひらりと落ちるように、静かに少年は息を引き取る。その亡骸は痛々しいまでに、枯れはてた姿となっていた。
『どうすればよかったのか』
少年が残した最後言葉。その意味は、一体何を示しているのだろう。
仇討そのものを振り返ったのか、それともその方法を振り返ったのか……。今となっては、それは永遠の謎だろう。
「どうすればよかったとかわかんないよ。でも、あなたの願いはわかったよ。あとは任せてほしいかな。あなたのその願い、このあたしが叶えてあげるよ。あなたの最後の魔獣を倒したのはあたしだから、その責任をとらせてもらうよ……」
「ウホホ……」
その亡骸に手を合わせるルル。隣に来ていたリラが、今にも崩れそうなその体を、優しくそっと持ち上げていた。
そして、ルルの受け止め方もまた、ルルらしいものだった。
ルルにとってのそれは、仇討の方法だったのだろう。だから、その選択肢として、ルルが仇をとることを加えている。
「リラ、その子をあの小さな棺の隣に。そして、エルマール。あなたには、今この場所で死んでもらいます」
スラリと
その瞬間、今までとは比べ物にならない殺意を込めた瞳が、エルマールの体を貫いていた。
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