暗殺ギルドの刺客

 道の真ん中で、姿を現した魔術師。


 小柄で真っ黒なローブを身に着けているから子供のように思われたが、じつに堂々とした態度で挨拶をしていた。しかも、いまさら敵意がないことを見せつけるかのように、両手をまっすぐ上にあげている。


「お見事でした。まだ半分とはいえ、こうもたやすく我らの連携攻撃をかわすとは――。しかも、全て余裕だったようですね? これはあの方も想定外だったでしょうね、たぶん」


 フードを目深にかぶっているため、その顔はよく見えない。しかし、声の調子から若い女のように感じられる。


 ――しかし、あの方と言ってきたか。これはもう隠す気は無いという事か?


「答えるとは思いませんが、何者ですかと聞いておきましょう。暗殺ギルドの刺客さん。それに、人に話しかけるのでしたら、そのフードを取って顔を見せなさい「ウホ!」」

 周囲を警戒しつつも、そう話しかけるアスティ。その表情は全く見えないが、かなり怒っていることはよくわかる。


 ――でも、アスティよ……。お前がそれを言うか……? リラの指がお前を向いているぞ? 『お前こそ、そのフードを取るべきだ』って言ってるようじゃないか。


 ほんのわずかな空白の時間が過ぎた後、忍び笑いが魔術師の方から聞こえてきた。


「そうでしたね。では、お互いに『話は無し』でいきましょう。ギルドの方でもそう決まっていましたからね。先ほど手を止めたのは個人的にあなたに興味がある人がいたからです。私に命令した方ですから、その意をくんだまでです。ですが、今度はうまくいきませんよ? 聖剣の姫」


 ――なに? そうなるのか? フードを取って話をしろよ……。

「ウホホ……」


 全く……。フードで顔を隠す奴らの思考が見えない。まあ、暗殺ギルドから来たことは隠さないようだか……。


 再び消える魔術師。だが、その瞬間に反対側から矢が迫り、同時にルルの影から刃が迫る。その動きに合わせて、今度はリラが猛然と動いていた。まるでここは自分の見せ場であるというように、『ウホ、ウホ』と喜びルルを押しやりつつ、矢と刃を叩き落としていた。


 だが、それらはすべて陽動だった。しかも闇に溶け込んだような巨大な網が、リラの頭上に現れ降り落ちる。


「ウホゥ?」

 矢を叩き落とし、刃を叩き折っていた分、リラがそれに気づいた時には、すでに避けることが出来なかった。


 不思議な事にその網は、リラだけをからめるように狭まっていく。


 それを自慢の怪力で引きちぎろうとするリラ。だが、いくら力を込めても網は一向に裂けることはなかった。しかもその怪力に引っ張られかなり伸びているものの、力を抜くとすぐに元に戻っている。


「味な真似を。蜘蛛の糸スパイダーシルクの魔法を織り込んでいるのですね」

「ウホホ……」


 なおも襲ってくる矢の嵐を、リラの前で叩き落とすアスティとルル。リラを守るようにそうしながらも、周囲にくまなく視線を飛ばし続けている。


 その後ろで気落ちしたのか、リラは地面にうずくまっていた。


「ふふふっ。その網は特別製です。しかも、付与してある魔法の効果は、蜘蛛の糸スパイダーシルクの魔法だけではありません。どうしました? 聖剣の姫? 手も足も出ませんか? 身体能力が異常に高いあなたは、確かに強いです。でも、あなたの場合、姿が見えなければ攻撃しようがありません。そして、守りに徹する戦いは経験が少ない。さあ、ご自慢の野生の勘にも頼れませんよ。それは、そこにいる従者アスティにしても同じことです」


 再び襲いくる矢の嵐。これまでになく苛烈な数で、それは全方位からやってきた。

 

 だが、二人は協力してそれを防ぐ。


「そこのギガーゴリラを見捨てるなら、あなたにも勝機はありますよ。攻撃に転じた二人の力であれば、この状況でも勝てますよ? まあ、その場合は確実にそのゴリラは死にます。一本でも刺さって血が付くと、その網は収縮していきます。はがねよりも固い糸が、小さな球体に戻るのです。その間にあるものを全て切り裂いてね。どうです? おや? 緊張感が増しましたね? ただ、迷っている暇はありませんよ!」


 矢の嵐と、二人の行動。再び繰り返された行為だが、確かにルルの顔は緊張感が増していた。


「さて、自分の目的の為にそのゴリラを犠牲にしますか? でも、従者アスティはそれが出来ても、ルル・ナオナイはそれができない。そうですよね? それは実にすばらしい心意気です。でも、非情になれないという事が、どんな結末を描くのか。きっと従者アスティなら想像できるのでしょうね? 歯がゆいですよね? でも、こればかりは剣聖の姫の気持ち次第ですよね? さて、この状況を覆すには、やはり聖剣の力を使うべきでしょう。さあ、聖剣パンタナ・ティーグナートの力を使ってみたらどうですか? そうすれば、我らの居場所などたやすく看破できるのでしょう? 見せてください。聖剣の力。眠れる聖剣を呼び起こした、あなたの力を今ここで。それとも噂通り、使えないのですか?」


 虚空の闇から複数の声がする。姿も気配も見せない敵は、声でもルル達を囲んでいる事を示している。

 

 だが、その静けさの中に、場違いな音が混じっていた。


「リラ!? いつになく静かだと思ったら、寝てるのですか!? こんな時でも自由ですね! 普段力仕事しかしないのですから、足を引っ張らないでください!」

 アスティの驚く声がこだまする。網につかまったリラは、いつの間にか寝てしまっていた。


 ――いや、そいつ結構働いてるよ……。アスティ、どれだけの事をゴリラに求めてるんだか……。


 だが、無害化しているにもかかわらず、放たれる矢は確実にリラを狙っている。女魔術師の言葉通りにするために。静かに、闇の中から正確に――。


「起きなさい! リラ! 寝た真似をするなら、もうゴリラとは呼びませんよ!」

 ――いや、そうは呼んでないだろアスティ。それに、寝ているのは魔法の影響だろ?


 おそらくそれは、捕らえた獲物を逃さぬようにするための物なのだろう。眠りの魔法ではなく、麻酔の魔法がその網の中では常時発動しているに違いない。ただでさえ人数で劣っている上に、完全な奇襲。しかも、肝心の敵の姿が見えていない。これだけの事が出来るのだ。仕向けてきた者達は、暗殺ギルドの中でも手練れに違いない。


 女魔術師が言うように、いくらアスティでもこれは辛い。守りながらの戦いは、攻撃の為の戦いとは勝手が違う。


 ただ、さっきからアスティに緊迫感が漂ってこない。もしかして、リラが死んでもいいと思っているのか?


 ――いやいや、さすがにそれは無いだろう。


 案外、アスティはまだ余裕なのかもしれない。しかし、いわゆる本職の者が相手では、かなり分が悪いと言っていいだろう。

 しかも相手は、女魔術師の姿だけしか見せていないのだから――。


「どうしました? 聖剣の姫。聖剣の力を――」

「うるさいよ! パンティの力を使わなくても大丈夫だよ! 暗殺ギルドの手下に、負けるはずないよね!」


 ――いや、だから聖剣この俺の名前を略すな。こっちが恥ずかしい。


 だが、気丈に振舞うルルに、この状況を打破できるとは思えない。矢が尽きるのか、策が尽きるのか。それともルル達の集中力が尽きるのか。


 いずれにしても、女魔術師の声からは、まだまだ余裕であることに間違いはない。攻撃にしても、本気で殺しに来ているとは思えない。何か裏があるのか……。


 ――仕方がない。これは自衛の戦いだと思う事にしよう。


 聖剣の所有者としての資格を、まだルルは失っていない。もし、リラを失う事になれば、それが脆く崩れてしまう恐れもある。


 だから、この俺の意志で、所有者を守る。相手の思惑が分からないのが気になるが……。それでも守らないという理由にはならない。


 それがたとえ、伯爵を殺した後に描いていたもう一つの筋書きだとしても……。


 ルルの目的を果たすために描いたアスティの筋書き。それは、『暗殺ギルドの襲撃者を返り討ちにして拷問し、その幹部と接触する』というものだった。


 だが、それが実に困難な状況になってしまっている。


 単純に最初から殺していくならまだ戦いようがあっただろう。網にかかる前にアスティが飛び出している。でも、ルル達は計画の為に、後手に回る事を選択していた。


 ルルの家族を殺した者達に復讐する。そのための情報を手に入れる。

 

 その復讐のために、アスティとルルは色々計画してきた。今回の伯爵のように、直接ルルが暗殺を決意することもあったが、その大半はアスティが情報の為に殺している。


 いや、ルルが知らないところでも、きっとアスティはその手を血に染めている。


 その計画を知っている俺が、ルルに直接手を貸す。その事は、その行為を認めてしまう事になりかねない。


 それは聖剣の部分が許さない。だから、『聖剣の姫は、聖剣の力を使えない』という噂が広まるほど、ルルは聖剣この俺の力を使っていない。


 いや、この俺が使わせていない。もちろん、口は出すけど――。


 望みはある。だから――。

 ――いや、違うな。


 こんな所でルルを失うわけにはいかない。

 

 それもまた、この俺の意志だから――。

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