幕間 暗殺ギルド
不本意な結末
結果的に、伯爵の執務室には様々な人間が集まってきた。司祭に聖騎士、兵士に貴族。執事にメイドといったこの屋敷の奉公人たち。
今ごろ?
そんな思いがまずよぎる。何故、さっきまでの騒ぎに気が付かなかったのだろう? 出来過ぎている気もしたが、どうやら落雷の被害がかなり大きく、屋敷の中はかなり混乱が続いていたようだった。
その混乱を沈めるべく、司祭エルマールは奔走していたという。
やってきた彼のいう事には、伯爵の飼っていた魔獣の檻が落雷のせいで壊れたらしい。檻から逃げ出した魔獣の一部は、すでに屋敷から逃げていたが、よりにもよって狂暴なもの達程、屋敷の中に留まっていたようだった。六匹いたギガーゴリラのうち五匹は、伯爵の指輪で屋敷の中にやってきた。だが、あと一匹の行方は分からないという事だった。その他の魔獣は聖騎士たちが無事に討伐できたようだった。
もしもこれで有力貴族が残っていたら問題になっていただろう。
だが、伯爵にとって幸いなことに、彼らのほとんどが帰ってしまっている。残っていたのは、伯爵に追従する貴族のみ。伯爵は有力な貴族たちを帰したあと、そのままこの部屋に上がってきた。それが真実のようだった。
もっとも、その問題になるべき伯爵は、もうこの世にいないのだから、それもどうでもいい事なのかもしれない。
だが、その一人娘が伯爵の元にやってきて、父親の変わり果てた姿を目撃してしまった。司祭エルマールの指示で、すでに運ばれているが、相当ショックだったに違いない。
潰れた肉塊をギガーゴリラが手にしている。その特徴のある装飾や血にまみれているとはいえ服装とこの部屋にいたという事実は、一瞬でそれが誰なのかわかってしまったことだろう。いいのか悪いのかわからないが、娘の眼には、そのギガーゴリラが父親を殺したことになっているに違いない。
いや、確かにギガーゴリラに間違いはないのだが……。そのギガーゴリラではなく、あっちのギガーゴリラが伯爵を潰したんだけどな……。
まあ、それを言っても仕方がない。リラ以外は、外見でその区別はつきにくいだろう……。
ただ、その後来た衛士やエルマール達の方が大変だった。もともと両目をつぶされているギガーゴリラだ。もともと大勢の人間が来たことに対して敏感に反応している。しかも、その気配を察知して暴れ出していたから、取り押さえるにも大勢の犠牲者をだしていた。
最後にはとうとうリラも助勢して、ギガーゴリラの鎮圧に成功している。
再び気絶させられ、檻に入れられたギガーゴリラ。ついでに言うと、エルマールを見て興奮したリラも、今は檻の中に戻されている。
おそらくそのまま王都に連行されていき、おそらく見せしめのために処刑されるのだろう。無実と言えば無実だが、それは仕方がないのかもしれない。相変わらず情けない声をあげるリラと気絶したギガーゴリラが、並んで別々の檻――兵士たちが、わざわざこの部屋に持ち込んできた――に入れられている。
――まあ、間違っても、リラが連れて行かれることはないだろう。
「ウホ!?」
部屋の中で何かを捜索しているようなエルマール達を眺めながら、ルルの表情はずっと硬いままだった。
そもそも、『伯爵に自分の罪を認めさせて殺す』というのが、ルルがここに来た目的の一つだった。だが、罪を認めず勝手に自滅した伯爵。それは、ルルにとっては納得のいかない出来事だったに違いない。おそらく、何の達成感もなく、ただやり残している感じが大きいのだろう。
何よりあの兄妹のことを詫びさせてから、仇を討ちたかったに違いないのだから――。
おそらくルルはそう思っている。
だが、伯爵が魔獣支配の指輪の力を暴走させた結果、自らの死を招きよせた。
そしてルルは『伯爵を守るために戦った』という誤解を、司祭エルマールによって広められてしまっている。
たしかに、暴れたギガーゴリラたちを退治したことには変わりないが……。
不本意な流言。それがルルにとって、納得いかない事のもう一つの出来事だと言えるだろう。それはもう一つの情報源と接触する為には、余分なことになるかもしれないのだから……。
この暗殺は、その情報源をおびき出すための物でもあった。
これまで、いくら調べてもルルの家族を殺した人間は見つからなかった。もう、表側だけの情報では無理があるのかもしれない。裏側にも精通した情報源が必要になる。それが、ルルが下した決断だった。
暗殺ギルド。裏社会を牛耳っている謎の組織。宮廷闘争を制御しているとも言われ、貴族社会とのつながりも深い。
伯爵のような大物を暗殺していたら、これまでの警告とは違ってくる。おそらく、暗殺ギルドも無視できない。きっと本気で報復してくるだろう。
正直言ってこれまでの襲撃は陳腐なものだった。
アスティが『組織に認識されていない』と考えるのも無理もない。ただ、相手にするのは聖剣の姫。暗殺ギルドも、相応の者でないと任せられないだろう。
きっと幹部に近い者が出てくる。それを捉えて、交渉する。それが今回の仕上げのつもりだった。そうすれば、今まで見えてこなかった情報が手に入るかもしれない。
そもそも、パトリック村のような辺境の村を襲う理由が、表側の情報では完全に見あたらない。
更にいうと、本当の動機が見当たらない。その後似たような事件は起きたようだが、いずれも村単位の散発した事件でしかない。つまり、事件が拡大していくことはなかった。
しかし、事件は起きている。見つからない動機と、関連性の無い場所。唯一の繋がりが、いずれも魔王領に近い村だという事と、魔獣の目撃情報があるだけだった。
その事が、安直に『魔族の仕業』というあいまいな理由を当てはめる結果となっていた。
ただ、ルルの記憶を見た俺は分かる。
あれだけの人間がいたのだから、権力を持つ人間が指示したのは明白。ルルにとってはあいまいな記憶でも、
その事を教えた結果が、『貴族とのつながりを維持しつつ、
正直納得できたわけじゃない。
だが、幼女でしかないルルが、生き抜くためには必要な口実だったとも言える。実際には今回が初めての試みだったわけだが――。
この晩餐会で、かなりの人間がこの俺に触れている。だが、どいつもこいつも欲にまみれているものの、強烈な物は感じなかった。
あの伯爵を除いては――。
だが、伯爵は早々に手を離していた。おそらく、あとで手に入れる事を目論んでいたからだろう。伯爵にとっては誤算だろうが、それはこちらにとっても残念な事だった。あの瞬間では、時間をさかのぼってその記憶を見ることはできなかった。
こうなった以上、伯爵の屋敷にいる必要もない。
しかも、真偽はともかくとして、これまで知りえなかった有益な情報も手に入った。
そこから導き出した、一つの答え。
動機は、
方針は見えてきたとはいえ、ルルはどう考えているのだろうか……。そしてもう一つ、気になる事……。
ルルの父親――本当の親子ではないみたいだが――が、聖騎士団長だったこと。しかも、その村に宮廷魔術師長が人目を忍んで訪れていた事。ルルの記憶にあるあの爺がそうなのだろう。
ただ、ルルの記憶はある時期を境にしてこの俺でも見えないようにされている。それが不思議だったが、あの爺の仕業と思うと納得する。何故そうしなければならないのかは分からない。
そう、この情報が何を意味するのか……。
まあ、今はそれを考えても仕方がない。とにかく、ルルは不本意ながらも目的を果たした。
――あとはもう一つか……。それが鍵となるのだろうな……。
「ウホ、ウホ、ウッホッホ」
何やら知らせが届くと言い張るエルマールに、かなりしつこく残るように引き留められるルル。能天気に檻の中でエルマールを呼び、出すように鍵を指し示すリラ。
だが、ルルもエルマールも、それぞれその話を受け入れることはしなかった。リラはルルが解放して、アスティと共に部屋を出て行く。
まだ混乱している、伯爵の屋敷の中を素通りして。
そして今、ルル達は真夜中の森を歩いて帰っている。ルルが持つ、一つの期待と共に。
「ルル、やはり囲まれました――」
「うん、わかってるよ。ここで待っているなんて、さすがだよね」
「ウホ、ウホ」
スラリと剣を抜くルル達。リラは森の木々を順番に睨んでその存在を確認していた。
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