伯爵の異常な熱弁

 完全に意識がどこかに行ってしまっている。そんな印象を受ける笑い方で、伯爵はそう告げていた。その気持ち悪い笑みは、ルルを見ているようで見ていない。そしてアスティは、そんな伯爵をただ冷静に見つめていた。


「こんな事も分からないのか? 目の前にある事しか見えないからそうなる。いいだろう。真に高貴なるものは、下々の者を導く心のゆとりを持つものだ。特別にもう少し詳しく教えてやろう」


 人を見下した態度を取り戻していく伯爵。話もそれに伴い、ずいぶん滅茶苦茶なものになっている。しかも、彼の指の光がますます輝きを増していく。


 ――大丈夫か? こんな感じでは、情報として正しいのか判断つかないぞ?

「ウホ!?」


「そもそも、魔族などとなれ合う必要などないのだ。百年前の英雄は、目先の利益に眼がくらみ、後の世に混乱をもたらした。争わない世界? そんなもの、我らの正義の前には、何の意味も価値もない。百年前に英雄が聖剣の力を解放しさえすれば、魔族などこの世界から駆逐できたのだ! 力を解放した聖剣は砕けてしまうだろう。だが、その聖剣なら大丈夫だ。何度でも甦る! もし、撃ち漏らしてしまっても、その度に甦った聖剣が魔族を蹂躙し、我らの正義を貫いていくだろう!」


 ――いい加減な事を言ってくれる。お前が砕けろ。「ウホ!」


 それに、あの男前の聖剣の所持者はそんな事を望んでいなかった。あと、百年前にこの世界がどれだけ荒れ果てていたか知っているのか? 生まれてもないからわからないだろう。どうせ、都合のいい事のみを聞いて育ったはずだ。この国にいる人間の心の中で、あの男前の聖剣の所持者がどれだけ神聖化されたかわからない。しかし、仮にそれを正義とするなら、それは奪うことではなく、守ることにあったはずだ。


「そんな昔の事は知りません。もう少しましな話をしたらどうです? それでは、あなたとの約束は守れないかもしれませんね? もっとも、あなたは『まだ話し足りない』のでしょうけれどね」


 ――なぜだ、アスティ? お前なら、その当時の事を知っているだろう? それに何を聞き出そうとしているんだ? いや、伯爵に何を言わせたいんだ?

「ウホ?」


 いや、それを考えても仕方がない……。


 アスティが何かを隠しているのは知っている。いや、それぞれが目的を持って集まっているのが社会。仲間とはいえ、全てをさらして生きているわけじゃない。


 ただ、もしも言わせてくれるなら……。


 あの男前の聖剣の所持者は、本当に争いが嫌いな男だったのだと言いたい。聖剣この俺を魔王に突き付けた時も、まず話し合いを望んでいた。結果的に魔王とは戦う道を選んでいるが……。しかし、その事は伝わっていないのだろうな……。


 もし、この俺に話す口があれば……。


 だが、俺にはそんな事はできない。俺は聖剣。所有者に語りかけることはできても、それを他の誰かに伝えるには、その者の口を借りなければならない……。


 だが、今それを嘆いている暇はない。


 どんどんと集まってくるその存在が、敵意を持っているという事の方が重大だ。伯爵が魔獣支配の指輪を発動した可能性もある。だが、今の指輪が放つ輝きの異常さから、それは考えにくい。


 となると、考えられる答えは一つしかない……。


 ――ルル!

「うん。わかってるよ。アスティ! もう、下がって!」


 さすがのルルも放心状態から目覚めている。様子が変なアスティも、ルルの言葉でようやく対応する気になっていた。


 だが、それでも伯爵は語り続ける。それはもう何かに侵されているとしか言いようのない熱意で。


「たしかにな! 言いたいことは山ほどある。だが、それは今言っても始まらない。ただ、私がそう考えているからこそ、見えてくるのだ。お前たち、不思議だとは思わないか? パトリック村での出来事が、何故魔族の襲撃だと言い切れる? 魔獣を操る事が出来るのが、魔族だけだからか? そんな事は魔法に長けたものなら誰でもできる。しかも、それ以外の方法もこうして存在している。そして、生き残りが――。いるにはいるが、その者が証言しているわけではない。話を聞いて、駆け付けた教会がそう判断したからか? いや、ちがうな。そもそも何故、教会に報告したのだ? まずは領主に報告するのが普通だろう?」


 興奮が止まらない伯爵をよそに、徐々に扉の方に移動し始める二人。


 そして、稲光が一瞬世界を白くする。バルコニーにできた、山のような影を残して。


「ウッホー!」


 それを見て、外を警戒していたリラもついに下がる。もはや、椅子に腰掛けている伯爵の周囲には、気絶しているギガーゴリラしかいなくなっていた。


 もし、伯爵が普段通りであれば、ルル達の変化にも気が付いたかもしれない。しかし、高揚した伯爵にはそれは無理のようだった。


 そして、彼の言葉は止まらず続きを紡いでいく。


「そうだ! この国の誰かが! 聖剣を甦らせるためだけに! あの村は襲われたのだと私は考えている! どうだ! 聖剣の姫! 自分の手にしている剣の為に、自分の村が襲われた気分は! 自分が身内だと信じている者達を殺された気分は!」


 熱気を帯びた伯爵の叫びが轟く中、ガラスを突き破って四匹のギガーゴリラが現れる。


 そこにいるもの全てに、敵意の視線を向けながら――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る