魔獣操作の指輪

 その出現に、驚きを隠しきれない伯爵。言葉が通じないギガーゴリラにもかかわらず、その理由をリラに向かって問いただしていた。だが、その真剣な表情に、隣に並ぶ伯爵のギガーゴリラも影響を受けている。


「な!? お前! どこから入ってきた!」

「ウホッ?」「ウホ?」

「お前だ、お前! その胸に傷のある方!」


 入ってきたギガーゴリラ達に向けて、伯爵の怒声が飛んでいる。だが、指さされたリラが、その言葉の意味が分かるはずがない。伯爵の指し示す方、すなわち自分の後ろを振り返る。


 当然、そこには誰もいない。


「ウホ?」

小首をかしげるリラに対し、伯爵の怒りは心頭に達する。


「お前の事だ! 胸に傷のあるギガーゴリラと言っただろう! お前のような奴を私は飼った覚えがないぞ! 言え! どこから来た!」


「ウホー、ウッホッホ」

その答えだという風に、リラは自分が入ってきた窓を示す。


 最後に小さく息を吐き、その肩をすくめながら――。


「ゴリラの分際で、人を馬鹿にするのもいい加減にしろ! そんな事は聞いてない! 言え! いったいどうやって入ってきたと言ってるんだ!」 


 自らの腕を突きだし、リラに向けて命令する伯爵。その指にある指輪から、怪しい光が輝いていた。


 それと同時にピクリと反応するリラ。だが、それはほんの一瞬の出来事だった。


「ウホーッ、ホホホ」

 再び小首をかしげたリラ。だが、今度は肩を竦めた後、その場で窓をくぐって入るしぐさをし始める。


 あたかもそこに窓があるかのように――。


「そんな事、見ればわかる! クソ! これだから、ギガーゴリラどもは!」

 隣で同じ仕草をする最初に入ってきたギガーゴリラ。こめかみに血管を浮かび上がらせた伯爵は、その指輪を自分のギガーゴリラに向けていた。


「もういい。さあ、私のギガーゴリラ。向こうにいる少女を殺して聖剣を奪え。この私こそが、その所有者にふさわしい」


 その瞬間、何かに操られるように、ギガーゴリラがルルの方にその目を向ける。

 だが、次の瞬間。『ウホゥ!』っとリラに、その後頭部をはたかれていた。


 普通とは全く違う太く力強いその腕により、そのギガーゴリラは床に顔をうずめていた。


 執務机を無残に壊して――。


「な!? ええい、お前でもいい。この指輪の魔力に刃向かえると思うなよ!」

 今度はリラにその指輪を向けた伯爵。勝利を確信したような笑みを浮かべて。


 だが、一方のリラは伯爵をまるで相手にしていなかった。むしろ、『あーあ』という感じを見せつつ、倒れたギガーゴリラをつついている。だが、起きないとわかったのだろう。今度は、壊れ残った執務椅子を興味深そうに触っていた。


 それでも怪しい光が指輪から放たれる。だが、確定していた未来を思い描いていた伯爵の笑みは、一瞬で凍りついていた。


「ウホ?」

 自らの頭をかきながら、リラは伯爵を見つめている。その顔は『何か用か?』と言いたげだった。


「何故だ! 何故効かない!「ウホー?」この魔獣操作の指輪は、あらゆる魔獣をその支配下に置くはずだ!「ウホホ?」」

 指輪とリラを交互に見つめ、伯爵の焦りは加速する。おそらく何度も何度も試しているのだろう。その度にリラが不思議そうに頭をかいていた。


「何故だ! くそ! 起きろ! こい! 野獣ども!」

 一際大きな絶叫がした瞬間、床にたたきつけられたギガーゴリラが起き上がる。一層風が強く吹く中、またしても雷が落ちていた。そして、外から数多くの雄叫びが上がっている。それでも、リラは動じなかった。むしろ、起きたギガーゴリラに対して、『大丈夫だったか?』という風に気遣いを見せている。


 ――まあ、当然だな。それと、リラ。そいつの頭を叩いたのは、お前だからな!

「ウホ!?」


 リラにはこの俺の複製体を埋め込んである。それはこの俺自身も同じこと。そんな軟な精神支配など、今のリラに届くはずがない。だが、そんなにリラに力を使い続けていいのか? 道具は使う者の力量に左右されるものだぞ。


 起き上がったギガーゴリラは、後頭部をしきりにさすっていた。だが、何が起きたか徐々に理解してきたのだろう。雄叫びをあげて、とぼけるリラに憎悪の瞳を向けていた。


「クソ! そいつの事はもういい、早くその小娘を殺せ!」

 再び自分のギガーゴリラに向けて指輪の力を発動する。だが、おそらくその効力が弱っていたのだろう。ギガーゴリラの苛立ちの視線は、伯爵の方に向いていた。


「ひっ」

 その瞬間、伯爵は理解したのかもしれない。


 その瞳に映った自分の死を。


 とっさに距離をとる伯爵。だが、それをギガーゴリラは許さない。


 一瞬にして伸びる腕は、伯爵の体をものの見事につかんでいた。十分に上げられなかった悲鳴と共に――。

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