得られた情報と求める手がかり。

 その瞬間、何かが鈍く砕ける音がした。


 おそらく何本かの骨が砕かれたのだろう。口から血を噴き出して、伯爵は掴まれた拳の中から顔をルルに向けていた。


「たす……け……」

 涙を浮かべ、懇願する伯爵の顔。それを冷たく見つめながら、ルルは首を横に振っていた。


「そうやって、懇願した子供たちがいたよね? あなたはその時何をしたかな? それに、おかしくない? あたしがここに来た理由も知ってるよね? これはその報いかな。本当はもっと苦しませようと思ってたんだよ。カールもミリンダもきっと苦しんだだろうからね」

 憎悪の炎をその目に宿し、ルルは伯爵が抱く一縷の望みを断ち切った。


 だが、それを黒い風が繋いでいく。


「本意ではありませんが、少し聞きたいこともありますので――」


 それは一瞬の出来事だった。黒い風が部屋の中心を駆け抜けて、ギガーゴリラの両目を瞬時に貫いていた。


 そのあまりの痛みに、ギガーゴリラは伯爵を離して両目を覆う。


 思うように動かない体のまま、床に投げ出された伯爵。さらに体を痛めたのだろう。だが、絶叫をあげることもできないようだった。


 だが、まだかすかにその息は残っている。


 のた打ち回るギガーゴリラに、再び『ウホ!』っとリラの拳が落とされる。瞬時に気絶したのだろう。口から泡を吹きだして、両目を潰されたギガーゴリラは床にその体を沈めていた。


「ウホ?」

 『これでどうだ?』という表情で、アスティを見るリラ。だが、そのアスティはすでに背を向けていた。それはリラにとってはショックな出来事だったのだろう。アスティを諦めルルの方を見たリラは、やはり相手にされない雰囲気をルルから感じ取っていた。


 一人窓際にむかい、黄昏るリラ。


 だが、それすら誰も相手にしていなかった。雨風の激しさはまだ収まりを見せない。しかも、外の喧騒はますます激しくなっていた。


「さて、ラッシュカルト伯爵。その指輪はどこで入手したのですか? あなたの『狩り』とやらに参加している貴族は? この聖剣強奪に関与しているもの達は?」

 アスティが冷たく見下ろす先で、伯爵はまだ苦しそうに血を吐き出す。だが、刺突用片手剣レイピアを突きだしたままのアスティは、容赦なくその話を続けていた。


「話せば楽にしてあげましょう。話が出来ないのであれば、話を出来るだけの回復をします。どうです? 話しますか? 話さなければこのまま死にます。助けは有りません。あなたがそうやって人を遠ざけたはずです」

 氷の瞳を向けたまま、そのほほ笑みを浮かべるアスティ。


 ただ、死の恐怖と苦痛の中で、そのほほ笑みは救いだったに違いない。首を縦に振る伯爵は、再び血を噴き出していた。


「いいですね、ルル」

「……わかってるよ、伯爵の口から聞くことを忘れてたよね……。でも、そっちはお願いするかな……」

「ウホ!」

 アスティにそれを任せ、ルルは何かを探し始める。いつの間にか二人を見守っていたリラは、頼まれてもいないのに、ルルのそれを手伝うことを決めたようだった。


 バラバラになった執務机。その残骸から、色々な書類や物を探すルル。

 バラバラになった執務机。その残骸をさらに細かく砕くリラ。


 ――リラ、お前何を手伝ってるんだ……?「ウホ?」 椅子はもういいのか?「ウホ!」

 ――いや、いい。続けてくれ……。「ウホホ!」


 それを眺めながら、アスティは回復薬の効果をしばらく待っていた。それは最小限度の回復しかしていないという証。痛みが少し和らいで、話が出来る程度にしたのみという事だろう。


「さあ、話しなさい。もう話すだけは出来るはずです。あまり私を待たせると、間違ってあなたの舌を刺しかねませんよ?」

 冷たく光る双眸で、床に転がる伯爵を見下ろすアスティ。突きつけた刺突用片手剣レイピアでその衣服を軽く切り裂き、冷酷な瞳を伯爵の顔に向けていた。


「…………出どころは不明だ……。献上品として、そのギガーゴリラどもと共に届けられた。送り主が誰かは分からない献上品だったが、私宛てであることは間違いなかった。ただ、それを届けに来たのは……、得体のしれない魔術師だった……。この国の魔術師ではない……、と思う。本当だ。信じてくれ――」

 まだ痛みはかなりあるのだろう。だが、伯爵はそれまでの態度を一変させてそう答えていた。


「それで? この聖剣強奪を計画したのは、誰です? 関わったのは、誰です?」

「――それは……。この国の貴族ならだれでもそうだ。教会の中にも賛同者はいる。正義を邪魔する聖剣の姫を、疎ましく思うものはたくさんいる」


 伯爵の言葉がどれだけ信じられるのかはわからない。だが、最期の言葉は真実だろう。

 ただ、それ以上の情報は望めない。


 おそらくアスティはそう判断したに違いない。途中から、その瞳をルルの方に向けていた。


 これからどうするかは決まっている。それは、ここに来た時から決まっていることだった。


 だが、ルルの方に何か聞きたいことが出来たかもしれない。おそらくアスティはそう思ったのだろう。


 そして、アスティは目にしていた。ルルがある書類を持ったまま、固まっている姿を――。


 そして、ルルはその言葉をようやく紡ぎだしていた。

 

「伯爵? あなた……、ひょっとして……、あたしの村の事を知っている……? あの夜、パトリック村の出来事を知っている……、のね……?」


 伯爵の姿をいっさい見ず、そう呟くルル。震える手でその書類を見つめ続けながら――。

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