尋問するアスティ

 ルルの表情と雰囲気に、伯爵は黙ったままその姿を見上げていた。だが、床に転がったままの彼の視界は、突然光沢のある鋼で覆われる。


 伯爵の睫毛をかすめるほどの距離で床に突き付けられた、刺突用片手剣レイピア

 その事実をようやく理解したのだろう。しかし、傷ついた体はとっさに動けず、ただ遅れて、短い悲鳴だけを上げていた。


 その様子を無視し、急に刺突用片手剣レイピアを引き抜くアスティ。その代りに、今度は冷たい声が伯爵の耳に降りかかる。


「さあ、知っていることは全て話しなさい。隠したり、嘘をついたりしてはいけません」


 今度は伯爵の目の前で小さく揺れる刺突用片手剣レイピア

 窓の外で光る稲光。

 その光を浴びる刀身。

 その輝きは、すでに伯爵の眼を突き刺している。


 眼を閉じようとしても閉じられない。大きく見開いた目は、それを直視するように命じられているようだった。


 じりじりと、なおも伯爵の眼に迫るその切っ先。


 その恐怖が伯爵の体を動かしていた。頭を少しのけぞらせ、伯爵は小さく頷いている。


「よろしい。では、話しやすいようにしてあげましょう。リラ!」

「ウホ?」

「彼をそこの椅子に座らせてください。場所は……、窓際がいいですね。ああ、先に言っておきますが、あなたは座らなくていいですからね」

「ウホゥ!?」


 ――いや、お前が座っても仕方がないだろう……。でも、本当に不思議な奴だ。言葉を理解しているとしか思えない。


 いかにも渋々という風に、リラは伯爵を軽々と持ち上げ、丁寧にその椅子に座らせて移動させる。


 だが、本当に一体何を考えているのだろう?


 座らせたリラ自身も、そのまま伯爵の目の前に座っている。口元に右手の人差し指をあて、左手で膝を抱えるように。


 ――物欲しげな態度だな。でも、今の伯爵にそれをしても仕方あるまい? 第一、その椅子はどう見てもお前の図体では座れないからな。椅子もさすがに壊れる。

「ウホホ……」


 そんなリラの様子は一切無視し、ルルの元に歩くアスティ。その事に気が付かないルルの両肩をもち、軽くその体を揺さぶっていた。


 だが、ルルはそれでもその紙を凝視している。さすがのアスティも気になったのだろう。

 その手にある紙を覗き込み、そしてその全てを理解する。


「伯爵、すぐに詳しく答えるのです。あなたはこの報告書をどこで入手したのですか? パトリック村の報告書です」

「パトリック村……?」

「ええ、そこで起きた三年くらい前の出来事です。この報告書は確実にあなた宛てです。知らないとは言わせません」

 尋問めいた雰囲気を見せるアスティ。だが、言われた方の伯爵は、当初何を言われているのかわからない雰囲気を見せていた。


 だが、その瞳に小さな理解の揺らぎが見え始める。


 そんな雰囲気を感じたのだろう。さっきまでおとなしかったリラが立ち上がる。そのまま伯爵の背後に回り、今度はその椅子を激しく揺り動かし始めていた。


「早く答えないと、リラが暴れますよ?「ゥホホゥ?」 いいのですか? この屋敷にはあなたの家族も来ていましたね? 確か、娘でしたね。今丁度十四歳でしたか? 残念です「ウホ!」」

 にこやかにそう告げるアスティ。だが、その瞳は冷たく鈍い光を見せている。


 そんな姿に、何を言っているのかわからない様子の伯爵だったが、次第に理解の色を深めていた。


 それと共に変わる顔色。

 それを見て、今度は冷たく笑うアスティ。


 互いに残念の意味は違うのだろうが、それでも伯爵を脅すには十分なようだった。


「バカな! 先に帰らせたはず――」

「さて、どうでしょう? この雷鳴轟く風雨の中、たまたま壊れた馬車しかないのは不運でしたね。さて、貴族のお嬢様が馬車もなく、どうやって王都まで帰るのでしょう? 「ウッホ! ウッホ!」 そこのゴリラのように歩いて帰っているでしょうか? 「ウホホー!」 途中にあるあの森には、魔獣がでると噂があります。「ホウホウ!」 もっとも、今はでることはないでしょうけど? そうですよね? あなたはそれを知っていますが、それを知らない人はどう思うのでしょう? 「ウー、ホー?」 そのくらい、簡単に想像できますよね? そこのゴリラでもわかることです。「ウホ! ウホ!」 周りがどれだけ説明しても、本人は父親のしていることを知らないのですから。「ウホ!?」 さあ、あなたの娘はどうしたでしょうね?」

 アスティの視線は泡を吹いて伸びているギガーゴリラに向いている。その意味するところを悟ったのだろう。伯爵の顔は屈辱感で満たされていく。


 それを覗き込んでいたリラは、ニィーっと伯爵にその歯を見せていた。


「クッ! 娘は関係ないだろう! お前らと私の問題だ!」

「確かにそうです。私達はあなたとは違いますからね。「ウホ!」 基本的には無関係な人を巻き込んでいません。ですから、今は・・手を出してはいません。「ウホ!」 ただ、ルルの質問には答えて頂けないのでしたら……。「ウホ?」 こちらとしても、答えて頂けるようにするにはどうすればいいか考えるだけです。「ウッホ!」 ああ、その前に言っておきます。「ウホ?」 私は可愛いルルの事を第一に考えています。さっきからうるさいこのゴリラと一緒にいるのも、ルルの為です。「ウホ!?」 ルルがこのゴリラをいらないと言えば、即座にその机のようにします。「ウホ!?」 さて、伯爵。このパトリック村の報告書。特に元聖騎士団長エスト・ナオナイとその一人娘・・・のララ・ナオナイの死体見分報告書とはどういう事です? 正直に答える方が身のためです。失礼、私には可愛くありませんが、あなたにとっては可愛い娘の為ですよ? 「ウホ、ウホ」」


 さらに凄みを見せるアスティ。その間も、ルルはその報告書を手にしたまま身じろぎ一つしなかった。


 だが、その言葉のその部分。つまり、父親と姉の名前が告げられたほんの一瞬。


 ルルの体は今まで以上に固くこわばっていた。

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