ラッシュカルト伯爵

 司祭エルマールに連れられて、貴族の屋敷に入っていく。だが、途中から先に帰った聖騎士の話を聞いたのだろう。そこから先は、リラは途中で別行動となっていた。


 正確に言えば、檻の中。


 申し訳なさそうにするエルマールに対して、ルルはただ『仕方がないよね』と答えていた。

 信じられないという表情のリラは、檻の中でただルルを見つめている。アスティの勝ち誇った笑みは、この際無視する事にしよう。


 ――いや、それはそうだろ? そもそもお前、晩餐会に出席する気でいたのか?

「ウホ!」

 ――いや、それは無理だろ? 第一、正装できないよな、お前?

「ウホ!? ――ウッホー!」


 心なしか、これが正装だと言われた気がする……。でも、これ以上コイツにかまってる時間は無い。


 ルルはここにある目的を持ってきている。正直言って、それはこの俺にとって看過できないものだと言えるものだ。だが、これまで何度もその行為には目を瞑ってきた。俺を引き抜いた時もそうだったのだ……。


 だからだろう、ルルは『我慢して』の一言ですましている。


 ――そうだ、俺も我慢している。だから、お前も我慢しろ、リラ。帰りにはちゃんと迎えに来ると思う。もちろん、俺は無理だけどな。

「ウホー!?」


 聖剣この俺を小突いたルルは、リラに手を振って背を向ける。その姿が見えなくなってから、悲壮な叫びが檻の方から聞こえてきた。それと共に聞こえる喧噪。頑丈な檻は、リラでも簡単には壊せないもののようだった。


 確かにリラは納得していたはずだ。だが、離れるにつれ、その叫びが、ますます大きく上がっている。


 いや、どことなく声の感じが違う気もするが……。でも、ギガ連峰じゃないのだから、そうそうギガーゴリラを見ることもないだろう。


 そうしてたどり着いた屋敷では、歓迎という名の晩餐会が盛大に催されていく。


 今日催された晩餐会は、特にルルを主賓としているわけではない。だから、ルルも正装に着替えなかった。もっとも、この後の事を考えると、正装に着替えるのが手間だという事でもある。


 ただ、その事で眉間にしわを寄せる者もいた。しかし、そこは聖剣の姫という通り名が知れ渡っている。表だって、その事を注意するものはいなかった。


 ただ、密かに嘲りの会話で盛り上がっている。


 そもそも、こういった集まりは、貴族たちが互いの状況を話し合う場になっているようだった。権勢を誇示する者たち。少しでも有利に立ち振る舞おうとするもの達。ここには、ドロドロとした雰囲気が悪臭のように漂っている。

 

 それでもルルはその場にいつまでも居続けていた。時折、聖剣この俺に触れさせて、この俺にそいつらを鑑定させる。物珍しさをあって、貴族どもは嬉々として俺を掴み取る。だが、誰も俺を抜くことはできない。


 ――まあ、当たり前だけどな。どいつもこいつも、ろくな人間がいやしない。欲にまみれすぎている。こんなもの達を生み出すために、アイツ等は戦ってきたんじゃない……。いや、中にはアイツらの孫がいるはずだ。ここにはいないが、たぶん地方にはいるのだろう。


 だが、今の俺にはどうすることもできないのも事実。ただ、目当ての男はやはり黒だと確信できた。言いようのない怒りが、俺の中で芽生えていた。


 ――ルル。あの子たちはやはり殺されている。しかも、殺したのはあの男伯爵だ。だが、驚くのは――

「それだけで十分だよ。きっとあの子達は……。――報いを受けないとね」


 伯爵が立ち去った後は、さすがにルルに近づく人はいなくなる。皆、伯爵に取り入ろうと必死なのだろう。だから、ルルの小声も聞く者はいない。


 そんな宴も、やがては終わりを迎えていた。


 華やかな音楽とダンスの共演。散らばっていた者たちも、最後にこの場に集まっては去っていく。それを待っていたように、気分が悪いと退出するルル。それを早々に姿をくらましたアスティが出迎えていた。


 そうして今、ルル達は貴族の屋敷の中を歩いている。無表情で淡々と。


 華美な晩餐会で見せたうわべだけの笑顔。ここにきてからのルルは、全てそれで応えていた。アスティ仕込みのその技術は、ルルの役割を完璧に遂行させていた。


 ――うわべだけの笑み……。いや、そもそもルルは本当に笑ったことがあるのだろうか?


 あの日見た遠い記憶の笑顔は、俺と一緒に過ごしてからも見せていない。リラとのかかわりで笑う事はあっても、それはあの時見た笑顔ではなかった。


 この三年近く、一度として……。


 今、ルルの気持ちはどうなのだろう。もう一つの目的は別として、本当はこんな所に来たいと思っているわけがない。


 だが、今後もこうして呼ばれたからには出席をしなければならない。意に沿わぬ事だとしても、その繋がりは重要だった。


 ルルが胸に抱く、己の目的父親と姉の復讐を考えたならば――。


 色々と探った結果わかったこと。それは、この王国の深い所であの村の惨劇は引き起こされたという事だけだ。


 ただ、今回はそれだけが目的ではない。ここに来たルルの目的は他にある。だから、作り笑顔を振りまきながら、ルルはいままで晩餐会の席に居続けた。


 だが、それも間もなく終わるだろう。この俺を触らせることで、ここにいる貴族たちの性根は見えた。


 ――下衆な奴らめ。


 あの兄妹以外にも、似たような事がここにいる貴族たちによって引き起こされていた。


 だが、俺が憤りを感じている中で、ルルはその結果だけを要求する。正直言って腑に落ちない気もしたが、闇雲に行動するよりはと思い協力していた。


 そして、目星がついた今、ルルは行動を開始した。


 雷鳴が轟く中、屋敷の最上階を歩くルルとアスティ。ルルの前を、アスティが案内人のように歩いている。その警戒心で、周囲の空気が凍てつくほどに。


 やがて、一つの扉の前でアスティはその歩みを止めていた。

 

「ここです、ルル」

 宴をこっそりと抜け出したアスティが、その探索力をふんだんに発揮して調べた部屋。それが、この屋敷の当主ラッシュカルト伯爵の部屋であることは、その扉の作りの豪華さから見て間違いないだろう。


 扉を開け、中に入るアスティ。もてる限りの注意を払い、周囲に警戒を飛ばしていく。


 続いて開け放たれた扉の前に立つルル。


 そこからまず見えるのは、豪華な部屋の中央部分。そこには、大きな応接セットが置かれている。そのまま視線を先に動かすと、大きな窓がそこにあった。


 その向こう側に広がる広いバルコニー。


 その窓際には、これでもかという程の大きな執務机が置かれていた。吹き荒れる風が窓を叩く。それと共に激しい雨が降っていた。だが、その作りの頑丈さは、それらを不安に感じさせないものだった。


 ――安心しろ、アスティ。この俺が見る限り、この周囲に人はいない。不思議なほどに……。


 そんな俺の考えを、瞬く閃光が吹き飛ばす。雷鳴とギガーゴリラの声が重なって、不似合いな連動を見せているかのようだった。


 まだ檻の中に閉じ込められているリラは、不機嫌さを隠してはいないだろう。何を言っているかはわからないけど、その声の調子はまさしくそうだと言える。


 ――いや? ちょっと聞きなれない声もするが……?

 

 扉を閉めず、おもむろに部屋の中を歩くルル。その代りにアスティが扉にむかい、それを静かに閉めていた。


 それはいわゆる偶然だろう。


 外から聞こえる不満の声ギガーゴリラの雄叫びが歓喜の様子に変わった瞬間。

 閃光が視界を覆いつくし、雷がどこかに落ちていた。


 揺れる地面はその近さを物語る。上がる咆哮はそこに何者かがいたことを現している。


 だが、それとは別にルル達はその視線を扉に向けていた。


 いつの間にゆっくりと近づいていた足音が、扉の前で止まっている。一拍の空白を染めた後、扉は勢いよく開け放たれる。


「姿が見えないと思ったが、やはり来ていたか。まあ、ここを選ぶと思っていたよ。聖剣の所有者ともあろう者が、盗賊の真似事とは世も末。しかし、ドブネズミでつれるのだから、やはり出自の卑しさは隠しきれないものだな」


 ずかずかと部屋の中に入るその男。その醜悪なほどに煌びやかな服装が、稲光で一層妙な光を生んでいた。

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