自らを守る聖騎士

 剣呑な雰囲気が、アスティを中心として吹き荒れる。だが、それはルルの声で正気に返ったアスティが、自分の手で決着をつけていた。


 ただ、それはかなり強引なやり方とも言えるだろう。取り乱したことを、まるでなかった事にするかのようだった。


 素早く刺突用片手剣レイピアを鞘におさめた後、咳払い一つと共に眼を瞑る。


 だが、そうしているのは、ほんのわずかな時間に過ぎなかった。

 

 素早く全員を見渡すアスティ。


 最後にエルマール司祭を再び視界に捕らえ、眼光鋭く『なにか?』の一言ですましていた。


 だが、それは一瞬の出来事なので、大半の者にその顔は見えなかったことだろう。しかし、その顔はフードに隠れたままだったとしても、射抜かれるような視線は感じたに違いない。


 まるで石になったかのように、そこにいる聖騎士達は何も言えない状態になっていた。それは、エルマール司祭も例外ではない。全ての者が、息を吸う事すら忘れてしまったかのように、身動ぎひとつしていない。


 だが、そこには何を考えているのかわからないリラがいた。

 その場の雰囲気も顧みず、どうにかしてその顔を覗きみようと頑張っている。


 動く者の無い世界で、ゴリラがフードつきローブの女のまわりで愉快な踊りを踊っている。この場を表現するとすれば、それしかないと言えるだろう。


 巧みにそれを逸らすアスティと、どうしても見ようとするリラの不毛な攻防が続いていく。すでにそこには鬼気迫る雰囲気は露ほどもなく、代わりに名状し難い雰囲気に支配されつつあった。


 ゆっくりと、その戒めは解かれていく。 

 ただ、一度その鬼気迫る雰囲気にあてられた兵士達の様子は違っていた。


 一斉に浮き足立った彼らは、そこから立ち直るのに自分一人では無理だったのだろう。隣の人間に声をかけ、それが繋がり喧騒さが見え始めていた。


 その光景を、エルマールは忌々しそうに見つめている。アスティとのやり取りも飽きたのだろう。鼻をほじっているリラが、その様子をじっと静かに眺めている。


 さすがに聖騎士たちは立ち直りも早かったが、それでも一度はあの雰囲気にのまれている。表面上は平静を装いつつも、内面は心穏やかなはずはないだろう。そして、兵士たちの動揺も伝わり、その反動はある方向に加速を始める。


 そう、自分たちを擁護するように――。


 出迎えに来ただけで、なぜこのような仕打ちを受けねばならぬのかと――。


 あれだけ威圧感をもって近づいてきたにもかかわらず、『出迎えに来た』と言い張ることが、そもそも無理な話であることに気が付かないなんて……。


 それでも、自分たちを守るためにそうすることが、彼らにとっての最良の選択となっていた。


 ――お前ら聖騎士だろ? 教会の兵士だろ?

「ウホホ? ウホ?」


 ――本当に、コイツら戦うための職に就いているのだろうか?

「ウホ、ホ?」


 いや、俺は知っているはずだ。これまで、散々思い知った。結局、平和な世界でのコイツらの敵は、自分達よりも弱いものになっている。

 

 コイツらは権力を守るために戦っている。もしくは、権力者を守るために戦っている。自分達より弱いものを守ることはせず、むしろ言いなりになって攻撃している奴らだ。


 だが、ルル達もそこで事を荒立てる気は毛頭ない。いや、若干一人いたが、それを持ち出すことはやめておこう……。


 ――それより、ちゃんと聞いていたか? リラ? 鼻をほじってる場合じゃないぞ! どうするんだ? それ?

「ウホ!?」


 ルルは素直にそれを認め、アスティの行動に関しては謝罪している。だが、それ以外はそうではない。そのまま案内を頼むや否や、リラの肩に素早く昇っていた。ほじった鼻糞をどうするか迷っているリラをしり目に――。


 ――本当に情けない。十歳の少女に出来て、人々を守る騎士が自分の非を認めない。何もかもが腐敗している。こんな世の中にするために、アイツ等は戦っていたのだろうか……。


 だが、そんな考えもエルマール司祭の言葉で現実に引き戻される。いつのまにか放たれていたリラの鼻糞は、大きな放物線を描いている。


「それでは参りましょう。聖剣の姫を護衛する栄誉は、いずれまた」


 おそらくエルマールはルルをエスコートしたかったに違いない。だが、その願いは霞のように消えていた。あてが外れた彼の手は、名残惜しそうにルルに向かって伸びている。


 だが、ルルはもうエルマールを見ていない。その視線は屋敷の方に向いている。


 目を瞑る、司祭エルマール。だが、残念に思う気持ちを握りつぶしたかったのだろう。決意の瞳に変わった司祭は、その拳を固く握りしめる。


 ちょうど落ちてきた、リラの鼻糞と共に。


 

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