司祭エルマール
長い金髪の髪が風に舞う。
それを整えるしぐさも華麗に思えるほどの洗練された物腰。優しい微笑をたたえたその顔は、見るものに安心感をもたらすのだろう。
そんな貴公子然とした司祭風の男が、もう一歩ルルたちの前に歩みだす。それを守るように動き出す護衛の聖騎士たち。だが、片手でそれを制止し、その司祭は一人でルルの前にやってきた。
完全武装した兵士と聖騎士たちは固唾をのんで見守っている。
もしも、その男に何事か起きれば、一挙に押し寄せる。そんな決死の覚悟に近い気配を漂わせている。だが、前に出てきた男にそんな意志はなく、ただ話をする為に近づいてくるようだった。
「警戒しなくて結構です。私の名はエルマール・マインと申します。この者たちは私を守るために派遣された、教会に所属する聖騎士と兵士です。この森は魔獣がでると噂にあります。しかも多数の犠牲者の魂が眠ると聞いています。お待ちする間に、それらを弔っておりました。ただ、私がこの場で『聖剣の姫をお待ちする』と話したところ、これだけの人数を護衛としてつけてくれました。教会も少し過保護な所があって申し訳なく思います」
――気弱そうな姿をしているが、なかなか堂々としたものだ。
威嚇していないとはいえ、目の前にいるギガーゴリラにすら動じていない。しかも、かなりの美形。さぞかしその美貌で多数の女の心をもてあそんできたことだろう。
――だが、残念だったな。ルルはまだまだお子様だ。お前の容姿に惑わされるわけがない。なにせ、お子様。色気よりも食い気。それが今のルルというものだ。
「ウホ! ウホホー!」
いきなり本気で怒り出したギガーゴリラのリラ。しかも、ルルが無言で
――なんだ? リラの敵意は俺にか? しかも、かなり本気? ルルは何故俺を殴る?
「ウホ! ウホ!」
ただ、その突然の変化に、周囲が騒然としたものに包まれていた。ギガーゴリラの威嚇をまともに受けた聖騎士たち。彼らが最初に見せていた決死の覚悟は、見るも無残に吹き飛んでいた。後ろの方では兵士の一部が逃げ出している。
ただ、間近でそれを見たエルマール司祭は、その影響をまともに受けているにもかかわらず、その場で尻餅をついたのみだった。
――おそらく、恐怖に対する耐性だろう。
聖騎士も兵士もその加護を受けている。もしくは、何かその手の呪文か道具を持っているに違いない。
――だが、さすがにルルと修行したリラの威嚇は完全に防げなかったようだな。コイツはすでに、ギガーゴリラの中でも飛びぬけたゴリラになっている。
「ウホホ!」
「いきなり驚かせてごめんなさいだよ。ちょっと失礼な事を言う人がいるから、この子も怒ったみたいだね」
そう言って、ルルがその手を司祭の目の前に差し出していた。最初は唖然としていた表情も、差し出された手を見て、すぐに最初の笑顔に戻っていた。
「何か私が? いえ、私達が失礼なことを?」
「いえ、そうじゃないんだよね……。まあ、気にしないでくれるとうれしいかな」
「ウホ」
自分の言葉が影響したわけではない。
それだけははっきりしていると納得したのだろう。エルマール司祭はそれで完全に立ち直ったようだった。
差し出されたその手をとり、司祭はゆっくりと立ち上がる。立ち上がったそのあとも、その手を離さずに握りしめていた。
首をかしげるリラとルル。
だが、次の瞬間。ルルの手を握ったままの司祭は、その甲を上に向けると、そこに軽く唇を添えてから離していた。瞬時に顔を赤らめ手を引くルル。慣れない事をされた為に、気恥ずかしさが全身からにじみ出ている。リラは驚きに目を見張る。
それをほほ笑んで見つめるエルマール司祭。今度はルルが唖然とした表情を浮かべていた。
だが、その瞬間、それとは違う禍々しい気配が、アスティの方からにじみ出ている。
――あー。やっちまったな……。「ウーホー……」
しかし、そんな事になっているとは露知らず、すっかり立ち直った司祭はにこやかな笑みを浮かべて話しかけている。顔を赤らめていたルルも、手の甲をさすりながらも、平常心を取り戻していた。
「さすがは聖剣パンタナ・ティーグナートとその所有者であるルル・ナオナイ様――」
「いいえ、司祭様。そんな長い名前はいらないんだよ「ウホ!」。聖剣パンティで十分だよね「ウホ! ウホ!」。あたしの事はルルでいいかな。こっちはリラ「ウホホー! ウホホー!」。そしてこっちがアスティね」
「ウホ?」
平常心を取り戻したルルが、今度は自分の仲間たちを紹介する。その仕草をまねるように、リラが言葉の端々で相槌を打っていた。
特に自分の時はその胸を両腕で叩いている。それはリラが自分を誇示する時にする仕草。ドラミングと呼ばれる行為だと聞いている。
だが、そんな相槌を打たれると、正直聞きづらかったに違いない。司祭エルマールは怪訝な表情を浮かべている。
――いや、そんな事はすでにどうでもいい。あれほど短縮して紹介するなと言ったはずなのに、またその呼び方で俺を紹介しやがった。
「ウホ―、ウホ! ウホ! ホホー」
――ほほう。どうやら、また痛い目を見ないとわからないようだな? 今度は額に聖印を刻んでやろうか? その『人を小馬鹿にする毛』を切り落としてやろうか? 今度は二度と生えないようにしてやるぞ?
「ウホホ? ウッホ!」
挑発の仕草を
戦いの緊張感がこの場を支配しつつある中、取り残される司祭とその護衛の聖騎士達。おそらく何がどうなっているのかわからないに違いない。ただ、殺気が満ちる中で、それが自分たちに向けられていない事は理解しているようだった。
そんな光景だけが、彼らにとっては事実だろう。
だが、それを違う緊張感が塗り替える。アスティが放つその言葉で。
「で、司祭殿。あなたはここに戦いにきたのですか? 戦いに来たのですね? さあ、戦いましょうか! ――いえ、そうではありませんね。これは罪です。この私の大事な――」
そこで、アスティは大きな咳払いをひとつする。そして、何事もなかったかのように、その後の話を続けていた。
「――言ってみれば、これは乙女の肌を不逞にもてあそんだ罪です。罪には罰が必要ですね。では、あなたの仕える神に代わり、この私が天罰を与えてあげましょう。その他の人達も同罪です。そちらはリラが相手をします「ウホ!」。人数を集めて威圧しているつもりでしょうが、笑止です。この程度の人数では、リラの遊び相手にすらなりません。あの無駄に白い毛を赤く染めるにも不十分です。ああ、お尻の方は赤いから十分かもしれません」
「ウホ!?」
一斉に矛先が自分たちにやってきた驚きと恐怖が吹き荒れる。だが、それすら気にせず、アスティの暴走は続いていた。
返事をするまもなく一瞬で間合いを詰めるアスティ。
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