包囲された少女たち
ルルが聖剣を引き抜いてから二年間、俺達は人間社会から姿を消していた。しかも、俺の力を使って移動したから、誰もその姿を見ていない。
聞くところによると、『こつ然と姿をくらました』と王家の記録には記されてあるらしい。
それは当然の事として、俺にはそれ以外の誰にも知られない自信があった。だが、『何事にも例外はある』という教訓を、あの時は強く感じていた。そして、その時の思いが、今の俺の方針になっている。
ルルが
そう決めて共に過ごしているが、それもまた間違っていた……。
俺達がいたのは、人間が住む限界を超えた高い山々が連なるギガ連峰。ギガーゴリラが多数生息している場所より、さらに高い場所。
そう――。生きる者にとって、もっとも過酷な場所で生き続けた事実がルルにはある。
空気の薄い場所での生活は、普通に呼吸することもままならない。でも、そんな所で、ルルはつらい修行に耐えてきた。
その生活を耐え抜いたのは、ルルの中で今も燃やしている
だが、それでもその想いがルルを強くしてきたのは間違いない。俺としては、それは認めなくてはならない。
最初は
しかし、驚くべきは子供の成長なのだろう。その速さと強さは、本当に目を見張るものがある。あの生活の中で、ついついそれを楽しみにしている俺がいた。
下山の時、その楽しみも終わるのだと、俺は密かに思っていた。
何故なら、鍛錬を終えて下山した俺たちを待っていた者がいる事など、俺は全く想像していなかったのだから……。
俺の考えを根底から崩したのが、このアスティの存在だ。
しかも、待ちかまえていたから驚きだった。
だが、それ以上にあの時のルルの態度は新鮮だった――。久しぶりに人と会うのがうれしかったのかもしれない。久しぶりに見る子供らしさにあふれていた。
そんなルルに、いつの間にかアスティも心を許している。
ただ、ルルがどうやって知ったのか聞いても、未だにアスティはそれを明かしてはいない。それどころか、『秘密は女の装いです』と、わけのわからぬ事をルルに教え込んでいる始末。そして、それからのルルは、アスティから様々なことを学んでいる。
――まったく、いらぬ事を教えるものだ。
「ウホ、ウホ」
だが、俺は男の意識でしかない。聖剣となる前の性別も魂も、確かに男として経験した事のみのはず。だから、まだ幼いとはいえ、少女のルルに色々教えることは難しい。この俺が出来ることは、せいぜい戦いに関係することだけだとわかっている。
――皮肉なものだ。聖なる剣のはずが、戦いの
「ウホッ! ウホホ、ウホッホウホ!」
慰められた!? リラに!? いや……。リラの言う通りか……。俺にはそれで十分だった。俺は、聖剣。聖剣の所有者として、ルルに生き残ることを教える。
だから、そんなルルが生き残るには、危険を察知することを教えることも含まれるはず――。
――ルル。
「――!? わかってるよ!」
「ウホ?」
――いや、お前は呼んでないぞ、リラ。
「ウホー!?」
森に入ったその瞬間、空気が微妙に変化する。最初は感じていなかったルルも、名を呼んだ瞬間には、それを感じていた。まだ、リラとアスティはそれを感じていない。
本当に成長したものだ。だが、本来であれば、聖剣とその所有者は常に感覚を共有している。だから俺が感じた瞬間にルルも感じるはずだった。
だが、今のルルと俺はそうなっていない。
俺の聖剣としての部分が、ルルを完全には認めていない……。俺は聖剣だが、
だから、聖剣の部分がルルの考えを否定しても、俺の部分がルルを鍛えもした。
言ってみれば、俺とルルは師弟関係。そして俺は、
そう、復讐を決意した八歳のルルが、
――だから、俺はその責任をとる必要がある。
「ウホホ……」
――無理とかいうなよ、リラ。それが今、俺がルルといる理由だぞ? もし、俺があきらめたら、俺はルルから離れなくてはならない。
「ウホ!?」
それが聖剣としての俺の考えだから仕方がない。ただ、俺自身はまだあきらめていない。
そして、ルルは日々成長している。変化している。それは俺の希望でもある。
「ウホッ!」「ルル!」
「うん、いるよね。わかってるよ」
――ああ、思い出話はこれまでだ。それに……。いくら考えても、堂々巡りするだけだ。今は、目の前の事を見守ろう。
「ゥホホゥウー!」
さっきまでの表情が一変し、リラがその牙を少し見せている。それはリラが警戒している事の証。ただ、その牙を見るまでもない。
ここにいる者達は、瞬時にその気配を感じていた。
「ざっと見て百人くらいでしょうか? ここで待ち伏せしていたという事は、この招待状自体が、やはり罠だったとかですか? 情報操作がありえないほど稚拙でしたからね。いまさらですが、私達の裏稼業がやっと明らかになったのでしょうか?」
「ウッホォー! ウホー! ウホッホ!」
「そんなのとっくに暗殺ギルドに知られていると思うんだよね。でも、あたしだから目を瞑っていたと思うんだよ。いままでも警告ってあったじゃない? これまでの仕事は、地方の下級貴族や下っ端役人が多かったから、嫌がらせ程度だったとか? それにしても、ここまで手の込んだことは初めてかな?」
「ウッホォー! ウホー! ウホッホ!」
――確かに、その通りだろう。っていうか、リラうるさいな。
「確かにそうですね。リラ、うるさいですよ」
「ウホホ……」
――まあ、いいよ。そんなに気落ちするなよ……。すまない。言い過ぎた。
「ウホ!? ウッホー!」
「リラ? 何故そのように得意顔なのです? 落ち込んでみたり、喜んだり。その大きな体でやられるとすごく迷惑です」
「んー。まあ、色々あるみたいだよ。でも、興奮したリラはこの際無視でいいよね」
「ウホゥ!?」
まあ、とにかく……。落ち込んだリラは無視しておこう。本当に忙しいな、お前。
暗殺ギルドが本気で制裁の手を向けてこなかったのは、ルルというよりも
「ウホ、ウホ、ホウ!」
再び興奮するリラ。
その視線の先にある森の木々の間から、完全武装した兵士がその姿を見せてきた。
取り囲むように一定の距離を保ちながら、徐々にその姿を増やしていく。
「やはり、これは暗殺ギルドの制裁なのでしょうか? それにしても、規模が大きすぎるような気がしますね」
――アスティの懸念は本質的には正しい。でも、残念ながらその相手が違う。これはどう見ても暗殺ギルドに所属している者たちじゃない。正規の兵士。しかも、驚くことに聖騎士までいる……。
「ウホホ……」
ただ、そんな事より……。
――『トホホ』と言いたいのか? そうだよな、やっぱり?
リラの顔が、残念そうにアスティに向いている。やはり、このゴリラは人の言葉も理解しているのだろう。
「リラ、人気のない場所で、後でじっくり話しましょうか。それより今は――」
油断することがないように、アスティはすでに戦闘時の気配になっている。付き合いの長いせいか、アスティも自分が侮りを受けたと感じたのだろう。
その言葉はすでに飲み込んでいても、あとできっとリラと口論が始まるに違いない。
ギガーゴリラと口論する
たとえ『世界広し』と
ただ、そんな思いをかき消すように、その男は森の闇から前に進み出てきた。
その言葉と共に、大勢の聖騎士を従えて――。
「ようこそ、皆様。お待ちしていました。どうです? 気に入っていただけましたか? さあ、歓迎の宴はすでに始まっております。すでに楽しそうな皆様方に、ご満足いただけるかわかりませんが、精一杯おもてなしをいたします。さあ、どうぞ――」
大勢の聖騎士に守られた眉目秀麗な司祭。その彼が、両手を広げてそう告げる。
その瞳に、自信と自慢の輝きを満たしながら。
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