少女と魔獣と漆黒の乙女
いきなり話しかけられ、魔獣ギガーゴリラはその毛と共に、顔に『
魔獣ギガーゴリラ。
魔獣の中でも好戦的で危険性の高いこの種族は、高い知能と独自の価値観で動くと信じられている。だからごくまれに、こうして人といる姿を目撃されている。
だが、そんな顔を浮かべて人と共に行動していても、危険な魔獣である事に変わりない。それは誰の眼にも明らかな事だ。
いかにも堅そうな皮膚と白い毛におおわれている体。だが、その体には無数の戦いのあとが刻まれている。
だが、それ以上に目を引くのがその体つき。
体格のいい大人が一人、すっぽりと入ってしまうかのように見える太い両腕――だが、こいつは特に右腕が大きい――とそれを支える大きな胸元は、見る者を圧倒するに違いない。
だが、その胸元には、大きく『
ただ、すでに大人の三倍はあるかと思われるその巨体も、成体のように後頭部付近が隆起していない。
だから、実際にはまだ子供と言える年齢だろう。その証拠に、特徴のある角を思わせる突起した毛が、まだその頭には立っている。それはギガーゴリラの成体にはない特徴。時折揺れる
そんな魔獣が、『ウホ?』ととぼけた顔で聞き返している。
「いや、お前じゃない。私はルルと言っただろ? お前の名前はルルか? リラだろ! 第一、お前に私の憤りがわかるのか?」
「ウホホ? ウッホ! ウホ!」
アスティの問いに、心外だという態度で応えるギガーゴリラのリラ。それを見て、その右肩から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「リラにはわかるんだよ、アスティ。ただ、全部自分に言われていると思う、おバカさんだけどね……。「ウホホ!」確かに、アスティの言う事は間違っていないよ。「ウホゥ!?」でも、それは人間全部じゃないと思ってほしいかな。「ウホウホ」分からないバカがいるから困るんだよね。「ウホウホ」『おバカにも分かること』が『分からない』なんて、もうどうしようもないよね。「ウホホホー……」だから、死んでもらうしかないんだよ。そういう奴らは全部ね。「ウホ!」まずは、あそこにいる伯爵だね「ウホホッホホ!」」
笑い声は一変し、物憂げにそう答える少女。しかも、ルルを抱えたリラが、盛大に相槌を打っていた。
いかにも不釣り合いな場所にいるルル。だが、そこにいるのが当然という風格を持ってた。特に、その瞳に宿る冷たい光が、まだ遠い屋敷を見つめている。
――だから、その考えは
「ウホ!?」
「もう、うるさいなぁ。文句あるなら、ついてこなくてもいいよ」
「ウホゥ!?」
「いえ、多分リラには言ってません。というか、最初から誰もリラには話しかけてませんよ」
「ウホ!?」
――いや、それは本当の事だ。さっきから会話に参加しているつもりだろうが、お前に話しかけていない。
「ウホホ……」
「でも、リラは悪くないよね」
「ウッホーォウ!」
アスティの横で、『ウッホ! ウッホ!』と得意満面の笑顔を見せるギガーゴリラ。その足取りも軽くなり、急に歩調が速くなる。
それは自分が褒められていると感じているからに違いない。執拗に『うるさい!』を連呼するアスティをよそに、上機嫌に歩いていく。
――いや、別に褒めてないからな……。でも、本来俺の声は、所有者にしか聞こえないんだけど……。
「ウホホ……」
だが、ギガーゴリラのリラは、明らかに気落ちした態度を見せていた。
ほんとにお前、俺の思考がわかっているみたいだよな。その右腕に俺の複製体を埋め込んだ時から、ますます俺の言う事を理解しているような気がするよ……。まあ、付き合いが長くなっているというのもあるか。
あれから三年。そして一年近く、この四人で旅をしてきた。
この俺、聖剣パンタナ・ティーグナートとその所有者であるルル・ナオナイが、リラと呼ばれる魔獣ギガーゴリラの肩に乗る。もはやそれは、この国では珍しくない事になっていた。
そして、その横に絶えず付き従う従者アスティの存在も。
漆黒の乙女として噂される彼女の正体は、かつて敵であった
いち早く
いや、ルル個人に対してはかなり偏ったものの見方をしているかもしれないな。もっとも、そう見せているだけなのかもしれないが……。
ただ、詳しくは分からないが、倒れた魔王に最も忠義深かったのは、そのボルバルティーナだったと聞いている。しかも、思慮深い彼女のことだ。
もっとも、真意を悟らせない彼女の事。その実、とんでもないことを考えているのかもしれないけど……。
確かに、今は亡き魔王の誕生と、
それは
まあ、その事は協定が結ばれたことによる結果だろう。相互に情報を持ち寄った結果の理解であることは言うまでもない。だが、アスティの正体を知っているのは、おそらく俺達だけだと思う。
ルルが
それを二年間、ひたすら探し続けたその実力と執念も含めて。
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