狩られる兄妹『後編』

 それぞれの手に兄妹を握ったギガーゴリラ。そのまま茂みを突き進み、大人たちの所に帰っていた。


「つかまえたな。やはり近くにいたな。さすがだ、ギガーゴリラ。なかなか楽しませてくれた。初めてお前を使ったが、これからもっと使ってみようか。いや、お前たちだな。しかし、それでは少し興ざめかもな」

「おお、このような危険な魔獣まで手なずけておられるとは、さすが伯爵様ですな」

「ギガーゴリラはなかなか手に入らないが、今は六匹ばかり飼っている。今までは入手も困難だったが……。それもこれも、あの宰相のおかげだな。物わかりの良い者は本当に役に立つ」


 それはお披露目も兼ねていたのかもしれない。その姿に満足そうにうなずく貴族。


 だが、商人はやはり怖いのだろう。それが支配されていると知りつつも、その姿を間近で見て、腰が引けているようだった。


「さて、『狩り』も終わりですかな……。今宵は楽しうございました」

「ん? 何を言っておるのだ? 今はまだ捕らえただけであろう? 獲物の命を握る瞬間。それこそが、『狩り』の最大の楽しみだろう? 今はギガーゴリラが捕まえたに過ぎない」

「ああ、そうでございました。そこの兄妹はまだ生きているのですね」

「当然だ。そこの兄妹は他の者と違い、今夜の『狩り』の主役でもある。存分に楽しまねば」

「なるほど、それでいかように?」

「ふむ……」


 伯爵と呼ばれた男が、しばらく何かを考え込む。それを見守るギガーゴリラの両手には、あの兄妹がぐったりとした姿で握られていた。


「よし、神官。その兄妹を癒せ。兵士長。子供でも扱える短剣を二本用意しろ。その他の者は、ここに簡易の闘技場コロッセオをつくるのだ。子供用だ、円をつくればいいだろう。特に広くなくていい」


 言われるままに作業が進み、その中央に兄妹が並んで寝かされている。傷はすっかり癒えているものの、その意識はまだ覚醒していない。だが、それも時間の問題だった。


 冷水をかけられ、無理やりその意識を覚まされた兄と妹。


 すかさず神官が恐怖に打ち勝つ呪文を唱え、二人は無理やりギガーゴリラの前に立たされていた。兵士たちが遠ざかると、すかさずその背に妹を隠す少年。短剣を前に突き出し、周囲を油断なく観察している。


「ほほう。なるほど、少年。聖剣の姫……、あの小娘とは親しかったのは、調査通りか……。どうだ、少年。妹を助けたいか?」

 目の前に立つギガーゴリラからは片時も意識を離さずに、少年はその言葉を聞いていた。


「当たり前だ!」

「ふむ、威勢はいい。ひょっとするといい兵士になったかもしれないが、人間の替えはいくらでもあるからな……。まあ、お前にも生き残るチャンスはやろう」


 優しい笑みを浮かべる伯爵。だが、その顔のままで伯爵は少年に告げていた。


「お前達兄妹で殺し合え。生き残った方を生かしてその場から出してやる」

 伯爵の笑い声に続き、周囲からはやし立てる声が続いていく。押し潰されるような周囲の声に、一瞬にして少年の顔から血の気が失せていた。だが、目の前にそびえるように立つギガーゴリラの視線を受け、少年は奥歯をかみしめる。


 そのまま小さく後ろを振り返る少年。妹の姿は見えないまでも、背中にその震えを感じているに違いない。短剣を握っていない左手が、固くそして、固く結ばれている。


 だが、次の瞬間。


 少年の眼に笑みが浮かぶ。しかし、それはほんの一拍の事だった。その後おもむろに眼を閉じた少年。そのままの姿で、大きく息を吸っていた。


「本当だな! 神に誓うか!」

 まだ周囲の声は続いている。だが、眼を開けた少年は、力の限り吠えていた。


 その悪意を吹き飛ばすように。


「くどい! まして、神を語るな! 下賤の分際で! いいのか? 気が変わってもいいのだな?」

 周囲がその怒声に静まる中、少年は妹の方に向き直る。しかも、その目の高さで向き合ったのち、しっかりとその体を抱きしめていた。


 静かに優しく、少年はその耳元で囁いていた。


 驚き眼を見開く妹。そのまま妹の体は固くなり、兄が告げた言葉の意味を探していた。


 そんな妹の頭を優しくなでる少年。そのままその手を優しくとり、勢いよく自らの胸に突き刺していた。


 妹の握る短剣を自分の両手で固定し、そのまま前に進むことで――。


 最後まで妹を思った少年は、自分の体で妹の体を押し倒す事は望まなかったのだろう。少しだけずらしてあった兄の体は、妹の離した短剣と共にその隣に崩れ落ちる。

 

 何が起こったのか信じられない妹は、震える手のまま虚空を見つめ続けていた。


「おお、これは素晴らしい兄妹愛! 『狩り』で、これほどの余興が見られるとは思いませんでした!」

 商人があげた感嘆の声と伯爵の「つまらんな」という言葉が交差する。そして崩れた少年の体を見下ろしながら、伯爵はギガーゴリラにそれを命じる。


「なんと? お約束なさったのでは?」

 ギガーゴリラにつかまれて、伯爵の前につられた幼女。だが、苦痛に歪むその顔はそのまま永遠を刻み続ける。


 果実か何かのように握りつぶさる幼女。周囲に飛び散った血は、濡れた地面をさらに彩っていく。


 最後に、ゴトリと落ちた幼女の頭。


 目の前に広がる光景に、貴族は愉悦の瞳を輝かせていた。


「約束? それは人と人とで結ぶものだ。商人という者はドブネズミと約束する趣味があるのかな? 我々貴族には、その趣味はない。私は『その場からは生きて出してやる』といった自分の言葉を守ったに過ぎない。しかも、その円から出た後に生かしておくとは言ってなかった。第一、こんなドブネズミ。生きている必要も価値もないではないか」

「なるほど、もっともな事でした。さすが、伯爵様。自らの言葉を現実にされる力の持ち主でございます」


 大げさに頭を下げる商人。その商人に向けて、伯爵は愉悦ではなく真剣な瞳を向けていた。


「では、この後の事は任せたぞ。必ず我が手に聖剣を」

「仰せのままに、ラッシュカルト伯爵様。ご安心ください。すでに、餌の尻尾に食らいついております」


 話の途中で、伯爵が自分の姿を見ていない事に気が付いた商人。その視線の先を求めた結果、商人はその光景を目にしていた。


 月明かりのなか、手に残った小さな肉片をふるい落としたギガーゴリラ。横たわる少年の頭を引きちぎり、ポイとその場から投げ捨てていた。


「そうか、お前もつまらなかったのだな! だが、次は満足できるかもしれんぞ?」


 その行為に満足したのか、大声で笑いだす伯爵。その声に応えるように、ギガーゴリラの雄叫びが重なっていた。

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