幕間 人間狩りをする貴族

狩られる兄妹『前編』

 鬱葱とした森の中、木の茂みに隠れた少年と幼女が、互いに震える体を支えあっていた。王都とある貴族の屋敷の間にあるこの広大な森は、一歩入ると、そこは光がほとんど届かない森の世界となっている。


 だが、そんな森でもわずかな光が差し込む木々の切れ目がある。


 ただ、それはほんのわずかなものでしかない。それはまるで木々の気まぐれ。暗い森に生まれた、小さな悪戯のようなものだった。


 闇の中にある小さな光。そのすぐそばで、少年が必死に抱きしめていた。


 幼女の震える体を。

 自らの震えを止めるように。


 日が落ちた今、確かに森の中は急速に冷え込んでいる。それは、夕方から降り出した雨のせいもあるだろう。だが、その雨はすでに止み、雲間からは月と星々の明かりが差し込んでいる。


 とはいえ、暖を取ることのできないこの状況。濡れた体は、特にその寒さをよけいに感じるに違いない。


 だが、二人が震えているのはその寒さだけではなかった。


 闇の中から忍び寄る恐怖が、二人を探してその手を伸ばす。それに見つかるまいとする意志が、固く結んだ少年の口に現れていた。


 ほぼ真っ暗なその森で、息をひそめる少年と幼女。そのすぐそばを、何かを探してさまよう光が走り抜ける。


 闇の中にかすかに浮かぶ少年と幼女。だが、光は彼らに気づいていない。


 泥にまみれていた顔は、汗と涙がふき取っている。切り裂かれたボロボロの衣服の間から、乾いた血がしがみつく皮膚が見えている。裸足のまま森を逃げていたのだろう。その足は血と土にまみれてかなり傷ついている。固く結んだその口は、泣きたいのを我慢して堪えている。時折空気を求めてあえぐその口も、次の瞬間には手で覆っていた。


 二人共、その光が何かを知っている。


 だから、必死に息を殺して潜んでいた。だが、少年の胸に顔をうずめている幼女からは、小さな声が漏れていた。


「大丈夫、大丈夫だ、ミリンダ……。きっとルルが助けてくれる。だって、ルルは凄いんだ。聖剣の姫様なんだよ。悪者を退治するんだ。どれだけ離れていても、何だって知ってるんだからね。きっと今も――」

 少年が幼女の耳元でそう囁く。それは幼女に告げているようで、自分に言い聞かせているようだった。


「だから、それまでは――。いや、お兄ちゃんが守ってみせる。これでもアスティに色々教えてもらったんだ。ちゃんと風下に逃げてる。血の付いたものを別の方に投げて逃げた。大丈夫。お兄ちゃんを――」


 ちょうどその時。


 大勢の歩く音が聞こえ、少年の口はそこで固く結ばれる。妹の口に自分の手を当てて、黙るように目で告げていた。



「最後の二匹。なかなかしぶとい獲物ですね、伯爵様」

「そうだな。だが、『狩り』というものは簡単ではつまらない。しかし、なぜ『狩り』が面白いかわかるかな?」


 少年と幼女が隠れる茂み。そこから少し離れたところに、少し開けた場所があった。そこにやってきた大勢の大人たち。その中で、馬に乗る二人が話しはじめていた。


 森の静けさが声を運ぶ。


 貴族と商人という格好の二人。そこに注意を向けていた少年は、その気配に気づかなかった。


 影がぬうっと少年の後ろにせり上がる。


 その低い声を間近で聞いて振り返った少年。その顔は徐々に青ざめていく。抱きしめられていた幼女もその異変に気付いたのだろう。


 少年の胸から顔をあげ、それを初めて目にしていた。


 ――闇の中に浮かぶ怪しげな光。その中にある獣の顔を。


 見上げたその眼は恐怖にそまり、震える体は固くなる。少年と幼女にとっては、もはや見慣れたその顔。だが、その顔に人懐っこい笑みは無く、ただ見つけた喜びにあふれていた。


 だが、周囲に漂う尿臭を嗅いで、その笑みはますます愉悦の色を濃くしていた。


 しかもその時――。


 少年の耳に、貴族の言葉が再びやってくる。


「『狩り』というのは、最終的に獲物を捕らえるから面白いのだ――」


 その声が終わるや否や、少年と幼女の体はそれぞれその巨大な獣の手に握られていた。


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