後
即位式は滞りなく進み、ナムラは第十五代カランティール王に即位。
同時にリチアは王妃になった。
バルコニーで出て、国民に手を振る。
王太子妃時代にも何度も行った行事であり、慣れていることだ。
けれども、王妃として、国民の希望にあふれた顔を見ると、気分が悪くなり、リチアは必死に吐き気をこらえ、笑顔を維持した。
建物の奥に下がった後、ナムラが俯いているリチアに気遣うように声をかけた。
「大丈夫です。陛下」
「それであればよい。王妃よ」
元から公式の場で彼がリチアの名を呼ぶ事はない。
けれども、王妃という響きが冷たく聞こえ、彼女は呆然と彼を仰いだ。
すると、ナムラが一瞬戸惑った顔を見せた。が、すぐに顔を上げ、歩き始める。
「陛下!」
いつもリチアを置いて行動する事はないナムラに、付き添っていた宰相が驚きの声を上げ、その背中を慌てて追う。
彼女はぼんやりと視界から消えていく二つの影を見つめるしかなかった。
その日から、ナムラは変わってしまった。
王太子時代の柔和さは完全になくなり、暴君のように振舞った。
最初は即位したばかりと援護に回っていた者達も徐々に離れていき、今では弟である王太弟ザリトへの王位継承案も出るくらいになっていた。
「陛下。どうなされたのですか?」
「どうって?何も。君が望んだとおりにしている。そのうち暴動でもおきるだろう」
「陛下。暴動が起きる前に、あなたの退位が先になるでしょう」
リチアははっきり答えてしまい、口を押さえた。
すると、ナムラはあの皮肉な笑みを浮かべた。
「それは君にとって不都合だね。じゃあ、行動を慎むよ。退位させられないようにしなきゃ。君は王妃でいなきゃならないからね」
「陛下」
ナムラはそれだけ言うと、ベッドに横になる。
リチアは気づかれないように小さく息を吐き、その隣に横になった。
彼が即位してから一ヶ月。
このような状態が続いている。
目的のためにナムラに近づき、念願の王妃なった。けれども、予想外の流れで、密かにつながっている彼女の同胞からも、不満の声が出ている。
が、彼女にはどうすべきかわからなかった。
この国を滅亡させる前に、ナムラ自身が壊れてしまいそう、そんな恐怖に彼女は駆られていた。
翌日からナムラはまた変わった。
元に戻ったわけではない。
暴君の振る舞いはやめたが、増税や軍費増強の案を出し始めた。
このカランティールは王国であるが、ヤンザムとは異なり王の一存で何もかもが決まるわけではない。
したがって、彼の案は通る事はなく、不信感だけを募らせた。
王への不満、国民までには知られていないが、王宮では王への不満が高まっていた。
現国王から、王太弟への王位継承に関しては、これまで王が望まない限り実行はできないことになっている。
けれども、王宮では弟ザリトへの譲位の機運が高まっており、リチアは再びナムラに苦言をもらす。
「……君の望みを叶えることができない。僕はやはりこの国を滅亡させるわけにはいかないんだ。僕ができることは僕が王でなくなるくらい。それじゃ本末転倒か。そのために君と君の同胞はがんばってきたんだよね。君は、君の同胞はどうしてもこの国を滅ぼすのが目的なのか?僕の、僕の命を君に捧げよう。そうすれば、君の同胞も納得してくれないかな」
ナムラは彼女を注視したまま、言葉を続けた。
――彼の命?どういうこと?同胞は国の滅亡を望んでいる。彼の死ではない。そんなの納得できるわけがない。
「陛下。無理です。私の、私たちの願いはカランティールの滅亡。あなたの命ではないのです」
「そうか、そうだったな」
ナムラはカラカラと笑い出し、その奇妙な様子にリチアは彼の正気を疑い、胸のあたりにもやもやと痛みを覚えた。
「陛下。私を弾劾してください。国に仇をなす者をして。そうすれば、あなたが苦しむことはなくなるでしょう。こんな茶番は終わらせましょう。私は、あなたが本当は立派な王であることを知っています。本来ならばザリト殿下よりあなたは良い王になれるでしょう。国民への愛情、国を愛する気持ち、それは王として大事なことです」
――そう。私の祖国の王にはそれがなかった。私の父にも。教養を高めるために、さまざまな本を読んだ。そして私は祖国が滅んだ本当の理由を知った。祖国が本当に滅んだ理由はカランティールによる侵攻ではなく、民意だ。民を置き去りにした政治。祖国の民は苦しみ、そしてカランティールに助けを求めた。
「弾劾。そんなこと、僕は絶対にしない。君を死に追いやるくらいなら、僕は、だが」
「陛下。私の目的はこの国の滅亡でした。けれども、カルカ達国民は、この国の民として誇りを持って生きている。この国はとても豊かです。王宮も民のことを思った政治を行っています。私は目的を変えることはできない。なので、終わらせてください」
「だめだ。それなら、僕は君を選ぶ。最初からそうすればよかったんだな。そうすれば君はずっと生きていてくれる」
「陛下」
ふと迷いが切れたような顔をして、ナムラは笑った。
即位してからの彼の行動は、彼より弟ザリトの方が王に相応しいと考えている者――いわゆる王弟派に勢いを与えることになっており、信頼を失ったナムラが王位への固執を見せることで、対立は一気に表面化した。
この対立にリチアの同胞は狂喜した。共倒れを狙い多くの同胞が民意を語りナムラに加担し、対立を煽った。
同胞はリチアの働きを讃え、共に祖国を脱出し今までアルホフの使用人として彼女の教育係であったナンデルは、涙を流した。
リチアはそんな中にいて、自分が何者か、何をすべきか道を失っていた。
王派を呼ばれているナムラ派は、王宮にはほとんど存在していない。
ナムラのことを認めていた宰相すら、彼の元を離れた。
ナムラが退位しないうちは彼が王であり、彼は引き続き王宮に留まり会議に参加する。
けれども、誰も彼を見ようともしない。
孤独な戦い。
誰も彼もが彼の退位を望んでおり、彼を邪魔に思う王弟強硬派からいつ暗殺されてもおかしくなかった。
そんな折、庭を散策するリチアに弟ザリトが話しかけてきた。
リチアが亡国の生き残りであることはすでに広まり、彼女の味方で供はカルカ一人であった。
王妃であるリチアに表立って危害を加えるものはいないはずだが、それはあくまでも希望的観測であり、カルカは緊張して、リチアに寄り添った。
「カルカ。大丈夫よ。元はといえば、私の犯した罪なのだから。ザリト殿下。私は逃げも隠れもいたしません。ですが、お話しする場所としてはこちらは適しておりません。どこか静かにお話できる場所はありませんか?」
今日の出会いはリチアがひそかに画策したものであり、ザリトと宰相のみがリチアの願いを知っていた。
なので、場所はすでに用意されており、リチアはザリトの配下の案内で部屋に通される。二人きりではなく、部屋にはすでに宰相がおり、話し合いは三人で持たれた。
「ザリト殿下、宰相閣下。すでにお二人はご存知だと思いますが、今回の対立は私の差し金です」
リチアはそう切り出し、二人は一瞬だけ顔を歪めた。
「私はヤンザムの最後の宰相の娘であり、このカランティールの滅亡を願い、陛下に近づきました。陛下は私の甘言に従っただけであり、裁かれるのは私一人で十分だと思っております」
リチアは最初からこうすればよかったと後悔で胸をいっぱいにしながら語る。
彼女自身を裏切り者と知っているのに、それでも愛してくれるナムラは、弾劾などできるはずがなかった。
対立が表面化する前に、自ら宰相にでも話していれば、今のような状態にはならなかったのだ。
今となっては、彼の命を救うことしかできないが、彼女は今まで支えてくれた同胞を裏切り、彼の命を救おうとしていた。
「王妃。なぜ、あなたは今になって語るのです。もっと早く語っていれば、あなたの命も救えたのに。陛下も、陛下も王として立派にやっていけると信じていたのに」
「私はあなたを許さない。兄の想いを踏みにじり、今になって真実を語るなど」
「許されなくて当然のことです。私を憎んでくださいませ。陛下にはすべて関係ないこと。陛下にはやましい思いなど一切ございません。私は、私は、彼のことを愛しています。今になって気がつき、やっとこうして、事実を語ることができました。けれども、陛下には決して私の思いは伝えませんように。陛下にはこれからの人生、私の存在を消し去り穏やかに暮らしていってほしいのです。陛下は自然が好きですし、離宮の暮らしにもなれましょう」
ナムラは王として過ごすより、ゆっくりと森の中で暮らすほうがあっていた。
彼は動物や、植物について多くの知識を持っており、そのことを語るときの彼は童心に返ったように目を輝かせていた。
出会ったとき、不思議な人だと思いつつ、彼の話に相槌をうった。彼の話にあわせるため、自然について多くのことを学び、その面白さに心を躍らせた。
「王妃?」
怪訝そうに問いかけられ、彼女は自分が涙をこぼしていることに気がついた。
宰相がハンカチを取り出し彼女に渡す。
「ありがとう」
リチアは礼を言い、涙をぬぐった。
王位継承の争いは、王妃の弾劾から始まり、ナムラの退位、そしてザリトの王位継承によって、幕が下ろされた。
第十六代カランティール王にザリトが即位し、最初に行ったのが、元王妃であるリチアの死刑執行であった。
処刑場に現れたリチアの美しい銀髪は白髪に変わり、罪状すら伝えず、首を括られる。足元の板がはずされ、一瞬で彼女は動かなくなった。
処刑は公開で行われ、涙を流す者をいたという。
ナムラは離宮へ幽閉になったが、リチアの死刑が行われた翌日、同じように首をつって死んでいる姿を発見されている。
☆☆☆
「ルーシェ!」
泥まみれで家に戻ってきたのは褐色の髪に、ひげを携えた目の優しい男だった。
怒りのままで迎えたのは、男のように短く髪を切った銀髪の女。その緑色の瞳は夫の泥まみれ姿を捉え、怒りに燃えている。
「ディン。子供じゃないのよ。泥まみれになって帰ってこないでくれるかしら」
「悪いなあ。だって、おいしそうな兎がいてさあ。追いかけていたらこの通り。でもほら、見事とに」
「兎。私、捌くの苦手なの知ってるわよね」
「知ってるよ。だから、僕が捌くんだ。ちょっと待っててね」
泥をつけたまま、台所へ行こうとするディンの腕をルーシェが止める。
「本当、すっかり森の暮らしに慣れちゃって。前の面影はどこにいったのかしら。こんな逞しい人だとは思わなかったわ」
「僕だってこんなに君が怒りっぽいなんて知らなかったよ」
「悪かったわね」
「悪くないよ。僕は変な笑顔を浮かべている君よりこっちのほうが好きだから」
にこっと女殺しにも相当する台詞を言われ、ルーシェは真っ赤になってその手を離してしまった。
「じゃ、捌いてくるね」
「待って、泥まみれ!」
「どうせ、血で汚れるんだ。着替えるだけ無駄だろう」
「そうだけど」
床が泥で汚れていくのを見ながら、ルーシェは頷くしかなかった。
カランティール王国の西の森には、それは、それは、仲睦まじい夫妻が住んでいた。
男の名前はディン、女の名前はルーシェといい、二人は森の中で静かに、末長く過ごした。
(おしまい)
君の望みが叶うまで。 ありま氷炎 @arimahien
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます