家を捨てさせるには何がいる?

ちびまるフォイ

ここは人の買ったはずの街

「ルールはこの街にある家を多く手にれた方の勝ち。

 なお、勝負にかかる費用は無制限となります。いくらでも大丈夫です」


ゲームが開始されると同時に自分と対戦相手には小切手が渡された。

ここに金額を書くだけでお金になるらしい。


とにかく、制限時間内に対戦相手よりも多くの家を手に入れなくては。


「不動産屋さん! すみません、家を買いたいんです!!」


「家を買う? 何いってんだい。もうこの街に売れる家はひとつもないよ」


「それってどういう……」


「言葉通りの意味さ。空いている家なんてひとつもない。

 ぜーーんぶ、すでに人で埋まっちまってるんだよ。買えんな」


「うそ……」


買える家がひとつも残されていない。

金額無制限の小切手の意味にそこで気づいた。


「まさか……これで買収するのか……?」


方法はそれしかなかった。近くの家のインターホンを鳴らす。


「なんですか? 新聞なら間に合ってますけど」


「この家を売ってくれませんか?」


「あんた、何言ってんだ」


「お金ならいくらでも払います! 1億でも10億でも!

 お願いです、家を売ってください!!」


「なんだこの怪しい業者は!?」


玄関で門前払いされてしまった。

必死に小切手を見せても売ってはくれなかった。


きっと相手が悪かったのだと今度はボロい家を訪れた。

これくらいの低所得者ならきっとお金の話に飛びつくはずだ。


「こんにちは、おじいさま。実はこの家を売って欲しいんです」


「……家を売るじゃと?」


「はい。金額はそちらがほしいだけのぶんを用意します。

 10億でも100億でも。悪い話ではないでしょう?

 嘘じゃないと証明するために、1000万さしあげます」


玄関先に出ていたおじいさんは顔を真っ赤にして怒鳴った。


「わしはここに50年住んどるんじゃ!!!

 老人だから金さえ積めば立ち退くとでも思っとるのかーー!!!」


「いえ、そんなつもりは!」

「帰れ! ぶれいもんが!!」


ふたたび追い出された挙げ句に塩をまかれた。


落ち込んで公園のブランコで揺れている間にも、

対戦相手の家が街のマップにどんどん勢力拡大しているのがわかる。


「まずいな……このままじゃ負けちゃう……」


いったい何がいけなかったのか。

いくら考えてもわからない。あるのは小切手だけ。


「待てよ……。この小切手の使いみちってとくに限定されてないよな?」


てっきり家を買うためにしか使えないがそうとは言っていなかった。

電話を一本かけると、営業職の知り合いがすっ飛んできた。


「電話聞いてびっくりしたよ。100万くれるから接客してくれって?」


「ああ、そうだ。はい100万」

「おおまじかよ!?」


営業には俺が無制限小切手を持っていることは話さずに

100万やるから力になってくれとだけ伝えていた。


「これからこの街にある家をできるだけたくさん買いたいんだ。

 でも、みんなに門前払いされているからとても買えない。

 営業のお前の力を貸してくれ」


「100万もらったらやるしかないだろ」


金の話は俺の方で行い、そこまでの誘導を営業が務めることに役割分担した。

営業はまず街をぐるりと見回して新しめの家を狙った。


「お、おい……ここ見るからに新築だぞ? こんなとこ買うのか?」

「黙って営業についてきな」


営業はインターホンを押す。


「どーもー。はじめまして、私営業と申します。

 ここは素晴らしい家ですね、新築ですか?」


「ええ、まあ……引っ越したところです」


「まだ荷物はほどかれてない?」

「それがなにか?」


「実は、この家をほしいという人がいるんですよ。

 しかもこの家の2倍の金額をあなたにお支払いするというんです」


「まじですか?」


「ええ、本当ですとも。いかがですか?

 ご夫婦でもっと良い家をキャッシュで買えるんですよ?

 今なら引っ越し準備も簡単にすみますし、悪い話ではないでしょう?」


あれよあれよと新築の夫婦は俺の小切手を受け取り、家をあけ渡した。


「お前……すごいな……」


「ああいう若い夫婦は上昇志向が強いからな。

 お金に関する感度も高い。今よりもいい環境が手に入るなら断る理由もないさ」


「俺のときは断られたんだけど……」


「いくらでも払うって夢物語を聞かせるよりも、

 2倍を支払うっていう話のほうがリアリティが合って想像しやすいんだよ、きっと」


営業は「次行くぞ」とまるで2件目の居酒屋でも探すようにあるき出した。

次も同じように新築の家を狙ってバンバン営業をかけていく。


街のマップにはどんどん俺の家の数が増えていく。


「おい、もう新築の家はないみたいだぞ。この先はどうするんだよ」


「次はこっちだ」


営業が狙うのは中高年の家を狙い撃ちした。


「こんにちは、実はちょっとこの家を買いたい人がいるんですよ」


「この家を? ごめんなさいね、そういうのは断ってるんですよ」


「ところで、お宅の近くにお住まいの佐藤さんはご存知ですか?」

「新婚の?」


「ええ、あの夫婦にもこのお話をして、今は新しい場所に行ったんですよ。

 近藤さんはご存知ですか?」


「え、ええ」

「あちらもこの話を受けて家をお譲りくださいました」


こっちは嘘だった。というかまだ営業もかけていない。

顔色ひとつ変えずに嘘を言える営業に舌を巻いた。


「この地区でまだお譲りしていないこの年齢層だとお宅だけになりますね」


「……いくら、ですか?」


交渉の末に家を明け渡すことに成功した。


「あの手の年齢は周りから浮くことが怖いんだよ。

 金額よりもまずは世間体を攻めたほうが良いってわけだ」


「なるほど……。でも中高年の層はもうだいたい買ったぞ?

 あとは高年齢層の家だけだ」


最初に俺が声をかけて塩をまかれた苦い思い出がある。

あの頑固オヤジを説得するのは至難の技だ。


「大変です、おじいさん。この家はシロアリに食われまくって、

 柱も天井もボロボロでこのままでは震度1で倒壊してしまいます!

 私が転居費用はすべて負担しますので、はやく避難しましょう!」


「なんじゃと!? それは早く移動しなくては!!」


「落ちるのはや!!」


あれほど手こずっていた高年齢帯の家も手に入れることができた。


「あんな感じで今の生活が壊れてしまう不安を煽って、

 "なんだかわからない未知の恐怖"を伝えれば一発よ」


「今度から営業という文字の読み方は"さぎし"にするよ」


営業の努力のおかげで最初は圧倒されていた家の分布図も

しだいに俺が取り戻してついに逆転したまま時間終了となった。


「ゲーム終了です。手に入れた家の数は500戸のうち

 350対150 で佐藤氏の勝利です!」


「クソ! 助っ人を雇うなんて汚ねぇぞ!!」


「小切手の使い方に制限はありませんから。

 ミサイルを購入して街に打ち込むから全員転居させる方法などもできましたよ」


「ああ、そうかよ!!」


「待ってください。敗者にはお互いに消費したすべての金額を肩代わりする必要があります」


「えっ……」


敗者の顔色がみるみる青ざめていく。

他人の金だと安心して大量に無駄遣いしてしまったのだろう。


敗者は俺と敗者の消費したぶんの金額を精算するためにどこかへ連行された。


「あの……俺には賞品はないんですかね?」


我ながら卑しいとは思ったが確認せずにはいられなかった。


「もちろんございます。今回あなたが手に入れた家のうち1つ。

 好きなものをあなたの家としてお譲りしましょう」


「本当ですか! それなら超絶豪華な豪邸を1つもらいます!」


「かしこまりました」


ゲームに勝った賞品として庭にプールがあるバカでかい豪邸を手に入れた。

これからは家賃の心配もなく、みんなから羨ましがられる一級品の家で暮らすことができる。


「ところで、家を買い取っているときに気になったんですが

 街の入り口にある変な標識があったんですけど、わかりますか?」


「ええ、あれは宇宙人保護区という標識です。 

 ゲーム開催にあたってこちらで準備しました」


「どういうことですか?」


ゲーム運営はにこりと笑って答えた。



「いえね、これから宇宙人が大量にやってきますから、

 住むための空き家がたくさん必要だったんですよ」



宇宙人だらけの街でひとりだけいる人間はやがて豪邸を手放した。

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