異世界都市伝説

@Ethyrene

白い少女

 これは、とある国の酒場で聞いた話だ。

 

 三十年ほど前、その国の貴族の一家が惨死体で見つかったそうだ。

 父親は全身に殴られたような打撲傷と複数個所の骨折。その遺体の近くには血の付いた椅子があったため、それで殴られたという結論に落ち着いた。母親は全身に刺し傷があり、手足の指はいくらか切り落とされていた。さらには内臓も一部抜かれていたという。

 彼らの一人娘だけは唯一他殺ではなかったそうだ。彼女は両親の遺体があった部屋とは別の部屋で首をつっていた。真っ白で美しいワンピースを着ていたという。状況的に見ても彼女のみは自殺だろうと断定された。

 最終的にこの事件は、どこかの夜盗が強盗に入り,

 そのついでにすでに自殺していた娘を除き惨殺していったのだろう、ということになった。

 実のところ、この一家の評判はあまりよくなかったため誰もが早く忘れたかったという理由でろくな捜査も行われなかったそうだ。その評判は市民はもちろん使用人からですらまさに地を這うほどだったという。

 

 さて、事態はそれから数日後に動いたという。

 殺害された貴族一家の調査に携わった騎士の一人が不審死したそうだ。その騎士は自宅の寝室で溺死していたという。そう、水気の一切ない寝室で溺れ死んでいたのだ。

 確かに魔術を使えばそのようなことができるのかもしれない。だが、それには魔術への造詣が深くなければ不可能だろう。しかしながらその街にはそこまでの技量の魔術師はいなかった。そう、本来ありえないはずのことが起きたのだ。

 さらにはその騎士は正義感に溢れ、社交的な性格のため誰からも慕われていたそうだ。その評価は街の人々からはもちろん、騎士団内部でも同じだった。つまり恨みから誰かが魔術師を雇って殺害させた、という線はありえなかった。

 理由もなければ犯人すらわからないこの事件に誰もが首をかしげている中、またもや変死事件が起きた。

 

 次に殺されたのはまたしても調査に携わった者だった。

 次の被害者は魔術師だった。そこまで技量があったわけではないが、それでも容易に殺害することはできないだろう。

 しかし、実際は違った。壁の焦げ跡からファイアボールなどの魔法を使用して抵抗した後はあるものの、彼は殺されたのだ。

 彼の殺害方法もまた奇妙、というよりは常識ではありえなかった。彼は氷漬けにされた後でものすごい力で砕かれたとしか考えられない状態だったのだ。

 これもまた、魔術でもできるのかもしれない。だが、人間一人を丸ごと氷漬けにしてしまえるような魔術は人間では扱いきれないというのが定説だ。

 そして、この時ようやく人間以外の生物、つまりは魔物と呼ばれる生物が犯人だと目星がつけられたのだった。

 

 それからしばらく経ったが、騎士団の調査は芳しくなかったそうだ。街の内外の見回りの強化をしたが何も見つからなかったという。

 だが、しばらくは怪事件は発生しなった。そのため、この一件は収束したと勘違いされることになったそうだ。

 

 次の事件が前回から一週間ほど後だったそうだ。

 その被害者は市民の一人だった。もちろん、以前の貴族の件とは一切関係がない。そのため、それまでの二人にあった共通点がないのだ。しいて言うならば、貴族の死後に娘に関する噂話にも満たない世間話をしていた程度だろう。

 今回の殺害方法は斬殺だった。ただし、ただの斬殺ではなく恐ろしいほどの切れ味の何かでの行われたと考えられた。それほどまでに切り口が滑らかだったそうだ。

 ただし当時はもちろん、その事件から十年経った現在でもそのような武器を作るのは難しい。

 そのことからまたもや魔術による犯行であるというところまでは考えられたものの、どのような魔術までかはわからなかったという。

 

 そして、この時点でその街ではある噂がささやかれるようになった。

 それは「この一連の騒動は貴族の呪いだ」というものだ。もちろん、そんなものは根も葉もないただの噂であるはずだったのだ。そう、「だった」のだ。

 この市民殺害事件のあと、この噂が広がる速度とほとんど同じ速度で怪事件が増えていったのだ。

 一気に件数を増やした一連の怪事件はもはや騎士団の手に負えるような代物ではなくなっていた。確かに騎士団は2小隊ほどの人数でしかなかったが、通常の事件ならばその数で解決までこぎつけていた。しかし今回は犯人が神出鬼没であり、どこで誰が殺害されるかもわかったようなものではない。できることといえば、騎士団すべてを動員して街中を見張る程度だったのだ。

 そんな彼らを嘲笑うかのように、ついには家から外に出ていない人間すらも標的となった。

 

 こうなった時点でもう街としての機能はほとんどなくなった。もともと多くの人が殺されたうえ、誰もが恐れて外に出なくなった。さらには街自体を恐れて街から逃げ出す人も出始めたのだ。確かに相当な理由がなければ、好き好んでいつ何かに殺されるかわからない場所に住まないだろう。

 

 それからしばらくして、街の住人が半分以下になったころになってようやく犯人の目撃情報が上がってきたそうだ。

 犯人は少女だったと誰かが語った。翌日、その誰かは大量の水を飲まされて死んでいた。

 犯人は白いワンピースだったと誰かが語った。翌日、その誰かは氷の彫像にされて死んでいた。

 犯人は足がなかったと誰かが語った。翌日、その誰かは上半身と下半身に分断されて死んでいた。

 そして、誰かがこう言った。あの顔は見たことがある。あれは貴族の一人娘だ、と。

 翌日、その誰かは元が誰だったかわからないぐらいに顔を殴られて死んでいた。

 

 さて、ここまでの話を聞いている諸君は気づいたかもしれないが、貴族の娘だった魔物は彼女自身の話をしたものを殺害して回っているのだ。

 だからと言って彼女を話題にあげなければいい、というわけでもないらしい。目撃しただけでも殺害していたのだ。きっと、自分のことを誰にも知られたくなかったのだろう。

 余談ではあるが、、街から外に出ようとする人々も殺害していたそうだ。もちろん、その時は誰も知らなかったそうだが。

 

 最終的にこの町がどうなったのか。答えは簡単である。滅亡した。

 ただし、ただ滅亡したのではない。人口がどんどん減っていき、元の1/3程度となったところで貴族の娘だったモノがすべての住人をゾンビ、グール、ゴーストなどといった魔物に変換したのだ。

 晴れて死人たちの楽園の完成と相成ったそうだ。

 

 これでこの街、不死街ファルバロスの話はおしまいだ。

 今でもこの街は死に拒絶された者たちで溢れかえっているという。若者たちが怖いもの見たさに訪れることもあるそうだが、生きて帰ってくることは一度もなかったそうだ。

 

 では、最後にオチをつけさせていただこう。

 この話を酒場で聞いた後、私は彼に夕食でもおごらせてくれと言った。だが、彼はそれを断った。ならば握手だけでもといったが、またもや彼は断った。

 仕方がないので私は正直にお礼をさせてくれと言った。

 そうしたら彼は苦笑してこういったのだった。ならばあなたの魔力を少し分けてくれ、と。もちろん私はそれを快諾した。

 そうしたら、彼はありがとう、と言いその半透明の手で私の頬に触れて魔力を少し吸い上げた。

 それが終わると、彼はまるで空気に溶けるように消えて去っていったのだった。

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