エッチな本

誠は中庭のベンチに腰掛けて日課である読書するふりを始める。

昼休みは終了し授業が終わり部活の時間、部室には行かずに誠は一人野球部を観察していた。

監視カメラからの映像で誰がやったかは判明し、マウセの生徒である一人の少女とその少女と会話していたであろう鳥人種のある生徒の姿を見ていた。

彼女がスマホに送ってくれた動画には鳥人種の少女が灰鼠種の少女を脅迫、何かを見せて会話する姿があった。

どの生徒か、どこで脅迫をしたか、その証拠もある。

学校側に訴えかければ彼女らは罰せられるだろう、だがそれで実質的に解決するかどうかで言えば否だ。

もし灰鼠種の少女が脅迫されて無理やり盗難行為に加担させられていたのなら情状酌量の余地があるし、鳥人種の少女が何故このようなことをやったかの証言がない。

あくまで女子高校生、まだまだ子供でありもし逮捕、もしくは呼び出されても泣き落としや適当な言い訳でその場をしのごうとする可能性は高い。

そうなれば教師側に有耶無耶にされて今回の事を無かったことにされる可能性だってある。

ならば確たる証言、本人の自白さえあれば教師側も動かざるを得ない・・・・・・・・

だからこそ誠はどうやって自白させられるか冷静に考えていた。


「こんにちわ」


「ん?どうした?」


後方から話しかけてきた鳥人種の少女ーー葵に彼は返答する。


「お礼をまだいってないなって思って。今回真面目に助けてくれてありがとうございます。それと誰が盗んだかの目星はついてるんですか?」


「......知らないな、まだ調べ途中で誰かわからない。そもそも学生が調べられるだけの範囲は無理があるんだよ、できるだけ見つけるよう努力はする」


「そうですか、それと......」


明らかに彼女の視線が冷たいのを見て誠は首をかしげる。

こんな健全な学生を捕まえてなに絶対零度の視線をしているのだろうか。


「どうした?ジト目はあまりよろしくないぞ?」


「いや、女の子の前で堂々とエッチな本やめてくれませんか?」


「どこがエッチな本なんだ?」


自分が読んでいるふりをしている本のタイトルはOPPOSITE SEXというタイトルの本である、つまり性別の差による種族内の男女差別を説いた数百年前に書かれた古書である。

うちの家の書斎にあったので持ち出したの(無論レプリカ)を今持っている、つまりこの鳥人種の少女はSEXという単語から性的な物の方を連想したのだろうか。

誠は下衆い笑みを浮かべて口を開く。


「いやーこの描写が素晴らしいんだよ、こんな熱く語ることができるなんてきっと実体験なんだろうな」


この虐められる描写は差別の実体験からくる物なんだろうなと誠は思う。

だが何を勘違いしたのか彼女は頬を赤く染めながらも呆れた様な目を向けてくる


「その、学校で読むものじゃないです!せめて楽しむなら家で!」


「はい?何をいってるんだお前は。学校だからこそ読むんだろう?それに家ではもう楽しめなくてな」


差別に関する本なので教育的で学校で読むべき本だろう、学校で読むから周りの異種族の生徒達が仲良く笑っているのがこの差別をなくした人間の結果であるとかんがえるからこそ感慨深いものがあるのだ。

彼の笑みを何を、ナニを勘違いしたのか彼女は最低です、と残して何処かに歩いて行ってしまった。


「それにしても青春を謳歌するやつら爆死しろとか数千年前のライトノベルとかいう遺産に書かれてたらしいよなぁ......」


確かタイトルは俺の青春ーーなんとかなんとか、それ以降はかすれて読めないらしい。

自分の青春自慢話なのだろうか、とりあえず考え事に集中してしまうと他のことができなくなる不器用なタチなので野球部の観察に集中する。

彼の狙いは簡単、葵の薬剤を盗むように仕向けたであろう同学年の鳥人種の生徒を眺める事だ。

野球部のマネージャーをやってるのか練習を終えた男子生徒にありふれた笑みを浮かべて水を配っている。

一見ただのマネージャーで怪しい行動はないのだが明らかに生徒毎に対応が違う。

簡単に言って豚獣種の小太りの部員が水を貰う時に愛想よく笑ったのだが無視し次の生徒に水を配っている。

だがなかなか顔の良い鳥人種の男子部員の時には自分から話しかけて長々と話を続けている。


メモ帳に対応を書き上げていき高待遇順に番号を振った。

これだけ見ると顔によって対応を変える女子高生の鏡なのだが一部のイケメンの生徒にも酷い対応をしていた。

つまり顔は彼女にとって重要な要素ではあるが種族もまた重要という事だろう。

誠はある程度の予想を立てながら思案していると頭部にチョップをお見舞いされ今日は良く後ろから話しかけられる日だなと思いながら振り返った。


完全なる絶壁ーーではなくきらきらと視界に映る金髪に見慣れた上着、エルフの先輩がそこにいた。


「後輩、今君失礼なことを考えただろう?」


「大丈夫ですよ先輩、俺が失礼なことを考えてようがそれは思考の自由ですよ」


「そうか、つまり君は失礼なことを考えてたんだな?それと葵とやらが君が官能小説を読んでると騒いでいたんだが」


彼は差別を事細かにねちっこく描いた本を読んでいただけであってそんなもの読んでいない。

なので正直に話す。


「なんの話ですかね?俺はただ単にSEXの本を読んでいるだけですよ?」


性である、英語のタイトルなのでしょうがないのだ。

なので勘違いされようと彼に非はない。

エルフ先輩は何か察したように愉快そうに笑う。


「よしわかった、わざとおちょくったな?」


「察しのいい先輩は嫌いじゃありませんよ」


「随分といい性格をしてるじゃないか」


「ムッツリ女子高生が勘違いしようが俺に非はないですから」


SEXと言えば中学の頃にバカみたいに下ネタを騒ぐ奴がいたなと彼は思い返す。

英語の辞書を開いてニヤニヤと言っていたのだがその下の性別を指すという言葉を見ていなかったのだろうか。

彼女はマコトの横に腰掛けると腕を組んだ、無論その腕に乗る立派な胸は無い。


「官能小説を読み耽っているのじゃないのなら君は何をしてるんだい?」


「本を読んでいるんですよ」


「嘘だな、先ほどから目が本の方向を向いていない」


「よく見てるんですね、ストーカーっぽいっすよ」


「酷い言いようじゃ無いか。私がストーカーであった場合君は既にこの世にいないだろう」


「なんすかそれ?微妙に中二病くさいんですが」


「エルフというのは粘着質で強欲なんだよ、もし欲しいものがあれば誰にも譲らず手に入れる、それがエルフだ」


「でもそれって嘘でしょう?確か一人の貴族が異常に粘着質だったのがエルフ全体のイメージを変えてしまってるとか」


「私がその家系の場合私は粘着質だな」


「な訳ないでしょ、確かその貴族って創作上の存在ですし歴史上に存在しないんじゃないんでしたっけ?」


「歴史というのは都合よく改竄されるものだ。それに創作上だろうとモチーフになった人物は存在する。そもそもーー(略)貴族という制度はーー(略)」


「あーそっすか」


長い話を始めた彼女の言葉を右耳で聞いて左耳から出した。

要するに聞かずに流しているのである、野球部の練習試合が始まっていたのか威勢のいい声が彼の耳に入る。

どうやら誰かがホームランを打ったらしい、マネージャーである今注意深く見ている少女がジャンプしながら応援をしていた。

重力に負けた胸部が飛ぶたびに大きく揺れる。

これは犯人の動向を調査してるのであって下半身に忠実にいきているのではない、そう誠は理論武装して今打った男子生徒を眺めた。


「そうかそうか、君は巨乳好きのホモだったか」


と、突然エルフ先輩は呟いた。


「いや待ってくださいなんの話っすか?」


「私との会話を蔑ろにして鳥人種の巨乳を眺めている。その上今見てるのはあの世間一般でのイケメンだろう?巨乳好きのホモじゃないか?」


「ホモは否定させてくださいよ、あくまで俺はノーマルですよ」


「あのような駄肉を好いている時点で君はもう末期だと思うがな」


「あっそういうことですか、ある古書の一冊には『貧乳は特別ステータスである』っていう一節があったらしいですよ」


「つまり私が貧乳だと言いたいのか?見てもいないくせに?」


「いやだって俺に絶壁を見る趣味はないですし」


「ほう、死にたいようだな」


「そうやって反応するってことは自覚があるってーー」


「それ以上言うのであれば武力行使も辞さないが?」


「やめておきます」


「よろしい」


なんせ最弱の種族の人間種様なのだ、エルフと喧嘩して勝てる道理などない。

そもそも彼女と喧嘩する意味は無いのでただの時間の無駄である。

彼は腕を伸ばし、ストレッチすると脇腹と突かれ視線を向ける。


「後輩、これならどうだ?」


華奢な腕、紅葉のような小さな手に粉雪のような肌、視線を吸い集めるような金色の髪、そこには幼稚園生ほどの身長の少女がいた。

だが容赦、主に顔からだれかわかる、先輩である。


「......何やってるんすか?」


「魔法だ、エルフは魔法に長けた種族なんでね、化けさせてもらった」


「そうですか、というか先輩、エルフって魔法使用禁止じゃ無いんですか?」


鳥人種に飛行免許があるように森人種エルフにも魔導使用許可証という国家資格がある、というか免許だ。

多種族が溢れるこの世界で過去の習慣に習い、というか法律で禁じられている食殺、要するに他の人間を食すような頭のネジが飛んだ人間も多々いる。

そういうのを制圧する為に一部の警官では押し切れず逆に食札される事もあるので法律として制定されたのが武力行使許可証だ。

高校の教育過程で戦闘に長けた種族は誰もが大体許可証を取るのだ。

許可証がある、ということは持っていない人間には許可されていないということでもある。

なのに彼女は得意気に笑う。


「私有地の中では許可されている、つまりこれは違法ではない」


「ここ先輩の私有地じゃ無いっすよ?あと幼女の姿やめてくださいまじで。俺がロリコン扱いされるの嫌ですし」


「......ロリコンでも無いのか?てっきり絶壁とか言いながら毎日見るから幼女趣味でもあるのかと」


ぽんっと、光が舞って幼女となっていた彼女の姿が一瞬で元に戻った。

まさしく魔術、誠は若干恐ろしさを感じながらも一切顔に出さずにその凄さに唾を飲んだ。


「あるわけないでしょ?」


「後輩」


「なんでしょう?」


「やはり君はホモだったか」


「先輩は腐女子なんですか」


...。

数十秒に及ぶ沈黙が場を包み野球部の声が響き渡る。

どうやらホームランを放ったらしい、歓声が彼の耳に聞こえる。


「何をバカなことを言っているんだい?」


「いやそこまで俺をホモ認定したがるということはBL展開を求めているということでは?」


ホモと言われて必死に抵抗するのは弄られキャラと称され虐められる側の人間である。

男子に言われた場合の正しい返答はお前ホモなの?で、女子に言われた場合はお前腐女子なの?だ。

誠が昔知り合いの相談に乗った時に言った言葉だ、結局その友人はそれを言って本当にホモになってしまったのである。

別に他人がどういうものを好きになろうが性別の壁をこえようがただの友人である誠が何を言おうと余計なお世話だし、誰がどうしようがその個人の勝手だ。

だがそれを言われた時誠はごく普通に本を読んでいた。

いつも通りテストがうざいだとか当たり障りのないことを話していたのだが突然脈略もなくその友人はこう言った。


『なぁ、お前っていい男だよなぁ?今度うちに泊りに来ないか?はぁはぁ』


無論ノーと答えたがその後も似たような会話を1日に1度言われ高校入学までそれは続いた。

もしイエスと答えていたらどうなっていたかと考えるとなかなかに笑えない。


「同級生と一切会話しないような君は男友達すらいないのにどうやったら私がBL展開を望むであろうと勘違いできるんだい?」


「はいはい、そうっすね」


思い返して吐き気を感じた誠はいい加減な返答を返した。


「仕返しかい?」


「俺は真の男女平等主義者を訴えるタイプの人間なんでホモ認定されたら全力でさりげなく言い返しますよ?」


「サイレントノイズ並みに矛盾してるじゃないか」


「どことなく全力でどことなくさりげなく仕返しするんすよ」


そう言いながら誠はぞんざいにメモ帳をしまうとぐいっと両腕を上にあげて筋肉を伸ばしストレッチをする。


「それで結局誰が盗んだかわかったのか?」


「突然話変えすぎっすよ......犯人なんてさっぱりで.......」


さらっと嘘を吐いて誠は頬を掻く。

今彼女に相談したところでいい結果になるとは思えない、合理性重視の彼女のため十中八九薬の返却と犯人たちへの罰を望むだろう。

だがそうなれば本質的な解決にはならない。


「嘘だな」


そうさらっと彼女は一言。


「いや、なんで嘘だろって言われるんですかね?」


「知ってるか知らないが君が嘘をつく時わかりやすく頬を掻く」


「こんなの癖っすよ、嘘をついてなくてもしょっちゅう頬掻くんでね」


そう言いながらも誠は頬を掻こうとする手を止めて平静を取り繕う。

鳥人種の葵は簡単に騙せたのになぜ彼女はここまで鋭いのか。

数ヶ月一緒の部活にいると言ってもたかが数ヶ月、相手が嘘をついてるか否かなんてわかるはずがない。

先ほどストーカーかっと茶化して言ったが強ち間違いではないと彼は思った。


「そうか、なら良いんだが。信用してるとか言っていても所詮それぐらいなんだな」


「いや、そーじゃなくてですね」


「一緒だよ、信用してるのなら私にどう解決するか相談すべきだ、どうせ何かしら悩んでいるんだろうがそれすら相談してくれないのなら信用してるとは言わないだろう」


何時もの落ち着いたミステリアスな雰囲気を漂わせながらも彼女はぐだぐだと言い逃れを続けようとする誠を遮り強めに言葉を述べた。


「そうっすね」


「そうだ。それと勝手に自己完結して諦めた場合いい結果は得られない。どうせ一人でやろうとか覚悟してるんだろうが覚悟は諦めの同義語だ、結局諦めてるのさ」


「先輩って悟り妖怪かなんかですかね?」


「そんなわけないだろう?ということは図星だったということか、なら敢えてこう言わせてもらおう、私は今回の件に関わらない、勝手にしろ」


「なんで怒ってるんですかね?」


「怒ってはいないさ、面倒だから関わりたくないって話だな」


「そうっすか」


エルフの少女は立ち上がってどこかへと歩いていく。

その途中で踵を返して誠の方を見ると一言。


「泣きついて来ても助けないからな?」


「わかってますよ」


そう言い捨てて彼女は歩き出した。

そして誠が別の作業を始めようとしたタイミングで彼女はもう一度振り返った。


「助けてやらないぞ!」


「わかってますって」


「絶対に絶対助けてやらんぞ!」


「わかってますよ!」


強めに言い返すと彼女は早足で行ってしまった。

実際誠は今回の件を解決してやりたいと今は心から思っていた。

クラスで浮いていると言っていたがそれは重要な薬剤を盗んでいい免罪符にはならない。

何よりこのまま何かをやらかして彼女の立場が悪くなり虐めに発展するのはとても無視できなかった。

葵はチャラチャラとした雰囲気と違って意外と真面目でハキハキと喋る真面目な少女で飛行免許もきちんと勉強をしているようだった。

なのにこんな嫌がらせか何かで彼女が落ちるのは理不尽極まりない。

誠は覚悟を決めて立ち上がり野球部の方へと歩いて行った。

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