デモデモデモクラシー

「でだ、盗まれたとか言ったがどの部屋でどの時間帯にお前は鞄を置いた?」


学校というのは多数の未成年の学生たちの学び舎であり馬鹿な考えを起こした人間が入ってこないとも限らない。

その為学校中に防犯カメラが配置されており学校が雇用している警備員の元へと届く。

なのでもし盗まれたとしたら防犯カメラから誰が盗んだかがわかるかもしれない。


「わからないんです」


「と、いうと?」


「私はあの日トイレに行く時以外、というか鞄を移動教室の時以外教室の机の横に掛けておいたんです」


机の横のフック、そこに掛けておけば教室にいるときぐらいはどうなってるか把握できる。

移動教室の際もクラスメイトならば一緒に移動しなければ次のクラスに間に合わない。

教室を出る順番として翼がかなり縮められるとはいえ、ある程度面積を取る鳥人種は最後に教室を出るのがマナーになっている。

なので鳥人種の彼女が最後に出るのであれば他のクラスメイトが教室に戻ったりすれば印象に残るし犯人も簡単にわかるであろう。

ならばトイレに行ったタイミングだがーーここまで考えて誠は察する。

だが態とらしくわからないという風に彼は首を傾げる。


「それじゃあいつ無くなるっていうんだ?」


「わからないから困ってるんですよ!


それを聞いてエルフ先輩はニヤリと笑いここぞとばかりに喋り出す。


「ほうほう、つまり君の相談は解決法がない為こちらも丁重にお断りさせてもらーー」


「だから先輩はどうしてそこまで断ろうとするんですかね?生徒会にポイする奴にもクラブとしての実績とやらが必要じゃないんですか?」


今こうやって相談しにきた人間がいるのならばそれを解決して実績にして仕舞えば良い。

そもそもこの実績制度は意味もない無為な部活に費用を割かない為の物だ。

なので新しく作ろうとしている文化部系の部活にとってこれは最大の問題になる。

比較的運動部は優遇されているので部活で行うスポーツと一定数の部員を入れれば部活成立となるのだ。

ただでさえ世知辛いのだからこちらから探さなければいけないぐらいなのに断ってどうするんだという話。


「そんなもの適当に書いて提出して仕舞えば良い。捏造しようがばれない方法だっていくらでもある」


「待ってください、もしかして私の相談聞くだけ聞いてさようならするつもりなんですか!?」


話の流れを理解して葵は声を荒げるが雰囲気変わらず、寧ろ一切気にしないかのように彼女は続ける。


「私は反対だ、部長権限でこの相談はなかった事に......ものすごく納得してなさそうな顔だな」


「先輩に聞きますがなんでそこまで嫌がるんですか?」


「ほう、後輩まだ気づかないのか」


「へ?」


「はぁ......これだから後輩は」


彼女は呆れたように小さく嘆息し、やれやれと行った様子で誠の左隣に腰掛けた。


「まるで蔑称のように後輩って言わないでくださいよ」


「そんなことは問題じゃない。いいか後輩?こいつが嘘をついていない確証なんてない」


小さな声で葵に伝わらないように彼女は呟いた。

嘘をついていない確証、確かにそれはない。

だがそれでも相談にしてきて悪ふざけにきたのであれば馬鹿だなで笑えばいい。

つまりそれは大した問題ではないと誠は思う。


「確証なんてないって言っても嘘をつくメリットがないじゃないですか」


「だが彼女にメリットがある可能性はある」


「そんな事言ってても何も始まらないじゃないですか」


疑うことは重要だが疑いすぎて疑心暗鬼になって仕舞えば本末転倒、なんの意味もなく時間を浪費する事になり結果は得られない。

真っ直ぐな目で続ける誠の頬に真っ白な指が伸びて思いっきり引っ張られる。

痛みを訴えながら彼女の顔を見ると何故か、怒っているのを露骨に顔に出していた。

眉間に皺を寄せて強く彼女は睨んで誠は怯む。


「後輩、近年異種同士での冤罪痴漢が増えている、もしかしたら彼女はそれを狙ってるのかもしれない」


「と言うと?」


「いくら飛行免許が欲しがろうが発情期で誰かを襲うリスクを考えれば申請するのが普通だ、だが彼女はそれをしない、そして盗まれたと彼女は言った」


でもそれは先ほど葵が説明したはずだと彼は視線を翼についた蜘蛛を払おうとあたふたしている葵に向ける。

確かに発情期で誰かを襲ってしまうのは危険で法的にも違法である。

過去に発情期を利用した致し方のない事として犯罪が行われたが加害者は無罪で釈放された。

だがその後にそれが故意に行われたとして新しい法律が作られたはずだ。


「つまりだ、後輩。もし彼女を取り押さえ角砂糖を飲ませようと後輩がやったとしよう、はっきり言ってそんなのは不可能だ」


「不可能って流石に同年代の女子には負けませんよ?」


「君は馬鹿か?矮小で最弱の座を争うような人間種が鳥人種に襲われて勝てるわけないだろう?」


「いやまぁそうですけどそこはなんとか気合いと根性と武術でどうにか痛っ!?」


ぐりぐりと足を強く踏みつけられて彼は抗議するかのように彼女の顔を見るがいたって真剣な顔でふざけてるように見えず口を噤む。


「良いか?君が彼女に貞操を奪われたとしよう、そして学校側も監視カメラからそれを知るだろう。そしてその盗まれた薬剤とやらが後輩、君の鞄の中から発見されれば学校側はこう思う。性欲が抑えきれなかった非社会的な男子生徒が鳥人種の女生徒から薬を盗み故意に発情させ自分を襲わせたと、な」


「でもそれであいつのメリットってなんですか?」


「まだ気づかないのか?女、特に最近の馬鹿な女子高生は金のためなら悪どく人を利用するんだ」


「その言い方だと先輩もその悪どい女子高生ですけどね」


グリグリ、余計な茶々を入れるなという事だ。

確かに彼女の話はどこまで言っても憶測だか現実味がある実際に起こりそうな事だ。


「もし今言ったことが現実で起きた場合世間は彼女に同情し君は逮捕され彼女は慰謝料を請求、そしてある程度の金額を手に入れられるだろう」


「すっごい現実的ですけど結局俺の心配してるんですね」


「自意識過剰だな、あくまで自分の思い通りにならないということが気にくわないだけだ」


プイッと顔を背けるが一応こっちを気遣ってくれているんだろうと思い誠は心の中で彼女を尊敬する。

普段から自己中心的な行動を続けて入るが他人のことは考えてくれる、確かに彼女は自分の先輩だ。


「ですけど俺はやっぱり相談を聞いて解決してやるべきだと思います」


だがそれでも誠は自分の意思を変えない。

こうやって助けを求められて否定されて逃げられる怖さを味わったことがあるからせめて彼女が悪かどうかぐらいわかるまでは調べるべきだと誠は思った。

一部の悪ふざけをする不純な人間なせいで本当に助けが必要な人間が損をする、そんなことは本来起こってはいけないことだ。


「じゃあ勝手にしろ、何か本当にダメだったら言ってくれ、手頃な人に嫌われる方法百選を教えてやろう」


「ありがとうございます、本当に助けが必要だったら全力で頼ります」


「おい誰も頼れとは言っていないぞ?」


「でも頼ったら助けてくれるでしょう?」


「随分と人のことを知ったかのように言うんだな」


「先輩だけは信用してますから」


勝手な期待かもしれない、だがそれでも誠は彼女を心から信用していた。

彼女はふんっと鼻で笑って薄い胸周りの胸ポケットから文庫本を取り出してしおりの部分から続きを読み始めた。

誠は葵に向き直りーーこう言った。


「放課後に部室に来い」






真っ暗な部屋、機械の電子音のみが部屋を満たすその場所で黄土色の髪を持つ土竜種モグラルの少女は静かに一言。


「ん」


土竜種の少女は口だけを横に向けて画面に映る学校中の防犯カメラの画像を黒い双眼を目まぐるしく動かし異常な速さで確認していく。

土竜種モグラルーーそれは最もこの世界で警備に向いている種族である。

彼ら彼女らは産まれながら視力が弱く、というか陽の当たる場所では視力が無いに等しい。

だがほぼ全ての土竜種は思考能力が高く情報処理の速度があらゆる種族が溢れる現代社会で最高を誇るのだ。

見で見た情報を一瞬で処理、先ほどから誠が頼んだ物を全力で探しているのだ。


「はいはい、言葉を使ってくれよ」


ホイッと誠はポリッキーと呼ばれるスティック状の菓子を見た目少女の彼女の口に入れる。

ポリポリポリと素早く噛み砕かれその口内に次から次へとポリッキーが消え、数十秒たつとまた眼前の画面に集中し始めた。


学校に引きこもりーーというか出ることが面倒でやめてしまった警備員の彼女の世話を誠はしていた。

学校側も彼女の事はどうにかしようとしてるのだが警備員としてきちんと仕事はしてるし実績もある、そんな彼女を追い出すこともできなければ解雇することもできなかった。

その上重要なのは彼女は給料を請求していないということだ。

現物支給のみを求め働く彼女は二つの物を求めた。


まず一つ目、学食の使用権、年中空いてる学食の使用権を彼女は請求した。

そして二つ目、生徒を一人雑用に求めた。

雑用である。

そう雑用である。

様々な種族がいる中彼女は鳥人種の以外なら誰でもいいと言い、学校側は適当に押し付けられーー的確な人材を探した。


あっ誠、お前警備員さん係な?


と、相談部の部員で授業中に居眠りした誠に担任が言ったのであった。

やるべきことは二つ、昼休みの時間に学食から彼女が好きな食事を一つ持ち警備員室に持っていき、彼女が食事を終えたタイミングで皿を回収し食堂に戻す。

これだけである。

一年と少しこの作業を続ける誠はだいぶ打ち解けてーーというか完全に雑用として使いっ走りにされていた。

彼女はじーっと九台ある画面の右上を指差した。


「これ」


その画面には鞄を弄る人間の半分ほどの身長の灰鼠種マウセの少年の姿が映っていた。


「マウセって夜行性だから夜学ですよね?」


「あぁ」


夜行性種族用学校、通称夜学。

数十種類のありとあらゆる種族がいるこの世界において夜行性か否かがある。

大体の種族は人間のように進化しているので大体が学校という教育機関に行っている。

だが種族の差があるために完全に昼夜で別けられる事が数百年前に法律として制定されている。

それが昼学と夜学、夜行性の種族が学校に行く時間は昼に活動する種族たちが家に帰る時間であり、夜行性の種族が家に帰る時間は昼に活動する種族が学校に行く時間である。


そして重要なのは昼学と夜学の施設が共通なのだ。


「だがこの時間にいるのは普通ありえませんよね?確認しなかったんですか?」


「この日、有給とってた」


「あっはい」


つまりこの灰鼠種の生徒が見つからなかったのは偶然であったという事だろうか。

誠は画面を拡大し静止画を撮ると彼女に頼んでプリントさせてもらった。

防犯カメラの角度から顔は伺えないが身長や身体的特徴は理解できる。


「これ夜学の生徒から割り出すことできますか?」


「ん、難しいがやってみる。だが期待はしないでくれ、いかんせん灰鼠種の生徒は多い」


人は三男鼠は十男。

これは数年前に皮肉がてら人間種の有名な作家が書いたものだ。

人間種が三人子供をこさえて作るとしても鼠種はその三倍以上は子供を作る。

過去には鼠種は天敵であった鳥人種などの餌食となり数は少なかったそうだが今の時代は違う。

なのでその習慣がまだ残っている彼女彼らの数が多くなり人口が増えるのも道理である、そう行った意味の文章だ。


「これ忍び込むとしても同じクラスの生徒の可能性が高くないですか?」


「その心は?」


「鼠種は数が多いだけに全部おんなじに見えますけどこの生徒、耳が片方欠けてます」


彼女は黙って頷く、続きを話せということだ。


「制服から学年、この制服だと一年ですかね、一年の耳が欠けた灰鼠種の生徒、これだけ情報があれば探せませんか?」


「ん、少し遡ってみよう」


彼女頷いてキーボードを素早く動かすと数多の画面が逆再生されていき防犯カメラの映像がめまぐるしく動く。

数十秒後、警備員の彼女は停止ボタンを押して再生ボタンを押す。

誠がその画面を見ると丁度夜学の生徒たちが家に帰る時間、部活に向かったり家に帰ったりなどなど。

加速ボタンを使い数十倍で動く画面が通常再生へと変わりある鼠種の生徒に向けてピントが合わせられる。

右耳が噛みちぎられたかのように切れておりとても特徴的だった。

何やら机の中から紙を取り出してそれを見ると驚いた表情を浮かべて静止し、キョロキョロと辺りを見回した。

すると直ぐに震えながら荷物を入れた鞄を持って廊下のロッカーに向かうと自分の荷物を入れて同じ教室に戻った。

そして小柄な体を生かして普段使われない教室の背後の古びた戸棚、その下に震えながら入り込み戸を静かに閉じた。


「ふむ」


「この生徒で間違いないっすね」


これがこの教室に残り昼学の時間に教室に忍び込んだ方法だったのか。

誠は納得して頷き最初に見た物色中の画面に戻す。

そしてそのまま再生を押してその後の経過を見ていると小さなプラスチックのケースを手に取り、出てきた戸棚の中に又しても入り込んだ。


そして生徒たちが教室に戻り時間は過ぎて夜学が始まる午後十八時後半、昼学の生徒が家に帰る中鼠種の生徒は誰もいなくなった教室で戸棚の中から這い出て歩き出す。


「とりあえずどうするんだ?」


明らかな窃盗の証拠、それを見て彼女は誠に問いかける。

警備員として学校側に報告すれば夜学の校長に伝えられ生徒はそれ相応の罰を受けるだろう。

どうやってやったか、なにをやったか、そこまでは今の画面で理解できた。

だがまだなぜやったかが判明していない。


「まだ報告しないでください、まだなぜやったかわかってません。この生徒のこの後の行動を探してくれませんか?」


「りょー」


こうして数時間に及ぶ捜索活動が始まるーーだがそれを止めるように休み時間の終了を知らせるチャイムが鳴る。

それでも動かない誠を見て彼女は深い溜息を吐くと短い足で蹴りつけた。

小さく筋力の低い彼女のキックは威力が低いが攻撃であるということは理解できる。


「学生の本分は勉強だ、はよいけ」


「......でも」


「でもでもデモクラシーじゃない、私に問題が起きるんだよ」


なるほど正論である

警備員である彼女がいる警備室にいるのまではいい、何故なら誠が一種の世話係なのだ。

だが学生である誠が授業中もここにいるのは彼女の立場的にも不味いのだ。



「わかりました、後で戻ってきます」


「ん」


こうして誠は彼女に探し事を任して自分の教室へと戻っていった。

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