今、地球の裏側で
新月の夜は辺りが暗い。
湿った空気が鼻を掠める。
風呂の中に持ち込んだ白ワインを浴びるように飲む。
一月前、私のベッドで散々愛し合った後、
「
取り乱すこともできなかった。
心の中には一万個もの何故が飛び交っていたのに、私の口から出た言葉は「そう、お幸せに」だった。
ドラマに出てくる不幸な女そのものだ。
全てを甘んじて受け入れたのに選ばれなかった私と、何も知らずに真司と結婚する涼子。どちらが不幸せかなんて……そんなの私に決まってる。
一月経った今でもなお、これだけ一人で哀愁に酔えるのがいい証拠だ。
三人共同じ会社に勤めているため、二人のことは知りたくなくても入ってくる。いつどこで式を挙げるのか、新居をどこに決めたのか、今回、式の準備で忙しくなる前に二人で海外旅行へ行っていることさえも。
社内を賑わすトップニュースに見向きもせず、黙々と仕事に向かっているのは私くらいだろう。
浴槽に頭を沈める。
彼の匂い、肌の感触、甘い唇、耳元で囁く声、眩しい笑顔。
彼を形作る全て。別の女と結婚すると言われたからって、すぐに忘れられるものじゃない。
脚を上にあげ、背中を浴槽の底につける。
光が水にぼやけて映る中に、私の吸った息が泡となって登っていく。
『綺麗だな。このままここで眠れたらいいのに。』本気でそう思った自分が怖かった。
息苦しくなった私は、勢いよく浴槽から上半身を出すと、意を決した。
風呂場に持ち込んでいたスマートフォンを手に取り、真司の連絡先を表示させた。そしてそのまま、発信ボタンを押した。
真司は思いの外すぐに出た。
一瞬の逡巡のあと、「もしもし」と、彼の声が聞こえてきた。
「話すのは久しぶりね、真司」
「何の用だ?」
少し苛立った声が聞こえてくる。
「今、私の電話にでるなんて、本当に最低な人ね」
「今だからでるんだろ。何かあったら後味が悪い」
なるほど。と、千登世は他人事の用に思った。
実際、ついさっきまで浴槽の下に寝ていたのだから
「私ね、気がついたの」
「何に?」
「私、フラれたわけじゃないって」
「あなたは涼子と結婚する。でも私との関係は続ける」
「……いいのか?」
「ええ。今までと何も変わらないじゃない」
「はっ」真司は笑って答えた。
「変わった女だな」
「そんなことないわよ。それじゃ、もう切るわね。帰ってきたら家に来て」
それだけ言って、さっさと電話を切る。
浴槽の縁に脚を出し、千登世は満足げに微笑んだ。
ワインクーラーからボトルを出し、グラスに注ぐ。冷えた白ワインが美味しい。
今、地球の裏側で、不幸な女が一人増えた。
闇 しゅりぐるま @syuriguruma
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