闇と私

 昔から暗いところが好きだった。

 押入れの中、階段下の物置、家の庭にある蔵の中。


 だから、私がある時、妖魔が見えるようになったのも、必然といえば必然だった。


 “やみ”はひたひたと私を付けてきた。

 家の廊下を歩く時、おつかいに行く時、河原へ遊びに行く時。

 ひたひたと付けてくるだけで特に悪さもしないので、気にしないことにした。


 “闇”の姿は小柄な猿のようで、目も鼻も耳も、その姿全部が漆黒の闇だった。

 見つめるとドギマギするかのようにキョロキョロと当たりを見回すようなそぶりをした。

 そして私が前を向くと、また後ろからひたひたと付けてくるのだ。


 私が学校へ行くようになると、“闇”もまた、ひたひたと後ろについて学校へ行くようになった。

 暗がりを好む私は、異なる者として扱われ、次第に泥団子を投げられたり、おかっぱ頭を引っ張られたりするようになった。

 ひどい仕打ちに私が涙した時、「ぎゃっ!」といじめっ子達の声が聞こえた。見ると“闇”がいじめっ子達に石を投げつけていた。


 その日から私は、“闇憑やみつき”として扱われるようになったが、状況は幾分ましになった。


 中学へあがると、異性から好意を寄せられるようになった。しかし、“闇”がことごとく川へ突き落としたり、ズボンを脱がせたりするものだから、告白を最後まで聞くことも、互いの距離を縮めることもなかった。


 “闇”がなぜ私を付け回すのか、問いただしたこともあったが、なにせ“闇”には口がない。何か言いたい素振りをするが、意思疎通は図れないままでいた。

 ただ、“闇”のおかげで私が、私の好む静かな学生生活を送れたことは確かだった。


 女学校をいよいよ卒業しようとする頃、“闇”が街中で一人の男を転ばせた。なんの恨みがあるのか知らぬが放っておけまいと思い、“闇”を睨みながら私はハンケチを差し出した。彼の名前は史郎しろうと言った。


 史郎は私と同じく本の虫で、太宰治や夏目漱石を好んで読んだ。私達は互いに本を交換し、晴れの日には木陰の下で何時間でも感想を言い合った。物静かな史郎は、私の話を制することなく聞いてくれ、時には違う見解を示してくれた。

 史郎の物の見方を知ることで、私の世界は何倍にも広がったような気がした。私は本を読むことが増々楽しくなり、いよいよ本の世界へと潜り込んでいった。

 “闇”はそんな私の横に座り、じっと顔をこちらに向けていた。


 当たり前のごとく史郎との縁談が決まった頃、“闇”は姿を消した。

 いついなくなったのか、気がついた時にはいなかった。


 ただ、最後に見た時を思い起こすと、“闇”は涙をしながら微笑んでいるように見えた。

 私は何故か、涙が止まらなかった。

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