今年のGWは天国にいってきました

タカテン

今年のGWは天国にいってきました

柴咲しばさき、これはなんだ?」


 それはGWを間近に控えたある日の午後のこと。

 新入社員の私がいつものようにバリバリ仕事をこなしている振りをしていると、5つ年上の鷹林たかばやし先輩に「ちょっと来い」と小会議室に連れ込まれた。

 

 鷹林先輩は凄い人だ。もともと冷静沈着な性格で仕事も出来る上に、二年ほど前から市場の読みがバンバン当たっているらしい。

 そこから付いたあだ名が『未来を見る男』。

 そんな凄い人がなんで私なんかの教育係をしているのかは、ぶっちゃけ誰も分からない。

 

 でも、いつもなら会議室なんか使わず、その場で話をするのにどうしたのかな?

 まさか私のわがままボディに真昼間からムラムラきちゃったとかそういうアレだったらどうしよう、なんて思っていた私に先輩が一枚の紙切れを突きつけてくる。


「え? えーと、これは確か鷹林先輩から提出しろと言われたGWの計画表ですが?」

「それは分かっている。問題はその内容だ」

「何か問題でも?」

「これで問題がないと君は本当にそう思っているのか?」


 はい、マジでそう思ってますが?

 私は右手の親指と人差し指でL字を作ると顎に持っていき、まぁねとポーズを決める。

 でも、鷹林先輩は銀縁眼鏡をクイッと上げただけで、いつものように顔色一つ変えない。全くマジでクールな奴だぜ、お前さんって奴は!

 

「いいか、柴咲。これは計画表とは呼ばない」

「マジですか!? だったら何と呼べば?」

「定義するのは難しいが、敢えて言うならば『社会人になってまでGWの計画表を書けなんてやってらんねー適当に書いちゃおうって感情が丸見えの落書き』だ」


 スゴイ! 先輩ってエスパーかなんかっスか!?

 

「とにかく具体性に甚だ欠けている。まず初日の『日々の疲れを癒しつつ、さらに美しくなってしまう』ってどういうことだ?」

「あ、それは近所に新しく出来たスーパー銭湯に行って、エステしてもらおうかなって」

「次の日の『汁、俺好みのもの。完飲』っていうのは?」

「大好きなラーメン屋さんに行くって意味に決まってるじゃないですか」

「『俺より強い奴に会いに行く』は?」

「ゲーセン巡りですね」

「5月3日の『知識の扉が開かれた! いざ行かん、ひとつなぎの大秘宝を目指して』は?」

「あ、その日からブックオフが本全品20%オフのセールをやるんですよ! もう今から楽しみで楽しみで!」


 つまりGWの前半は身体を労り、美味しいものを食べ、中盤で趣味の世界に没頭し、後半は買ったマンガで知性を高めるってわけよ。どーですか、この完璧な計画!

 

「全て却下だ、柴咲」

「なんで!?」

「理由は簡単、お前はきっと後悔するからだ」

「後悔なんてしませんよぅ! するわけないじゃないですかっ!」

「……これを見てもそう言えるか?」


 そう言うと先輩は唐突に眼鏡を外した。

 おー、普段は銀縁眼鏡でクールさを演出してますけど、外すとなかなか可愛い目をしてるじゃないですか、って!

 

「わっ!? なんスか、これ?」


 いきなり先輩の目がピカーって光ると、会議室の壁に映像が映し出された。

 え、なにこれ? もしかして先輩の目ってプロジェクターなの?

 でも、驚いた理由はそれだけじゃなくて。

 

「……あの、先輩、なんか女湯の映像が映ってるんですけど」


 そこだよワトソン君、謎なのは。

 GWの過ごし方を話していたはずなのに、何故か映し出されるどこかの温泉の女湯の風景。しかも異様に混んでいて、どこを見てもおっぱいおっぱいおっぱい……。どうしてこんなものを見せ――。

 

「あっ!? ちょっとマジでなんですか、これ!」


 いきなり画面に映し出されたその人物のスタイルを見て、私は思わず声を張り上げた。

 自慢の大きいおっぱい。将来の安産が約束された立派なおしり。そしてそのわがままっぷりを主張する脇腹についた贅肉。これはどこからどう見ても――。

 

「私じゃないですか! ちょ、ストップストップ! セクハラ禁止ー!」


 私は乙女の秘密をこれ以上晒されてたまるかと壁の前に立つ。

 でも、先輩ったらプイっと首を捻って、別の壁に私の生まれたまんまの姿を映し出しやがった!

 

「ちょ、卑怯ですよ! そもそもなんですか、この隠し撮り動画は!? 先輩をみそこないましたよっ!」

「隠し撮りじゃない。これはフューチャー・ビジョン、未来のお前に起きる出来事を見せてやっているんだ」


 ええっ!? なに突然異能設定ぶっこんでくるンすか!?

 

「そしてこれがお前のGW一日目、スーパー銭湯での様子。見ろ、予想通り、大勢の客が押し寄せてリラックスするどころか、湯船に入ることすら出来ないでいるぞ」

「ああっ! だからってすっぽんぽんで立ち往生する私を映さなくてもいいじゃないですかっ!」


 てか、少しは前を隠せ。隠してくれ、私ィィィィィ!

 

「続いて二日目のラーメン屋の様子だが……ふむ、こちらもやっぱり大行列だな」

「ぎょ、行列が出来ても待っていれば美味しいラーメンが……ああっ、そんな、私の前でスープ終了!?」

「ゲーセンではどうかな?」

「ど、怒涛の三十連敗……」

「ブックオフのGWセールは?」

「ぎゃー! 狙っていた『キングダム』50巻セットが既に買われているぅぅぅぅ!」


 そこは『ワンピース』じゃなかったのかと先輩が呟くも、床に両手をついて突っ伏す私にはもう言い返す気力もなかった。

 なんてことだ、もしこれが本当なら私の十連休は悉く失敗に終わるじゃないか。

 

「……って、いやいや、ンなわけないし! こんなのウソっぱちですよ!」

「残念だが柴咲、俺のフューチャー・ビジョンは絶対だ。柴咲も知っているだろう、俺がなんと呼ばれているか」

「……未来を見る男」


 って、そのまんまの意味だったンすか!?

 

「そうだ。俺はこのフューチャー・ビジョンをインドで修行して身に付けた。間違いなく、これはお前に訪れる未来なんだよ、柴咲」

「そ、そんな……」

「だが、回避する方法がないわけでもない」

「うえっ? マ、マジですかっ!?」

「ああ。ところで柴咲、お前はどうして今年のGWが十連休なのか知っているか?」


 は? どうしてそこで話が飛ぶし?


「先輩、馬鹿にしてます? 私だって年号が変わることぐらい知ってますよ。そんなことより」

「ふむ。だが、年号が変わってどうして十連休になるんだ?」

「え? だってほら年号が変わったらおめでたいじゃないですか」


 おめでたいからいっそのこと大型連休にしちゃおうぜってノリでしょ、きっと。

 

「おめでたいのはお前の頭だ、柴咲」

「なんですとっ!?」

「いいか、柴咲。これは年号だけでなく、日本の社会もこの機に変えようという天皇陛下のご意志なのだよ」

「え、えーと、すみません、言っている意味がよく分からないのですが……」

「つまり、だ。今の日本人は疲れている。理由は簡単。働きすぎだ。勤労は美徳だが、それも度が過ぎるとパフォーマンスの低下に陥る。その現状を変える為、まずはしっかり休んでリフレッシュしましょうというのが今回のGWなんだ」


 なるほど! さすがは天皇陛下、民のことを考えてくださってるぅ!

 

「しかし、今の日本人は悲しいかな、休むのが下手すぎる。しかもせっかくのGWを無駄に過ごした挙句、出社したらしたで『五月病でヤル気がでない』なんて言う体たらく。まったくもって嘆かわしい!」

「は、はぁ……」

「そもそも休暇とはただ休んだらいいというものではない。普段は仕事で忙殺され出来ないようなことを楽しみ、充実した休日を送ってこそ心身ともにリフレッシュされ、また仕事を頑張ろうってなるのだ」

「な、なるほど」

「というわけで柴咲、かつての俺がGW中にインドに行ってフューチャー・ビジョンを習得してきたように、お前にも有意義な十連休を送ってもらうぞ」

「うえええ!?」


 ちょ、一体何を言い出すの、この人!?

 インドに行って修行とか、そんなの私、絶対ヤだぞ!

 

「あー、そうだ思い出した。私、GWは彼ぴっぴとデートの予定が」

「お前に恋人などいるわけないだろう、柴咲」

「なっ!? そ、そういう先輩だって彼女なんていないでしょ!」

「ああ。だが、

「マジで!?」

「フューチャー・ビジョンに間違いはない」


 なにそれズルイ。そういう特殊能力って本人には使えないものなんじゃないの、普通!?


「観念して俺の考えたGW計画を受け入れろ」

「あうう、やだ、インドはやだ……」

「インド? 何を言っている、お前をインドになんて行かせないぞ。お前が行くのは、某リゾート地にある我が社の保養施設・兆京荘ちょうきょうそうだ」

「いやあああ……って、え、保養施設?」

「そうだ、そこに俺と一緒に行ってもらう。これは上司命令だ」

「ぎゃああああ! 再教育だ! 洗脳だ! GWが終わった頃には私は非情な労働マシーンにされてしまうんだ!」


 終わった。さようなら、私のGW。来年こそは笑顔で再会しよう。

 

「だからさっきから何を騒いでいる。保養施設だと言っているだろう」

「騙されませんよ! だって兆京荘って名前は『調教』と掛けてるんでしょ?」

「掛けてない。お前、兆京荘がどんなところなのか知らないのか?」

「知りませんよ、そんないかがわしい名前の施設なんて!」

「いかがわしいって……あのな、柴咲、兆京荘は我が社が誇る圧倒的リゾート施設で、社員でもその功績を認められた者しか利用できないんだぞ」

「まぁ。私ったらいつの間にそんな大功績を?」

「ふざけてろ。功績が認められたのはこの俺だ。そして同伴をひとり認められているから、フューチャー・ビジ……いや、このままでは誰よりも悲惨なGWを過ごすであろうお前に蜘蛛の糸を垂らすことにしたんだ」

「私はカンダタか!?」

「嫌か? だったら糸を切るが? ちなみに兆京荘にはゆったりした天然温泉はもちろんのこと、エステ、タイ式マッサージなどの施術者も完備」

「なん……だと!?」

「料理も和洋中の一流シェフが腕を振るい、高級和牛のバーベキューなども楽しむことが出来るらしいぞ。もちろん、ビールはキンキンに冷えているに違いない」

「ありがてぇ!」

「卓球、ダーツ、ビリヤード、麻雀、さらには社員の熱い要望により先日はボーリング場も新設。テレビゲームも新旧取り揃えているそうだ。柴咲、お前、『スマブラ』は得意か?」

「敗北を知りたい、ぐらいには強いですよ」

「よろしい。相手になってやる。他にもアスレチック施設や、個人シアター、プール、各種球戯場、漫画を含む蔵書100万冊の図書館などもあるみたいだな。さて、どうする柴咲?」

「連れてってください!」


 私はすかさず土下座を決めた。

 さらに懇願の言葉を続ける。

 

「てか、今さら断ってももう遅い! 先輩に噛り付いてでも付いていきますからね、私は!」

「土下座しながら言う言葉か、それが」


 頭上から鷹林先輩の呆れた声が降り注いだ。

 

「だが、俺はお前のそういうところを買っている。お前は目標さえあればアホみたいに頑張れる奴だ」

「はい、アホになって頑張れます!」

「兆京荘に行けば、きっと来年もここに戻ってこようと仕事に身も入るだろう。いいだろう柴咲、

「やったーーーー!」

 

 やった、ついに私は勝ち組GWの権利を勝ち取ったぞ!

 きっと先輩としては、あっちでも仕事の話とかしてくると思う。が、馬鹿め、高級リゾート施設でテンション爆上がりのこの私がそんなものに耳を貸すと思うか? あはは、甘いぞ、先輩。この柴咲、GWを最高に楽しんだ上に、終わったら終わったで五月病になって会社を休む気満々だ!

 

 と、まぁ、この時は勝った気でいたんだけど……まさか鷹林先輩の最後の言葉がそういう意味で、近々出来る予定らしい先輩の恋人が誰なのかなんてことにはまったく頭が回らなくて……結局、どうなったかは皆さんのご想像にお任せします。

 

 おしまい。

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