陽の陰陽師は四柱の神を従える

林檎

プロローグ こんにちは、神様

「主。今、何つった?」

 男の声が遠くから聞こえた。

「聞こえなかったのか? 私の命と引き換えに、陰の世界へ通じる道を封印すると」

 主、と呼ばれた人は凛とした声でそう言った。

「それは聞こえてたけど、何であんたが死ななきゃいけねーんだよ!? 俺の力じゃ道満を倒せないってことか!? 青龍も、白虎も、玄武も動けない。マトモに道満とやりあえるのは俺しかいないだろ!? 俺は強い。道満にも負けない。だから主が死ぬこと――」

「落ち着きなさい、朱雀。私はそうは言ってないよ。お前たちの力で蘆屋道満を倒せると私は信じている。しかし、今の状況はどちらも互角。このまま戦ってもどちらかの力が尽きるのを待つだけ。それなら、早く終わらせる方がいい」

「ある――晴明様っ……!!」

「ありがとう。そしてすまないね、朱雀」

 晴明――安倍晴明は微笑んだ。

「……後の世に生きる、私の子孫を頼んだよ」

「晴明様!!!!」

 朱雀の悲痛な叫びと同時に、辺りはまばゆい光に包まれた――。


「……部。安倍。起きろ」

「ん……」

 安倍晴香が顔を上げると呆れ顔の担任が机の前に立っていた。

「普段居眠りしないお前が居眠りとは、珍しいこともあるもんだな」

「す、すみません」

 晴香は俯いた。腰まである長い黒髪が横顔を隠す。

「まあいい。ホームルーム始めるぞー。最近、この近くで立て続けに誘拐事件が発生している。うちの生徒も何人か被害に遭った者もいると聞いている。だから、くれぐれも登下校の際はなるべくまとまって帰るように……」

 担任の話を聞き流しながら晴香はさっき見た夢をもう一度思い出す。安倍晴明、蘆屋道満、朱雀、青龍、白虎、玄武。どこかで聞いたことのある名前だ。実家の神社に何か関係していた気がする。

 帰ったら、調べてみよう。

 窓の外をぼんやり眺めながらホームルームが終わるのを晴香は待った。



「今日も疲れたー……」

 学校から家までの帰り道を晴香は歩いていた。彼女の家は住宅街にある神社で、境内には近所の子どもたちがよく遊びに来ている。今日も何人か来ているだろう。

 そんなことを考えながら鳥居をくぐり、境内へ入るも、今日は誰もいなかった。

「あれ? いつもなら何人かいるのに……。まあ、こんな日もあるか」

 晴香はそのことを特に気にせず、神社の隣にある家へと向かった。その時――。

「えっ――!?」

 突然、突風のようなものが吹いた。

「痛っ……!」

 まるで誰かに刃物で身体を切りつけられたような痛みが走る。晴香の腕や足にはところどころ切り傷が出来ていた。

「だ、誰……?」

 訊ねると、狼のような獣が目の前に立ち、こちらを睨んでいた。

「……ミツケタ。オンミョウジノシソン」

 陰陽師の子孫? どういうこと? 何がなんだかわからない。

「ソノチカラヲワレニ……ヨコセ!」

 獣が晴香めがけて飛びかかった。

「きゃっ――!?」

 ぎゅっ、ど強く目を瞑ると――。

「そこまでだ!」

 どこかで聞いたことのあるような声が聞こえた。声の主を確認しようと晴香が目を開けると、炎のような赤い短髪が彼女と獣の間に入る形で瞳に映った。世界史の教科書で見た古代中国の服を思わせる赤と黄の着物が燃え盛る炎を表しているようにも見える。

「そこまでだ! 陰の世界の住民、鎌鼬。これ以上、主に傷はつけさせない……!」

「え……?」

 晴香が状況を飲みこめないでいると誰かが背後から声をかけてきた。

「大丈夫ですか? すぐに駆けつけることのできなかった御無礼、お許しください」

 肩くらいまである真っ直ぐな黒髪に、ノンフレームの眼鏡をかけた男だった。歳は赤い髪をした男よりも上だろう。服装も赤髪の男と似ているが、彼の着物は黒色だった。

「あなたは……?」

「紹介が遅れましたね。私は玄武と申します。安倍晴明様に仕えていた北方を守る神です」

 玄武と名乗った人はにっこりと微笑んだ。

「あ、あのっ……!私、意味がよく――」

「下がっていてください。白虎。彼女に結界を」

「はいよ。任せとけって!」

 すると突然、晴香の目の前に短い白髪の少年が現れた。金の瞳を持ち、左眼には稲妻のような刺青が刻まれている。背は小さい。小学生くらいだろうか。着物は白と金で肩が見えるほど袖が短い。丈も短く、太ももが見えるほどだが下には黒の股引きを履いている。

「おい偽晴明にせせいめい! 今から僕がお前の為に結界を貼ってやることをありがたく思え!!」

 妙に上から目線で白虎は言って晴香の周りに球状の結界を貼った。

「何、これ……?」

 晴香は結界に触れる。その瞬間、指先に電流が走った。

「痛っ……」

「……白虎の結界は雷でできている。迂闊に触れば感電するぞ」

 今度は晴香の隣に水色の髪の男が現れた。長髪を白い紐で緩く結び、5月にもかかわらず白い襟巻きをしている。着物は朱雀とほぼ同じだが微妙に違う。ギラギラして派手なのに対し、青と白の落ち着いた色合いだ。

「あなたは……?」

「……青龍。東方を守る神だ」

 言葉少なに言って晴香の前に立ち、呪文のようなものを唱える。すると青龍の手から力強い吹雪が出て鎌鼬を襲った。鎌鼬の足は瞬く間に凍り、身動きが取れなくなる。

「……鎌鼬の動きは封じた。後はお前らで仕留めろ」

「よっしゃ! いっちょやってやるか!」

「待てよ朱雀。あいつを倒すのは僕がやるから引っ込んでてくれる?」

「2人共、喧嘩はいけませんよ。ここは公平に3人で仕留めましょう」

 今にも喧嘩しそうな朱雀と白虎を玄武は諫めた。

「それでは、行きますよ!」

 玄武も青龍と同じように手を出し、そこから水でできた蛇を呼び、鞭のように鎌鼬を打ち付けた。

「さあ、仕留めますよ!」

「ああ!」

「任せとけ!」

 白虎は高く跳びあがり、そこから激しい雷を鎌鼬めがけて降らせた。

「おっと」

 その余波が玄武の方まで来たので彼は急いでそれをよけた。

「おい白虎! てめえいつも俺達にまで被害加えようとすんだよ!? 玄武が巻き込まれるところだったそ!?」

「んなの仕方ねーだろ? 技は派手に格好良く決めてこそだ!」

「お前のポリシー聞いてねえよ!」

 ぎゃあぎゃあと朱雀と白虎は喧嘩を始める。

「こら2人共。落ち着きなさい。敵がまた動きだしますよ」

 白虎の雷を体に受けつつも鎌鼬は彼らを襲おうと体を動かす。

「なかなかしぶといな。けど、これを食らっても生きてられるか?」

 朱雀は胸に手を当て、そこから何かを取り出した。炎で出来た剣だった。

「食らええええええ!!!!!!!」

 朱雀は鳥のように飛び、鎌鼬めがけて剣を振り下ろす。両断された鎌鼬は咆哮をあげ、燃えて消えた。

「これでよし、と……」

「よくねーよ!!」

 白虎が朱雀に突っかかった。

「僕が仕留める予定だったのに……」

「お前の技は攻撃範囲が広いんだ。結界を張ったとはいえ、主を巻き込む可能性もあった。だから俺がトドメを刺した」

「でもよぉ……僕が最後はキメたかったなー……。偽晴明もそう思うだろ?」

「え、えっ? わ、私は――」

 突然話を振られておどおどする晴香の隣に玄武が立った。

「2人とも。主を困らせるのはおやめなさい。今は彼女の手当が先です。怪我をしているのですから。……申し訳ありません。怖い思いをさせてしまいましたね。戻りましょう。歩けますか?」

 晴香は頷いた。

「それはよかった。では、行きましょうか」

 晴香を支えるようにしながら玄武たちは家へ帰った。


 ◆◆◆


「あの……。1つ、聞いてもいいでしょうか?」

「どうしました? 傷が痛みますか?」

「いえ。そうじゃなくて、その……」

 もごもごと晴香は口を動かす。

「何で私の家なのに我が家のようにくつろいでるんですか!?」

 思い思いにくつろぐ神と名乗る美形たちに晴香は絶句した。

「我が家のように? ここ、元々晴明様の家だろ?」

 戸棚から引っ張り出した煎餅をぼりぼりと齧りながら白虎はテレビをつけた。

「だから、この家は俺たちの家みたいなもんだ」

 煎餅の封を開けながら朱雀は話した。

「……まあ、こいつらの言うことは間違っていない。だが、あんたとは初対面だ。初めて会う相手に取る態度ではないな」

 すまない、と青龍は謝った。

「主。お茶をどうぞ」

 玄武が机に茶を置いた。

「ありがとうございます……。ところで、貴方たちは一体……? 神、って言ってたけど。中二病拗らせてるだけとかではない……ですよね?」

「中二病……初めて聞く言葉ですね。そう言った類のものではありません。私たちは本当の神です。貴女も私たちの力を見たからわかるでしょう?」

 傍から見れば宗教勧誘の光景に見えるだろう。胡散臭さしかないがだとすれば自分の身に起こった現実をどう説明すればいいかわからない。

「混乱するのも無理はないでしょう。先代は貴女に多く語らず、亡くなってしまいましたから」

「先代……?」

 玄武は頷いた。

「貴女の祖母、安倍晴子様のことです。彼女は自慢の主でした」

 昔を懐かしむように玄武は目を細めた。

「そーそー。晴明様には及ばないけど、晴子様はお前よりも遥かに優れた陰陽師だったぜ」

「どういうこと……? おばあちゃんが……陰陽師?」

 今度は朱雀が頷いた。

「晴明様……安倍晴明の名前は聞いたことあるか?」

 晴香は首を縦に振る。平安期に活躍した陰陽師だ。

「あんたは、その安倍晴明の血を引く陰陽師だ。昔こそ宮中で重宝された役割だが今は陰陽師の存在自体を世間は気にしちゃいない。先代の頃は陰の奴らがこっちに来ることはなかったから尚更」

 青龍が会話に割って入る。

「俄には信じられないけど……どうしておばあちゃんは私に陰陽師のことを――」

「主を危険な目に合わせたくなかったんだろう。お前も身をもってわかっただろう? 陰陽師の仕事は陰の世界に住まう妖を退治する仕事だ。俺たちを使ってな。勿論、危険はつきものだし……命を、落とすこともある」

 少しの間を置いてから朱雀は俯いた。

「あの。さっきから言ってる陰の世界って――」

「この世界は2つに分かれているんです。私たちが住まう『陽』の世界、先程のような妖たちが住まう『陰』の世界。表と裏のような存在です。勿論、一般の人間はそのことを知りません。晴明様が陰の世界に通じる道を封じましたから」

「でも、その封印も力が弱まってきてるんだよなー。理由はわかんないけど」

 煎餅をもう1枚ぼりぼりと齧りながら呟くように白虎が答えた。

「それで鎌鼬が現れた訳だ。封印の力が弱まり、抜け道のようなものが出来ているんだろう。厄介だな」

 青龍はため息をついた。

「……そこでだ、主」

 朱雀はおもむろに晴香の前に片膝をつき、彼女の手を取った。

「頼む。俺たちと一緒に戦ってくれ。危険な目に遭わせたり、怖い思いをさせることがあるだろうが、お前のことは俺達が必ず守る」

「え、えっと、そのっ……。それは……私が陰陽師にならないと……いけないやつ、ですよね?」

「そんなの当たり前だろ? 誰が僕達を指揮するのさ? 主がいるだけで僕達の力は倍増する。強敵が来ても戦えるって訳。だから僕達と一緒に戦ってよ」

「……このままではいずれ陰の住人に陽の世界が支配されてしまう。封印が弱まっているということは陰の王……あるいはその末裔が動き出すだろう。そうなると戦況は厳しいものになる。その前に手を打たなければならない。手遅れになる前に。だから主。俺達と一緒に戦ってくれ」

「……私からもお願いします。主。陽の世界を守れるのは貴女だけです。どうかご決断を」

 断りにくい雰囲気に居心地の悪さを晴香は覚えた。でも、ここで断ると陰が陽を呑み込むことになりかねない。

「わかりました。よろしくお願いします」

 口をついて出たのは肯定の返事だった。

「ありがとうございます」

「ま、偽晴明なりに頑張れよ」

「感謝する」

「よろしくな、主」

 神様たちが口々に礼を言う。くすぐったい気持ちを覚えながら晴香は何度も頭を下げた。

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