少女vs四人の追っ手(森林)
「はぁ……はぁ……」
森の中を走っていた少女は巨大な木を背にして寄り掛かるように座り込む。
遮蔽に隠れた少女は荒くなった息を整えながら、AK105に装填されているマガジンを抜き残弾を確かめた。
「…………」
共に居た仲間も先ほどまでの戦闘で殺されたか、分断されてしまい居場所が分からない。
残っているのは重さから半数の十五発ほどになった使用中のマガジンと、予備マガジンが一本。そして拳銃(Px4)の予備マガジンも一本とグレネードが一つ。
使用済みのマガジンにも数発は残っているだろうが、当てにできるだけの量ではない。
「足りない……」
先ほどまで聞こえていた複数の銃声や怒号から推測するに敵はまだ五人はいるだろう。
約十五発のマガジンと三十連マガジン、Px4のマガジン二本分の弾十八発。計六十三発。
五人に六十三発と考えれば多いようにも感じられるが、実際は違う。
基本的に一人の敵を殺すのに数発は当てる必要があるうえに、近づいてこようとする敵を止めるための制圧射撃にも当然銃弾は必要だ。しかもハンドガンは至近距離ではないと有効打になりは辛いため、Px4の十八発はあまり当てにできない。
「どうしよ……」
既に数人の敵を殺している。投降したところでどういう扱いをつけるか目に見えている。
「……ううん、どうするもなにもないか。どうにかする以外に生き残る道はない」
数年前に手に入れてからずっと使用してきたAK105とPx4。
背が低い自分でも使いやすいようにという理由で選んだこの銃だが、これまでに何度も窮地を救ってきてくれた頼れる相棒だ。信じるほかない。
そう決意を新たにしていると、遮蔽にした木の後ろから追っ手の声と足音が聞こえてくる。
「やるしかない、か」
もう考えている暇はない。
正確な居場所がばれていない今、不意打ちで一人殺し残りの四人をどうにかするしかない。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
少しでも命中精度を上げるために深呼吸し心を落ち着ける。
死の恐怖は勿論あるがここで臆せば死を待つのみだ。それを跳ねのけるために行動するほかない。
祈るようにAK105に軽く口付けすると、木に半身を隠しつつハンドガード上部につけたホロサイトで狙いを付け先頭にいた敵に発砲。
聞き慣れた銃声と共に吐き出された5.45弾が敵のヘルメットを貫通し頭部から血を吐き出す。
運よく初弾が頭にあたったことに感謝しながらこれなら二人目も、と思ったところでその考えが甘いことに気が付く。
同じAK、といってもAK105ではなくAK47だが。
それを構えた敵がその場に伏せ、銃口を向けてくるのが目に入る。
慌てて身を隠すと、銃声が複数と暴雨のような銃弾が先ほどまで身体を晒していた場所を通過していった。
どう少なく見繕っても樹齢百年を超す木を遮蔽にしているために、幸いにも木を貫通することはなく背後でビシビシと着弾する音が聞こえてくる。
苦楽を共にしてきたであろう味方が目の前で殺されても動揺することなく、すぐさま反撃に転じる行動の速さ。
その練度が少女がここまで追い込まれている理由だ。
木を背にしていると、少しずつ銃声が横に広がっていくのが分かる。
人数差をいかし取り囲むつもりだ。そうなれば逃げ場のなくなりゲームオーバーだ。
そうはさせまいとセレクターをセミオートにし、一番右側の敵めがけて大事に且つ惜しみなく発砲する。
射線を広げようと敵が横に展開したために、少女の左に向かった敵からは木が遮蔽となって銃撃できない。
その隙を使っての反撃は結果から言って成功だった。
セミオートで撃った銃弾が相手の脚を貫き、そのまま転倒させたのだ。
(チャンス……ッ!)
そう思って頭にサイトを合わせて引き金を引き――弾が出ないことに気が付く。
一瞬マガジン内の弾が尽きたのかと思ったが、体感ではまだ数発残っているはずだった。
「チッ、これが嫌でAK使ってるのにっ!」
もしや、と思って見てみれば案の定排莢口でジャムっていた。
チャンスなのに。と苛立ちながらも慣れた動作で一度マガジンを抜き、コッキングレバーを数度引いて手動でジャムった弾を排莢させる。
再びマガジンをさして再度コッキングレバーを引く。
狙いを付けようとするがが先ほどまで倒れていた敵は既に立ち上がっており、足を引きずりながらそばにある木に隠れようとしていた。
ここで逃してはあとがめんどくさい。
足を引きずっている相手というのは、動きが鈍いが普通に歩くよりも動きがいびつになるためにあてにくくもある。
それでも泣き言を言っている暇はない。頭に狙いを付け、発砲。
初弾は外したものの、二発目が頭部をとらえ赤い花を咲かす。
当初の予定よりも時間を使ってしまったがこれで二人目。残すは三人。
ジャムってしまったことを除けば、ここまでは順調に来ている。しかしそれは、人数差があるのをいい事に相手が気を抜いていたためだ。
一人二人と仲間を殺され、その二つが偶然でないと知った敵は本気で来るだろう。仲間を殺された怒りで心をたぎらせ、これ以上味方を失わないために頭は冷静にしながら。
時間を稼がれるだけでも少女は辛い。
撃ち合いになった時発砲を渋れば、弾数が心もとないということが相手に露見してしまう。かといってばらまけるだけの弾薬はないし、撃ち合いが長引けば敵の援軍がきてしまう可能性すらある。
(グレネードで三人まとめて……なんてうまくいくわけがないか)
そんな希望的観測にしたがって行動できるわけもなく、思考を巡らす。
圧倒的不利な状況で考えることを放棄すれば、死ぬことは必至だ。
(どうするどうするどうする……どうすればいい!?)
生き帰ってからしたいことなど山のようにある。
思考を巡らせていると、先ほどから少女の耳に届いていた発砲音が聞こえなくなった。
リロードに入ったのだろう。チャンスだ。
少女はなるべく背を低くして相手に近づく。
敵と近ければ近いほど危険度もあがるが、その分命中させやすくもなる。
普段ならこんなことはしないが、今は賭けをしなければ勝てない。
その足音に気が付いた敵は、すぐさま弾倉を替えたAK47を容赦なく発砲した。
肝を冷やしながら周囲より少し低くなっている場所へと飛び込む。
間一髪のところで上手く隠れられ、少女をとらえることができなかった銃弾が地面を穿つ。
土煙が舞い、視認性が悪くなったことで相手は発砲を止めた。
それから数秒、いや数十秒だろうか。
普段よりも長く感じられる時間の流れのせいで、それがうまく分からない。
だが少女が追っ手の死角にはいってから少しばかりの時間がたったのは事実だ。
少女の動きがないせいで追っ手たちは、死んだと思ったのか油断したのか。
それともそれ以外の理由なのかは分からないが、敵たちはジリジリと近づいてきている。
足音と殺気からある程度の居場所に検討をつけ手更に近づいてくるのを待つ。
「………………」
リグからグレネードをとり出し、安全ピンを抜いてレバーを引く。
一、二秒ほど少し待ってから、相手がいるであろう場所めがけてグレネードを投げつけた後耳を両手で塞いだ。
そして――。
周辺の空間をのみ込むような巨大な爆発音が響き渡る。
これでまとめて倒せていれば御の字だが、そうも楽にはいかないだろう。
AK105を手に取り、僅かに顔をあげて周囲を見渡すがグレネードによって舞い上がった土煙が視界を汚す。
「…………」
かすかに聞こえてくるうめき声。
恐らくグレネードの破片が当たったのだろう。
グレネードとは爆発自体よりも、それによってまき散らす
無数の鋭い刃物のような鉄が数十メートルも飛翔するだけの勢いで飛んでくるのだ、直撃していなくとも傍にいるだけで生命を脅かされる。
聞こえてくる声は一つだけ。
となれば、残る二人の敵は死んだか、無傷で生きているか。
声の主は銃撃される危険があるにもかかわらず、声量を絞ろうとしない。
(ってことは……)
そうするだけの余裕がない、のだろう。それでも反撃される可能性があるために、とどめはさしておきたい。
だが生憎と現在位置からは射線が通らない。
(残りの二人の位置も気になるし)
少女はまだ土煙が舞って視界が悪いうちにこの場を動こうと決意する。
なるべく木々を遮蔽にしながら、うめき声の主が撃てる場所まで走り抜ける。
「あっ」
移動中に見えたモノに思わず少女は歓喜の声をもらす。
敵の死体だ。
少女の銃撃によって死んだ敵と違う位置にある死体。それは先ほどのグレネードで殺したという証拠に他ならない。
(あと一人……)
AK105に残っていた数発でうめき声の主を静かにさせ、弾の尽きた弾倉を交換。
残り三十発、敵は一人。
幸運に恵まれほんの少しだが余裕ができた。
最後の一人を付けて早く帰ろう。きっと仲間は先に逃げ延びて自分の帰りを心待ちにしてくれているはずだ。
少女が戦場慣れしているとはいえ、そんな年頃らしい甘えた考えをした時だった。
ダダダダダダッッッ!! と連続して火薬が爆ぜた音が響いた。
「ッ……」
聞き慣れた音故にすぐさまそれが発砲音だと理解し、身体は条件反射のようにそれよりも早く回避行動をとっていた。
だがそれでも、音速を超える銃弾を避けることができる訳がない。
気付けば身体の至る所に銃弾がかすった後ができあがっている。
敵の銃がAK47だったことが幸いした。反動が大きく、連射できる銃の中で比較的遅い発射速度のためにかすり傷程度ですんだのだ。
死ぬかもしれない恐怖。それと銃撃をやり過ごした少女は、咄嗟に隠れた木から撃ちかえそうとAK105を構えたところでマガジンが歪んでいることに気が付く。
「っ、なんで……!」
AK47から放たれた7.62弾がマガジンに命中したのだろう。そんなことはすぐに気が付いていたが、そう嘆かざる得ない。
これでは例え発砲したところで装填不良ですぐに撃てなくなってしまう。
つまり――マガジン内にある三十発が用をなさない。
「…………」
敵の死体から銃を奪おうにも、近くに死体はない。
となれば残されたのはハンドガンのPx4のみだ。
だが相手はまだAK47の残弾を残しているだろう。お互いに手が届くような至近距離ならばともかく、どう見繕っても十メートル以上は離れているこの距離では分が悪すぎる。
身体が万全の状態であればまだ動き回ってかく乱することもできただろうが、これまでの戦闘での疲労とかすり傷とはいえ怪我の痛みで十分に動き回ることができない。
そう冷静に判断を下している間にも敵が近づいてくる足音がする。
マガジンに銃弾が命中するのを目撃していたのか、足音を消そうとする努力も見られない。
「しかたが、ない……よね」
生き残るための方法が一つだけ少女の中にあった。
しかしそれはなるべくならばとりたくない方法。それでもここで意地を張っては死ぬだけだ。
「私が生きてたら、あとでまた会おうね」
AK105に声をかけ、マガジンを抜きとる。
そして敵からも見えるようにAK105を高く放り投げ、続けてマガジンも投げる。
「ふぅ……」
覚悟を決めた少女はチェストリグとボディアーマーを外す。そして戦闘着姿になり、それも躊躇なく脱ぐ。
戦場に似つかわしくない少女の下着姿。
大きいとは決して言えないものの、しっかりと存在する胸と戦闘時に揺れないようにと色気など全く存在しないスポーツブラ。
平和な街ではそれほど魅力を感じないようなレベルの少女の下着姿だが、それが戦場となると話は変わる。
ほとんど男しかおらず死と隣り合わせで、性欲をまともに解消のできない場所。そんな中で現れた下着姿の少女は誰の目にも魅力的に映る。
少女はレッグホルスターからPx4を抜き出し、ブラジャーにあるホルスターへと移動させる。
このブラジャーには密かに銃が隠し持てるように、肩甲骨の少し下にホルスター機能が付いていた。
「撃たないでっ!!」
敵に聞こえるように大きく声を発し、少女は両手を高く上げて木の陰からゆっくりと出る。
問答無用で敵が発砲してくればなすすべ無しだったが、敵はその肌色の多さに目を奪われたようで銃口を向けつつも発砲することは無かった。
「降参するからっ」
下着姿になったのは単純に女としての性アピール以外にも、武器を持っていないと視覚的にわかりやすくするためもある。
そのかいあってか、一応の警戒はしつつも残る最後の敵はゆっくりと近づいてくる。
「お願い、殺さないで……なんでもするから……」
わざとらしい、自分でそう思いつつも演技をする。
敵、大柄の男は少女を値踏みするように上から下へと視線を向ける。
既にPx4の有効射程範囲内ではあるが、銃を突き付けられた状態での反撃は得策ではない。まだ今は堪えるときだ。
「…………まあ、妥協点か」
少女の身体を舐め回すように見終えた男は、そう呟いた。
その言葉にイラッとしつつも、あくまでか弱い少女を演じ続ける。
「しょうがねえな、ならその貧相な身体で俺を満足させれば奴隷として生かしてやるよ」
仲間を殺されていることもあり、問答無用に殺されることも考えていたが案外すんなりと話が進む。
(意外と金で雇われた仲間意識のない連中だったのか、それともただこいつが馬鹿なのか)
どちらにせよ生かすという言葉は嘘だろう、と思った。一度ことを済ませれば容赦なく殺しに来るだろうと、長年の経験がそう告げている。
「もういい、腕を下ろせ。そして俺のズボンを下ろして気持ち良くしてくれよ。変な動きしたら殺すからな」
男はAK47を下ろし、ホルスターから拳銃をとり出そうとする。
恐らく少女との距離がほぼなくなるため、取り回しの悪いAK47より拳銃の方が良いと判断したのだろう。
(それ自体は間違った判断じゃない……でもっ!)
銃口を少女から離したのは間違いだ。
少女は全体重をかけて男にタックルする。
「うぉっ!?」
だがいくら不意打ちとはいえ、相手は鍛え抜かれた男だ。身体がよろけるだけで、倒れはしない。
それでも僅かな隙は確かに生まれた。
思いっきり足を振り上げ股間を蹴り上げる。
ぐにゅっ、と嫌な触感が少女に伝わるとほぼ同時に「う゛ッ!!!」と苦しそうな声が男から漏れた。
少女は思わず前かがみになる男を見つめながら、背中のホルスターからPx4を抜き出す。
「詰めが甘いのよ」
頭に一発、胸に数発続けてダンッ、ダダッンと発砲した。
「っ……ぁ……」
そして男はふっと力が抜けたように、ばたりと倒れた。
「うぇ……返り血……」
男が銃撃を受けた場所からぴゅっと飛び出てきた血が少女にかかり、それを苦々しく思う。
「……これで殲滅完了、だね。……早くみんなのもとに帰ろう」
装備を捨てた場所へ戻り、服を着た少女は投げ捨てたAK105を回収し帰路へついた。
「今日もまた生き残れた……」
思い付きで書いたやつ置き場 橋場はじめ @deirdre
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