八月の悪夢(9)#97

ある日のこと。

コンビニの自動ドアが開いて中に入ると、母はすぐに立ち止まって気をつけの姿勢をしたかと思うと、片手のヒジから上を顔くらいまで上げて、まるで店内の人全員にあいさつをするように大声で「グッドモーニング!!」と明るく叫んだのだ。


ちょっと、何やってるの!? やめて! と、恥ずかしさと戸惑いから私は母を制止した。

そのあと母は意に介することなく、普通に店内に入っていき、いつものように顔を輝かせて棚のものをアレコレ物色し始めた。


絶対におかしい!

昔から、明るい振る舞いをすることはあったけれど、こんなふざけたようなことを公然とするような、そこまでのおちゃらけた性格ではない。

これが認知症だとしたら、本当に先が思いやられる。そうであるなら、こういうものとして割り切って、周りにも理解してもらって、ありのままでいさせるしかないのだろうけど、まだそこまでの覚悟ができてなかったし、こちらも慣れていなかった。


入院していた病院に行った日から見て、その出来事は比較的最近起こったことだったので、それまでもずっと気になっていた「高いテンション」について訊いてみた。

すると、なんと、母は抗うつ剤を処方されていたことが判明したのだ。


なぜですか!?


はっきりした答えはもらえなかったけど、入院時はまず、思い込みの便秘が気にならないようにするために、感覚を鈍らせるような薬でしばらく抑えた。そして、頃合いを見て、その薬を減らしながら、今度は抑えるのとは反対の作用というのか、落としたものを上げるべく、抗うつ剤を投与した、ということらしい。

病院ではスタッフ含めみんなで「(母が)明るくなってよかったね」という認識だったという。ただそれが、家族から見たら、ちょっと以前より明る過ぎるということなのかもしれないけど、どこからどこまでが「普通」かは一概に言えないものだ、というふうに言われた。本来の性格が出たということもあり得る。要は、そこを気にするよりも、また便秘&下剤騒動のように何かに固執する症状が起きないようにこのまま服薬し続けた方がいいとのこと。

確かに、認知症性のというのは聞いたことがあり、友だちのお母さんもわけがわからない自分に混乱して泣いてばかりいると言っていた。そこまでいかずとも、鬱々として不活性な感じでいるよりは、脳的にもいいのかもしれない。


ただ私が気になったのは、今回の警察を見てというのが、高過ぎるテンションから来てるのではないかということだった。

ということで、相談の末、短期間=2週間だけ興奮を抑える薬を追加して朝晩飲む、ということにしてもらった。そして、2週間後にはいつものクリニックでこの経緯を説明して、できれば薬をまた減らしていく方向に進めた方がいいとのことだった。


また2週間後に病院か。私は遠方から行かなければならないために、ますます疲れた気分になった。が、とりあえず、新しい薬という策を講じたのだから、いったんは力を抜こう。

妹と、「この薬で抑えながら、警察騒ぎのことをくれればいいね」と話した。認知症になってから、何でもすぐ忘れる症状と闘ってきたのに、今は忘れてほしいなんて思ってる。そんなことは初めてだった。


そのあと、お寺にお参りに連れて行って、この日はデイサービスの入浴に行けなかったので銭湯に連れて行って、夜は母の狭い部屋のエクストラベッドで寝た。

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