八月の悪夢(8)#96
そして、診察。
予約の電話で、警察騒ぎとその後の様子をざっと話しておいたのだけど、母は、いま困ってることとして、作文が世界中の図書館に…の話しかしない。私が「ほら、警察のことも困っていたでしょう?」というと、あぁ……という感じで、やっと話した。
元主治医だった先生は、いろいろ質問を変えて話を誘導する。時には、母の話を否定する。すると、母はだんだん怒りをあらわにして、「病院の先生でも、私の話を信じてくれない先生もいるんだとよくわかりました! これ以上、私はお話しません!!」と不機嫌な顔で黙り込んだ。
先生は満足して、症状はよくわかった、いつものクリニックでも、こういうありのままを医師に見せて診察を受けるようにと言われた。
そうだったのだ、私たちは「周りに迷惑をかけないように」「激高しないように」ということに気を使い過ぎて、対応を間違えていたようだ。
先生は、希望するならこういう状態を抑える薬を出して、一時的には今の興奮をおさめることはできるが、あまり飲むと認知症がまた進み、薬をやめたあとに別の認知症性の妄想が出る可能性がある、イタチごっこになる、と言う。
でも、施設も対処に困っている。私は、もう手に負えないから退居してほしいと言われることがこわかった。結局、その不安は先生には言わなかったけど、ごはんも食べず薬も飲まない状態が続くと、全体的な健康にも響くからということで、最低限の量の薬をお願いしたいと言った。
ここで、今まで私たちが知らなかったことが判明した。
私は入院中の後半くらいから、母のテンションがいつも高めなことに違和感を感じていた。妹ともそのことを話したことがあるけど、「今まで一人暮らしで、日によっては一日中誰にも会わずしゃべらずだったのが、ほかの患者さんやスタッフに囲まれてる環境になって、いい意味で気持ちが高揚してるのではないか」との結論に達していた。明るいのはいいことだ。おしゃべりも楽しそうで、脳の活性化にいいだろうと。
それはそうなのだけど、病院でも子供のようにはしゃいだり、大人の当たり前の気遣いができずに、たとえば太った人を見て、私に「あの人すごく太いね」みたいなことを普通の声で言ってきたりするのは、やはり気になっていた。
たぶん認知症が進んだせいなのだろうなと思おうとはしていたのだけど。
施設に入ってからも、人当たりよく、明るく話したり振る舞ったり、周りと仲良くうまくやれそうだとは思ったけれど、時々それも子供みたいなテンションだったりしたし、コンビニで目の前の食べ物一つ一つにうれしそうに駆け寄って、何でもかんでも美味しそうとカゴに入れようとしたりするのも、何か普通じゃない感じがしていた。認知症で子供に戻ったと言ってしまえばそれまでなのだけど。
そして、ある日のコンビニで、「これはやっぱり、ヘンだ!」と決定的に思った出来事があった。
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