八月の悪夢(6)#94
その日は月曜で祝日だった。明日以降もほとんどの病院がお盆休み。土曜日に行ったメンタルクリニックもお盆明けまで開かない。
困ったことになった。
私たちが行けるのは14日のお寺参りの時で、まだ数日先だ。その前に、また重大な何かがあったら妹に頼むしかないけれど、木曜の夜には駆けつけてもらったし、土曜日にも病院に連れて行ってもらったしで、もうイヤだと言われ兼ねない(彼女にはけっこうそういうところがある)。
施設からの電話も、そろそろ「カンベンしてほしい、どうにかしてほしい」という雰囲気に満ちている。
この時、私は本当に追い詰められた気持ちになった。自分は遠方に離れているので、すぐに対処できない。そのせいで、もし施設から、改善されないなら退居してくれと言われたら?
こんな前科があったら、次の入居先は見つからないかもしれない。見つかったとしても、薬で眠らせたり、拘束具をつけたり、管理しやすいように人間性を奪うような所しかないかもしれない(勝手な想像)。それはさすがにイヤなので、そうなったらたぶん、私が引き取ることになるだろう。
もし、今の状態のような母ならば、24時間監視が必要で、寝食ももちろんずっと世話して、妄想、幻聴も含めて同じ話の繰り返しに一日中つきあって、なだめて、私の自由な外出もたまに短時間しかできないような生活だろう。いつどんな妄想で暴れ出すかわからないから、母をいっしょに外に連れ出すのも難しいだろう。
私に、そんな生活できるだろうか。
でも世間には、仕事をやめてまで在宅で介護してる人がいる。私だけ甘えたことは言っていられないのだ。
やるしかない。でも、ストレスが溜まって、母や夫に当たり散らすこともあるかもしれない。夫が嫌気がさして出て行ったら?
私は母と二人で取り残され、地獄のような生活をずっと続けるのだ。いつまで続くかわからない地獄で精根尽きはて、もういやだ、逃げ出したい、それには死ぬしかないと思うようになるだろう。
母の車椅子を押しながら進む、その道の先に延々と続く地獄。さらにその向こうに白く光り輝く「死」の世界が見える。冗談じゃなくて(そして、母は今は車椅子でもないのに)、私の妄想の中では、生き地獄とその先の安らかな死の図がくっきりと見えてしまった。
きっと、介護殺人も、介護自殺も、介護心中も、こういう気持ちから起きるのだろうと、はっきりと実感できた。施設を追い出されたら、ぜったい私もそのどれかになる。
それくらい、私は追い詰められた気持ちになった。施設の話や、母と直接電話で話した時の雰囲気から、とてもじゃないけど24時間一人で対処するのは「無理」だと思ったし、母はこれからさらにトシを取って心身と脳が衰えていくのだ。きっと今が一番マシなくらいなのだ。
まだ現実に体験したわけではないのに、あまりにリアルに浮かぶ妄想に、目の前がチカチカ、頭は真っ白、涙が滲んでひざから頽れそうになった。なんとか、何か策を考えなくては。。。
ワラにもすがる思いで、頼る先を探そうとする中で入院していた病院を何となく検索してみると、お盆も開いてることがわかった! 一応電話すると、祝日なので警備員が出た。お盆に開いてるのは、普通通りの診察を行うということなのかと確認すると、そうだと思うとのこと。なんと奇特な病院!
祝日明けに電話して、ムリヤリ予約を入れてもらう。8月14日は母をお盆のお寺参りに連れて行くことになっていたので、その前に病院だ。なんなら、また入院させてもいいかもしれない。
これを伝えるために、母に電話をかけた。
お寺参りの前に病院に行くこと。それから、警察に自分で行きたいという話に対しては、一人で行くのも大変だから私たちが行くまで待ってほしい、その前にまずは私が代わりに電話で訊いて、結果はあとで教えるから、ということにした。
その時の母は、まだ誰か自分を疑ってる人がいて、同じことが起こるかもしれないと心配してるようだった。その気持ちがおさまらない限り、コトもおさまらないのだ。
これはもう、徹底して母に話を合わせたうえで、根本的に解決したと納得させるようにしないと、いつまでも抜け出せないだろう。それも、人によってバラバラな対応では、疑心暗鬼になっている母に太刀打ちできない。
というわけで、私たちは母をなだめるためのウソのストーリーを組み立てて、それを全員で共有することにした。
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