八月の悪夢(5)#93
そのあと、私はもう一度母に電話をかけてみた。やはり出なかった。あとはもう、明日だ。
翌日、午前中も電話をしたけど出なかった。
施設の方へかけて様子を訊くと、施設の食事は取らず、薬も飲んでないと言う。
午後、やっと母が電話に出た。
昨日同様、言いがかりで通報されて、家宅捜索を受けたという話を不満やら文句やらを交えて、また私に訴えてくる。
私は、それによって母は捕まったりもしてないわけだから、もう終わったことだ、気にしなくていいとなだめる。すると、「ここのヤツらが私に悪意を持っているらしいことが気に入らない」と、気持ちが戦闘モードなのがわかる。
また「結局、捕まらなかったのだから、もうみんな気にしてない、大丈夫だ」ということを繰り返し伝える。電話の向こうで納得してないのがヒシヒシと伝わってくるけど、これ以上どうしようもない。
とにかく電話には出てね、と言うと、「悪いヤツらが掛けてきてるかもしれないから出ないんだ」と来た。倒れちゃったら困るから、ごはんは食べてね、と言うと、「ヤツらに反抗してるの!」と得意げに言う。
このまま明日の診察まで、これ以上の騒動を起こさずに持ちこたえてほしい。祈るように電話を切った。「明日通院がある」ということは、ふだんの通院の一環だというふりをしてさりげなく伝えておいた。
土曜日。
妹が病院に連れて行った。
妹によると、母は比較的落ち着いた様子で、診察室ではいつも通り何ごともないように明るく振る舞ったという。これでは意味がないので、母が退室してから妹が先生に状況を伝えた。すると、朝晩だったメンタルの薬が、昼も加えて一日3回に増えたらしい。
ただ、気になったのは、激高しないまでも「こうしていてもラチがあかないので、自分で警察にコトの真相を確かめに行く」と母がしきりに言っていたということだ。妹は、警察は遠いし、一人では行けない、そんなことやめなさいと説得してきたという。
でも、病院にもかかったことだし、薬も増えたようだし、その前から、以前よりは落ち着いたように見えてたということなので、とりあえずはホッとしていた。
それなのに、翌々日になって。
また施設から電話がかかってきた。
「朝は比較的落ち着いててごはんも食べるけど、その後いろいろ思い出したり、幻聴が起こったりするらしく、昼からは食べない。自分で軽食は食べてるようだけど、薬も朝しか飲まない。結局、そういう意味ではよい変化はなくて、土曜日にもらってきた薬も、飲んでも効果がないようだ」ということだった。
そして、さらに困ったことに、やはり警察に行くと言って、身支度をして事務所に数回、外出許可を求めにきたという。
さらに薬を増やすのか、種類を変えるのか。とにかく現状のままでは、ほかの健康状態にも影響してくるだろうということで、施設側もこれ以上放ってはおけないということだ。
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