施設での”おつきあい”。#83
当初は、私が行くと母は必ず個室にいたけれど、1、2カ月ほどすると、建物に入ってすぐのところにある談話コーナーのベンチに、ほかの入居者といっしょに座って話していることが多くなった。
ある時、訪問した私といっしょに個室に戻ろうとしていると、廊下ですれ違ったおじいさんが母を見てうれしそうに近寄ってきた。そして、驚いたことに、二人で「いぇーい」みたいなことを言ってハイタッチをしていた。
あとでスタッフさんに「友だちもできたようですね」と訊くと、「穏やかな方なので、上手く溶け込めると思いますよ」みたいなことを言われた。
それから、入居者のおばあさんが母の個室に遊びに来ていたこともあった。私が入って行くと、おばあさんはあわてて「帰ります」と立ち上がったのだけど、母が「いいから、まだいてください。娘も気にしませんから」などと言って引き止めていた。
そして、母の思い込みなのかどうかわからないけど、母によれば、本当は入居者同士で部屋に行き来してはいけないことになっているらしく、「この方がここに遊びに来ていることは内緒なの。一度、職員さんに見つかったことがあったけど、特別に見逃してくれたから、それからも続けているの」と言っていた(話の全部が本当かどうかわからない)。
もしそういう決まりが本当にあるなら、「誰それが部屋に来て、帰ったあとに財布がなくなっていた」などの物盗られ妄想が出たら困るという配慮からかもしれないと想像する。
真偽のほどはわからないまま、やぶ蛇になってもマズいかと思って施設側に確かめてはいないのだけど、そのほかにも、妹が母から聞いた話として「入居者同士で食べ物のやり取りをしてはいけない」という決まりがあるらしい。
母と私がコンビニに買い物に行って、施設の建物に戻ったとたんに「アイス買うの忘れた!」と残念そうに母が言ったことがあった。すると、それを聞いていた入居者のおじいさんが「待ってて。オレの冷蔵庫に入ってるのを分けてあげるから」と言って、かき氷バーを1本分けてくれた。
母はそれを個室に持ち帰ってうれしそうに食べていたけど、半分ほどのところで「頭が痛い」と残して、ベッドに横になって動かなくなってしまった。徳用サイズのほんの小さな氷菓子を数口食べただけで、かき氷頭痛を起こしたらしい。あとで回復して残りを食べていたので、大したことではなかったのだけど。
でも、それを見て思ったのは、もしこれで何か体調を崩したとなった時に、「あの人がこれをくれたせい」とトラブルになったり、あるいは糖尿病なのに自己管理ができない認知症の人が、施設のごはん以外の甘いものを人からもらって食べてしまったら…? というようなことも起こり得る。そういう事故を防ぐために決まりがあったとしてもおかしくない。
今のところ、母には重篤なことにつながる持病もないので、そのへんのつきあいについては私たちからは何も言わないことにしている。人とのかかわりが増えることは、コミュニケーションを頻繁に取ることにつながり、認知症的に考えて脳にもよいことだから、神経質に制限をかけたくない。
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