田舎の生活。#73

父の死は、今で言えば「過労死」と言ってもいいようなものだったと思う。当時はそのような概念が普及しておらず、父自身も仕事が好きで、過酷な状況でもつらいと思っていなかった可能性もある。ただ、私の中では過労死認定している。


でも、父の両親(特に祖父)は息子かわいさのあまり、40歳前の息子の死について母を責めるような気持ちを抑えられなかったようだ。私たちが母の実家に身を寄せるということは、父の実家からも近い所にいるということで、父方の祖母が取りなしたのだろう、私たちは時々父の実家にも顔を出すようにはなった。でも母は、義父のことを快く思ってないのかなと子供心にも感じるような言動を見せるようになっていた。


さておき、北海道の母の実家は、私にとって驚くほどの田舎だった。

すぐに地元の小学校に転入させられたが、全校生徒を併せても仙台の小学校のひとクラスの3分の2ほどの人数で、2学年ずつがひとクラスの複式学級になっていた。


転校あいさつの日、母に連れられて校庭の横を通っていく私を、早くに登校して外で遊んでいた子供たちが物珍しそうにジロジロ見た。おそらく、その小学校史上、転校生を迎えるなど数えるほどもあったかなかったかだったと思われる。

その後も、良くも悪くも私は「都会から来た転校生」として注目され続けた。


児童は、漁師か農家の子供が多かった。言葉はバリバリの「浜言葉」で、私が「みんなでお外で遊びましょう」と言ったら大笑いされた。だったら、なんて言うの? と訊いたら、「オモテさ行ぐべ〜」だと。言葉については、仙台以上の衝撃だった。私も、仙台までは地元の言葉遣いをマネして得意になれたが、さすがに浜言葉ネイティブにはついていけなかった。


雪も多い所だったので、カルチャーショックも大きかった。ある雨の日に、手持ちのショートブーツ的な長靴を履いて行ったら、子供たちが下駄箱に集まってきて「短け〜〜!!」と驚いていた。確かに雪が降ってみると、みんなひざまであるような長〜い長靴を履いていた。その長さに逆に私が驚いたが、ほどなく私にも同様のものが買い与えられた。そういう靴がなければやっていけない土地だった。


初めてのスキーも大変だった。いきなりてっぺんに連れて行かれ、下を見たら足がすくんで動けなくなった。何十分も固まっていた私を見かねて、先生がスキーを外してくれて、道具を持って歩いて下まで下りた。これがトラウマになり、スキーが大嫌いになった。降雪地域にいると冬はスキー学習必至なので、学校時代の冬は最後まで憂うつなものになってしまった。

スキー板も慌てて買ったものだったが、同級生が「スキーのエッジで手が切れる」という話をしていたので、エッジは要らないと言ってしまった。そんな板ではかなり脚力がないとターンなどもできず、嫌いになったのもあって上達しようもなかった。


一方で、学芸会はおもしろかった。それはもう地域のお祭り的な位置づけで、親戚一同が見にくるという感じ。誰が何をやるかは先生が勝手に(?)振り分け、私は「アリババと四十人の盗賊」のオペレッタで準主役級の役を当てられてしまった。

目立つのがキライな私は驚いたし、心底イヤだと思ったのだけど、みな与えられた役をすんなり受け入れており、異議を唱えるような雰囲気ではなかった。案の定というか、上級生から妬まれ、意地悪な態度を取られてイヤな思いをしたりもしたが、私にしては珍しくそれほど気に病んだわけではなかった。


カルチャーショック級の違いも含めて、いろんなギャップは子供心におもしろくもあった。そういえば、ラジオ体操を第二までやるというのも新鮮だった。第二があるなんて知らなかった。

何もかも、ちょっとした冒険を楽しんでるような感覚があり、そこでの生活はほんの半年の「非日常」の思い出となっている。


父がいなくなったことについて、時々、不思議な感慨を持って考えることはあったが、そのことはもう少しあとであらためて書きたいと思う。ともあれ、田舎でのイレギュラーな体験が、それなりに私の気を紛らわせてくれたことは間違いない。何という偶然か、お隣は漁師の家だったが、ちょうど同級生の女の子がいて、仲良くもなっていた。そして、来たる春から夏という未体験の季節も、このままここで過ごすことができると漠然と私は思っていた。


ところがそうはならず、早過ぎる転機の訪れが、私と母のその後の関係を決定づけることになったのだった。

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