突然の暗転。#64
仙台での父は、本当に仕事が忙しかった。それゆえか、母との間に今までにはない気持ちのすれ違いが起きていたようだった。これはあくまで、いま私が振り返ってみて、自分なりの目線で当時の状況を言葉にすれば、ということだけど。
そんな中、妹の一歳の誕生日がやってきた。
「おめでとう」と笑顔で言っていた父の姿の記憶があるので、子供が起きていて、まだお祝いの食卓を囲んでる時間のうちに無理して帰って来ていたのだろうと思う。
その時の父の笑顔は、私が座っていて見上げるような角度で記憶されている。
たったの1シーンだけの記憶。そして、それが最後の記憶だ。
そのあとも、父はいつものように私の部屋で遅くまで仕事をしていたらしい。家族が全員寝静まったあともずっと。
朝方、私は浅い眠りの中で、家の中を人がせわしなく行き来する気配や、ザワザワとした話し声が間断的に聞こえてくるのを感じていた。完全に覚醒はせず、そんな気配でぼんやり意識が戻っては、また眠りに落ちるという感じだった。
その浅い眠りの波が何度か過ぎたあと、突然、寝ていた部屋のふすまが開けられた。私が起きたから開けられたのか、開けられたから起きたのかはよくわからない。とにかく、まだぼんやり寝ぼけた意識で布団の上に起き上がっている私の方へ母がツカツカと近づいてきたかと思うと、「みさえちゃん、パパが……」と言ってひざをつき、いきなり私を抱きしめた。
わけがわからなかった。母は泣いていた。
号泣しながら途切れ途切れに「パパが死んじゃった」と言っているのが聞こえて、その意味をとらえて感情が動く前に、私も自動的に泣き出していた。母の泣き方が尋常じゃなかったからだ。
私も泣きながら、母が寝間着の上に来ている羽織りものが自分の顔に分厚く押し付けられているのが苦しくて、でも、それを払いのけることもせずに、母の号泣する息づかいや体の震えをただただ受け止めていた。
「最後に『みさえちゃんに「いい子でいるように」って伝えて』って言ってたよ」と、嗚咽を抑えながら母が言った。
その言葉を聞いて、「パパは、最後に私のことを気にかけてくれたんだ」と私は思った。
あの悲しい朝の、まだカーテンをしたままの薄暗い部屋で、それだけはうれしかったのを覚えている。
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